No.9-3 RPG主人公の双子の姉が妖精と契約をします
じぬろ、じろじろ。不躾で不快な視線を鬱陶しげに、瞼を閉じることで断ち切る。未だ口を閉ざしたままの教会の扉は沈黙を続けていて、該当にもたれかかりながらうすら開けた視界に繰り返し映したって時間はいつも以上に遅く進んでいく。
(いっそ、ゲームの
いつだったか、街の大人が子供に言い聞かせた言葉を思い出しては嘲笑する。理由もきっかけも興味はなくて、ただ、子供同士が喧嘩をしただとかの仲裁に入った大人が善人の顔をして「自分がされて嫌なことはしちゃいけません」とか「傷つける言葉は使ってはいけない」とか「何があっても暴力はいけないこと」とか、そんな、
立派な言葉を紡いだ口で化け物が早く死にますようにと願った。優しく頭を撫でやる手が投げた石は少女の額を赤色に染めた。歩幅を合わせる足で少年の幼い体を蹴り飛ばした。街の人間たちが人間のふりをする度、知らない外の人間の目から隠そうとする度、それがなによりちっぽけな体を縮こませた自分達を余計に惨めにさせるのだ。
(”騎士もどき”たちの
この街の常識で、無敵のルール!「森に住むグレージュの双子は化け物だから何をしたって良い」ってこと。果たして、子供2人を街ぐるみで虐げる光景を天秤に掛ければ罪が傾くのはどちらか、それを、想像できる頭があるのがテトラの感情を逆撫でた。
はやく。はやく。扉が開きますように。妖精と契約して、それから、はやく、はやく。
(かえりたい。シックスに会いたい、サンクを抱きしめたい、お兄さんにただいまを言って…はやく、はやく終わりたい…)
何度目かにうすら開けた瞳は教会の扉を映すことはなくて、その代わりに視界を遮るように現れた、口をへの字にした少年の姿を映した。
「うわぁ」と、白んだ声をこぼしかけた口は辛うじて閉ざされた。
アーモンド色の髪を気取った仕草で払いながら瞳を釣り上げる少年は、癇癪を起こした子供に似た様子でまなじりを釣り上げる。
「お前。お前……なんで街にいるんだよ。」
テトラを指差す少年の言葉に問いかけるには、口の中に苦々しさが込み上げすぎた。瞳を伏せたまま答えることなく黙りこくっていると、少年の首から顔が真っ赤に染め上がって「おいっ」と声の大きさがひとつ上がる。
「なんっだよ、無視してんじゃ、ねーし!久しぶりに街に降りてきてっから、話しかけてやったのに……相変わらず可愛げねーよなぁっ。」
どことなく上から目線で鼻で笑う少年の言葉に苛立ちよりも先に呆れが襲いくるのは、彼の言葉の選択が”思春期”と”生意気”をそのまま貼り付けたものだったからかもしれない。
寧ろガラスに映った自分の顔つきを客観視したテトラは内心(まぁ、可愛い系統ではないよね)と納得を覚えてすらいた。ツンと釣り上がった瞳、どことなく気だるげな視線、少し下がった口角。作り笑顔のひとつでもつくってみればわかりやすく瞳に光が入らない。過大評価した褒め言葉のレパートリーに”綺麗”が入れば良い方で、”可愛い”なんて自身の片割れや後に出会うであろう”ゲームのメインヒロイン”がぴったり。
そもそも傷つけたがったのだろう「可愛げない」言葉に素直に傷つけるほどの”可愛げ”は、すっかりとテトラから失われている。
「…お、おいっ、聞いてんのかよっ…!そ、そもそもこんなとこでさぁ、気取って突っ立ってるとか寂しいやつだなぁ!そ、それに、教会開くのまだ先だぜ、ここで、じっと待ってるつもりかよっ、お前さぁ、邪魔になるだろっ。だから、その…それらしく、向こうの方で隠れて…離れろよなっ。」
ぎぅ、歯を剥き出しにするくらいわっと大声を出す少年の言葉に、とうとうテトラが口を開こうとした時だ。
「うわ。煤被り、いんじゃん!」
