No.9-2 RPG主人公の双子の姉が妖精と契約をします
もふ。もふもふ。
やわらかな獣がテトラの心を引き寄せた。ふわふわの毛並みが足をくすぐる。鼻にかかった甘え声できゅんきゅんと喉を鳴らすサンクは必死な様子でテトラの体に擦り寄った。テトラが自分を森小屋において街に降りることを勘付いているらしいサンクは「やだやだ」「置いていくの?行かないよね?」と言わんばかりに服の裾を甘噛みする。
【ぐぁっきゃうっ…くぅーん…】
「サンク…ごめんね。でもサンクのこと、あの街になんて連れてけないよ。」
たといサンクの中のヒエラルキーの1番がテトラであっても、現在のテイム契約を交わしている人間はフィーアだ。あるいはブルーローズの森の固有種のような温厚なちいさな種族であれば別だったろうが、適正レベルを圧倒的に追い越したサンダーウルフを”始まりの街”と称される場所に、契約主がいない状態で連れていくことはできない。
(始まりの街のサンダーウルフ、って、なんか下手くそな合成とかコラ画像みたい…)
テトラが呑気な妄想に浸っている中、サンクは小型犬を錯覚させる表情で忙しない。出会った時から今までずっと森小屋でそばに居たテトラが自分を置いて、何やら危ないらしい場所にひとりでいく。忠実な狼は寂しさと不安を混ぜこぜに尾を振ってはきゅぅと喉を鳴らすので、テトラは仕方なさげに眉を下げサンクの頭を撫でた。
(いかないで。やだやだおいてかないで。もしくは連れてって。と言いたげな表情をするサンク)
「サンク、ごめんね。」
(はなさないからな、一緒にいるって言わないと離さないぞ!と決意に溢れた使命的な顔)
「そーだよね。サンク、今までお留守番したこと、ないもんね。」
(微笑みののち頬を撫でられる)
(もしかしてわかってくれたのでは?)
(嬉しさに甘噛みしていた服の裾を離す)
「シックスとお兄さんとお留守番しててね」
(騙された!) (やだやだ置いてかないでと喉を鳴らす)
(居候の分際で抱き上げるな!フィーアを睨みつける)
わかりやすくショックを受けながら、器用に自分を制止するフィーアを睨みつけるサンクに申し訳なさが込み上げるも、こればかりはどうしようもない。何よりも悪意でできた街にシックスはもちろん、素直なサンクを連れて行きたくはなかった。
「それじゃあシックス、サンク、それからお兄さん。いってきまーす。」
「ねぇちゃんいってらっしゃぁい。すぐ帰ってきてねっ!」
「ふふ、はぁい。」
【きゅーぅん、ぎゅ、ぎゅわぁぁ】
いってらっしゃいの言葉と縋り付くみたいな鳴き声を背に、小屋から街に続く道を下っていく。
森の木々からこぼれる太陽の光は鮮やかで、木陰すら明るいのでそれがいっそうの憂鬱を煽る。3人の前では気丈に振舞っていたはずの少女の顔が徐々にはがれて、爽やかな風にため息が紛れた。
テトラが街を降りるのは、久しぶりどころか約10年ぶり____血を吐き”わたし”を思い出した”あの日”以来。その直後、フィーアを保護者として引き摺り込んだために、街に降りる必要性がなくなってしまったからだ。元々街に降りていた理由は、例えばシックスが熱を出した時の薬が欲しくてだとか、冬の訪れで森の恵みでは足りなかったからだとか、そういった必要に駆られたが故の”仕方なさ”でしかない。
『ばけもの〜!』
『お前なんかに売るものはないよっ、さっさと森に帰んなっ』
『勝手に商品を持っていこうとするなんてさすがは穢らわしい煤被りだ!』
『煤まみれの嫌われ者!やーい親なしーぃ』
『お前なんてみんなから嫌われてるんだよ、街に降りてくるなよ。』
(…嫌なこと思い出したな。)
テトラ・インヘリットにとって怒りとは生きるよすがだ。どれほどの理由をあげつらおうと自分の悲嘆と復讐を許すことはない。彼女を罪だと断じた悪意を忘れることはない。石当てゲームの”的”にされた時に投げられた石の数と血を流した傷。盗難の冤罪を被せられて取り上げられた端金、蹴り飛ばされてできた痣。引っ張って引きちぎられた髪。泥と汚物に塗れさせられたお母さんからもらった服。全部。全部、全部覚えてる。
どれほどの悲劇的な過去があろうと、幼く育てられただけの子供であろうと、
(…やだな、でもシックスにもサンクにも大丈夫って、いってきますしたんだから…いいこと考えよう。考えるだけ無駄だ、あんなの。どうせこのイベントが終わったら関わることもないんだし。…えぇと、そうだ。そうだ。妖精のこと考えよう。うん。契約…楽しみだなぁ、天属性の妖精…)
3回首を振って澱んだ思考を振り切ると、テトラは妖精への期待に胸を弾ませる。
本来契約する妖精の属性は召喚するまでわからない。所謂血統因子、血筋、お家柄などひっくるめて関係なく、平等に十人十色が適応される。
だと言うのにテトラが自分の契約する妖精の属性が“天”であると信じ切ってやまないのは“わたし”の記憶がそうであると断じているからに他ならない。
(契約する妖精の属性は魂と器次第、アノンが”そう”だったみたいに、ね。)
〔森が唸り声を上げる。現れたのは敵意に瞳を滲ませた魔法動物の群れ。彼らはグレージュの女を王として従うように、けれど孤独を知らないように寄り添っていた。
「あんたの化け物のせいで私の人生めちゃくちゃにされたのに、なんであんたは、あんたは!」
お揃いだったはずの蜂蜜色は踏み躙られた憎悪で塗り潰されて、どうしようもなく吐き出しされた言葉は要領を得ず、どちらかといえば叫びと悲鳴に似ていた。
慟哭だ。1番はじめから最後まで、「仕方がない」と理由をつけて殺された少女の糾弾は、シックスの心に痛く突き刺さる。
それを彼の罪と呼ぶにはあまりに哀れだ。けれど、ならば踏み潰された少女にだって罪はなかった。
愛するだけでは幸せになれなかった少女は今、目の前で憎悪と悪意をもってかつて廃れた“愛”を睨みつける。
「ねえちゃん」
「うるさい。」
「テトラ、ねぇちゃん、おねがい、俺…」
「うるさいっ、うるさいうるさいうるさい!その名前で呼ぶな、私を呼ぶな!…テトラは死んだ。あの日、あの日テトラ・インヘリットは死んだ…殺されたんだっ!私は、お前の片割れなんかじゃない……私は、私はアノン。グリムノワールの幹部がひとり、“魔獣将軍”アノン!勇者の敵だ!」
彼女の名乗りを合図に、魔法動物たちは牙を剥き出しにシックスへと襲いかかった。〕
ゲームの中盤。グリムノワールの幹部、勇者の敵として現れる”アノン”はその横に多数の魔法動物を従え現れる。
アノンという名の女は部下を持たず、代わりに契約を交わした魔法動物たちを側に置いていた。“紋章”と呼ばれる魔法道具ではなく、自ら紡いだ魔法によって。
(魔法動物とのテイム契約の上限は本人の魔力量に依存する。アノンはテイムと、あとは自他へのステータスアップのバフにしかリソースを割かなかったから、グリムノワールの支援もあってかなりの数と契約を交わしてた。それだけでグリムノワールの幹部の一角を務めることができるくらい。)
ぞろりと敵対するは全属性揃った高レベルの魔法動物たち。エリアボスなどと呼ばれる類の者たちが徒党を組み襲いくるので、アノン本人に肉体的魔法的に圧倒的な脅威を持たずとも数ある質の暴力が彼女を幹部に押し上げた。
その側に。誰1人として人間をおかず、魔法動物を従える名も亡き女王は“魔獣将軍”の名を与えられた。
(サンクにであってから、アノンの気持ちがよくわかる。魔法動物しかいなかったんだろうなぁ…信頼、できるの。人の形をしない暴力のせいで殺された彼女にとって、なんでもない人間すらただの暴力装置で…半分どころか全身人間不信拗らせて……グリムノワールだって、最終目的が自分の片割れの中の厄災ってことを知ってからは、自分の存在価値に恐ろしくなって気なんて寄せれない。)
たったひとり。たったひとりだけ。
グリムノワールの幹部において、アノンだけが部下を持たない。側に寄せるのは自分と契約した魔法動物たちだけ、唯一“あの人”にだけは義理のようなものを覚えていることだけがグリムノワールに席を置く理由。仲間だとか、友人だとか、いっそ腐れ縁だとか、そんな感情すらない。だから、皮肉を込めて“魔獣将軍”。
テトラは嘲笑うように足元の石を蹴り飛ばした。こん。ころり。石は道すがらにある大きな岩にぶつかって、砕けて道に転がった。
(“わたし”なんていなくたって、わかってた。シックスが悪くないこと、中に封印されてる厄災のこと、暴力につけられた言い訳のこと。仕方がないなんて、暴力を振るう側の暴論でしかない。……結局、恨むには愛を忘れられなくて、愛するには憎しみを捨てれなかった、なーんて。)
テトラにとって“アノン”は少しでも波に攫われれば来るべき未来の姿。ただ全てを憎しむには柔らかな記憶が微睡を連れてきて、けれど、愛するだけで幸福になる程世界は優しくなかった。それだけ。たったそれだけ。
(……いいこと考えようとしたのに卑屈。やめよ。変に考え込もうとするからダメな方に行くんだ……えーと、えーと。そう。契約。妖精。魔法なんて言う素敵なファンタジーのこと考えよう。バフいっぱいつけて通常攻撃10倍くらいの威力にするのとか浪漫あるし、結界も利便性良くてかっこいいよね。あ、と。何よりもふもふパラダイスは夢ある。アノンになぞりたいわけじゃないし、現実的に考えたら安易にしちゃだめなことだけど。何よりシックスとサンクが拗ねちゃうしな…でもちまこい命、すき……おっきな命、かわゆい…)
余談だが。天属性の妖精と契約することで魔法動物に好かれやすくなる、と云う都市伝説がまことしやかに囁かれているが、これはあくまで噂であるからして。天属性の魔力を持っていてもテイムの魔法が使えない、苦手な者は一定数いて、属性が異なるが故魔法道具である”テイム紋章の証”を使用し何人も寄せ付けなかった古龍との契約を果たした者も歴史に存在するので悪しからず。
澱んだ思考が緩んで、ふわふわで可愛がられるためだけに生まれたみたいな小動物を手のひらに乗せたり、抱きしめても足りない凛々しさと可愛らしさを兼ね備えた巨性生物への妄想で心が浮き足立つ。思考の中でシックスとサンクとおんなじ位置に並べているのは守るべき”ご愛嬌”ということで、ひとつ。
ファンブックに図鑑のように描かれた多くの魔法動物たちに思いを馳せているうちに、気がつけば街の入り口まで辿り着いていた。夜毎抱きしめて、毎日撫で回す愛しさに頬を緩めていたせいだろうか。きっと今まで一番和やかな心地で街そのものを見ることができた。
これで最後だ。終わりが見えればどれほどかなしい道のりでも、どうしてか安堵を覚えて心が軽くなる。
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