ぞろりと現れた街の子供達はテトラを見るや否や、疎ましげに、けれどどこか悦楽的に笑って指を刺した。テトラの蜂蜜色が澱んで、少年の肩が跳ねる。
「え、マジ?うわ〜、髪伸びてんのきっも。つーか、なんか久々に見たくね?」
「呪われの森から降りてきてんじゃん、最悪ぅ。つか、なんでこんなの街の中に入れてんの?」
「ちょっと、サムに近寄んないでよっ、煤被りの化け物の分際でさぁっ。…サムだいじょぉぶ?変なこと、されてない?」
「やっば、こっち見てんだけど。帰れし〜。」
4、5人ほどの群れを成して少年(名前をサム・ローズブルーと云う)の周りを囲むようにする子供達に、テトラの表情筋はとうとう仕事を放棄しかけた。脳内で響く荒んだ呆れ声がつい、うっかり口からまろび出そうなほど彼女の”愛想”は限界だ。面倒な辟易が苛立ちを際で抑えている。
少年___こと、サム・ローズブルーは街を治める領主の息子である。領主と言っても、王国という大きな枠組みから見れば辺境どころか田舎の所謂村長のようなものだが、
「ちょっと、さぁ。何無視してるワケ?てか何その目、こっち、睨んでんじゃねぇし。そもそもさぁ、お祝いの日にそんなボサボサの髪に安っぽい服着て恥ずかしくないワケ?」
取り巻き(とはいえ、テトラがそう呼んでいるだけなので彼彼女たちの間では友人と呼ぶのかもしれない)の1人の少女は、特にテトラを忌々しく思っているのか可愛らしい顔を盛大に歪めながら彼女を鼻で笑った。毎日手入れをしているだろう髪も、くるりとカールを描いたまつ毛も、ちゅやちゅやの唇も、磨かれた爪も、可愛らしいワンピースも、全てを台無しにするのはこそ、他者への悪意に違いない。
「あんたのせいで妖精が降りてこなくなったらどうするワケ?最近は森から降りてこなかったし、やぁっと化け物がくたばったんだってみんな喜んでたのにさぁ。」
「っふ、森から来るボサボサで汚い毛玉ね、冬になったらプルプル震えてんの!」
「おいおい、言い過ぎだって。俺たちは寂しく思ってたって、腹立つことがあった時に役立つサンドバックのコト。」
「きゃははっ、石当たったらぎゃあって鳴くがらくたの間違いじゃなーい?」
くすくす。げらげら。ぎゃらぎゃら。綺麗で可愛らしい笑い声ばかり聞いていたので、久方ぶりの汚らしいそれにテトラの舌先が込み上げる胃酸の酸っぱさに犯される。いっそ疑問すら思い浮かぶ、それらがどうしてこんなにヘドロみたいな姿をして平気なのか。
はやく。はやく。扉が開きますようにと祈った。ちょうどくらいの時間のはずなのに。はやく。はやく。人の形をしていない“人間もどき”がはびこる街から。はやく。はやく。
「おい。人前…いや、教会の前だぞ。言葉を選べ。うちの街が教会に妙な監査でもされたらどうする。」
ばきり。雑音じみた言葉を遮ったのはサムだ。どことなく顔を顰めてテトラへのそれとは異なる、はっきりとした言葉。取り巻きたちはほとんどが気まずそうに沈黙したが、そのうちの1人に女(例の、綺麗に着飾った1番初めの女である)だけはぎり、とまなじりを更に釣り上げた。もちろん、睨みつけるのはテトラに。
「てか、アンタ1人なワケ?いっつもベタベタひっついてたのはどーしたのよ。化け物同士で家族ごっこして気持ち悪いったらなかったのよね、アンタら、いっつもいっつもさぁ!」
「おい、いい加減に…」
「ふっ。でもアンタ1人ってことは、さぁ、とうとう死んじゃったの?かわいそー!でもさぁ、あんな化け物生きてるだけで迷惑だし、ようやく死んで良かったんじゃない?」
「_________は?」
あぁ。よかった。
やっぱり、こんなとこに連れてこなくて。
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