No.9 RPG主人公の双子の姉が妖精と契約をします





_____さぁ 呼び声をあげろ おまえの幸福のために




テトラははちみつ色の瞳をすっかりと乾かせて、白んだ様子で相槌だけを繰り返した。肩にぎゅっと手を置いて朗々と話すフィーアの話がまるで途切れないせいだ。年頃の娘らしく面倒がって顔を背けたくなることは早数回。フィーアはテトラの理性に感謝すべきだ。


「いいか。何かあったらすぐに呼び鈴ヨビリンを鳴かせるんだ。使い方は大丈夫だよな?もういっそずっと握りしめててもいい、所有者登録もしているから落っこちてしまうこともないし……教会の人間が来ているから街の人間も目立ったことはできないだろうが、なるべく街の大通りを使うんだ、それはそれで忌々しい視線が鬱陶しいだろうが背に腹は変えられん……あぁああだが余計な事ばかりを口にするだろうしいっそ街の人間の言葉を聞こえなくなるように耳への保護を……馬鹿げた思想に取り憑かれて悲劇に酔い散らかした被害者気取りの愚者ばかりなんだから…」

「お兄さん。お兄さん。呼び鈴の使い方は散々聞いたし、街に降りたらすぐ教会の方に行くし、人目が必ず通るとこいるし、今更街の奴らの言葉に傷付くほど期待もしてない。あと自分の言葉で自分を傷つけるの、やめようね、お兄さんはお兄さんで、街の奴らとは違うでしょお。」

使う単語を変えただけでそっくりおんなじの内容を繰り返すので、テトラの相槌のタイミングも言葉の選択も手馴れたものになりつつあった。街の人間への文句がそのままひっくり返って自虐に変化するタイミングがあまりにもスムーズなので、卑屈に沈むフィーアを宥めるテトラの姿はどちらが保護者で庇護者か錯覚しかねない。


今日は双子の誕生日。

そして、王国における妖精契約の儀式が行われる日でもあった。


封印された厄災が、そのまま契約妖精にも成っているシックスとは違いテトラは“わたし”の記憶を持っているだけの子供。“あの日”アノンになることがなかった彼女は、当然、妖精契約の儀式の対象者だ。


ここでフィーアが不安と心配と卑屈を混ぜ込んだ言葉を延々とループさせる理由に戻る。


「あぁ……やっぱり心配だ…俺がついて行ければ…」

「お兄さんのお仕事は。」

「うぐ。……シックスとテトラの健康的な生活を保護すること…」

「それから?」

「……厄災が封印されている器の秘匿護衛、並びに監視……です…」


主人公シックスが“そう”であったように、シックス・インヘリットという封印の器が妖精召喚の魔法陣に触れることは危険を伴う。

契約の恩恵にあたる魔法の力を使役することは本人の意思に委ねられ、例えかつて厄災と呼ばれたそれであったとしても、ただの魔力供給媒体にしか成りえない。あるいは外部干渉による感情操作などによる意図的な暴走、シックスが自分自身の意思で厄災を解放させれば話は別だろうが、そうでなければあり得ない。


つまり、これまでもこれから先もシックスが魔法を扱うという一点において、望まなければ・・・・・・厄災の意思がシックスの意思に干渉し、あまつさえ超越することはない。


だが妖精召喚の魔法陣は違う。既に妖精と契約をしている人間に対して、大樹はその呼び声を聞き届けることはない。主人公シックスがどれほど祈っても妖精が現れることがなかったように、契約とは一対のみ。

問題なのは魔法陣が“召喚”____つまりは何かしらを“呼び出す”ためのものである事だ。

魔法陣は描くことで完成した魔法である。妖精と契約をしていない、即ち魔法を持たない子供達が扱うことができるのはそのためだ。


求められた魔法陣は当然に大樹から妖精を呼び出すことはできず、されど求められた“何かしらを呼び出す”という結果を果たすため、その場において最も近い妖精に干渉する。

あるいはシックス・インヘリットでなければ自身の魔法の力がちょっとばかり暴走して、それで終いだった。けれど魔法陣が干渉した妖精はかつて世界を一度滅亡の淵に追いやった妖精、“恐ろしきもの”と称された正しく厄災。


それからはもちろんご存知の通り、というやつで、“呼び出された”として主人公シックスは端境を超え、意思を飲み込んだ厄災を暴走させた。


「シックスが妖精召喚の儀式に行っちゃダメなのは、妖精と契約しているからで、それから、召喚の魔法陣の影響で本人の意識が乗っ取られて厄災を暴走させないため、でしょ。」

「ハイ。」

「だからシックスは森小屋にいてね、ってなってるんでしょ。じゃぁ、もいっかい。お兄さんのお仕事は。」

「………シックスとテトラの健康的な生活を保護すること…」

「それから。」

「……厄災が封印されている器の秘匿護衛、並びに監視です…」

「じゃあお兄さんは。」

「………シックスのそばにいます…」

ようやく肩から離れた手のひらにテトラが伸びをする。齢15才、一回りは年下で箱入りの子供に論破されたフィーアの肩は悲壮を背負っている。


「それに、ちょーどよかったんだよ。シックスをあの街に連れてきたくはなかったし。」

かつては母の故郷だった場所、でも、既にあの街にテトラにとって人の形をした生き物は存在していないのと同じだ。


既に繰り返しのフィーアの言葉に飽きてサンクにじゃれつくシックスの姿は、既に主人公シックスに似ているけれど“そう”ではない。双子は生き別れることなく、叢雲の騎士が後悔に狂うこともなく、置き去りの孤独が英雄を育むこともない。


(うんうん、どーせ、街の奴らは森の深いところには入ってこないし、森小屋さえあればいいし、妖精契約さえ終わればあんな街もう行く必要ないし。…ちょっとだけ街から離れて外に出ることも考えたけど…“わたし”の記憶から外れすぎるの、怖いし。都合のいい展開進めてる方がラクだし…うん、私ってばほんと、自分のことだけしか考えてなくて大変よろしい。)


皮肉。

“わたし”の知るゲームフィクションで、私の居る現実ほんとうの世界を、テトラは幸福になるために生きている。もしかしたらあり得たかもしれない誰かの最良の日々に身を投げ打つことができるほど、テトラ“わたし”は世界を美しめない。

運命の日も、悲劇が育てた主人公も、要らない。孤独になりたくないと床を這って妖精に縋り付く哀れな始まりなどあり得てたまるものか。


勇者たる少年少女を殺すのはいつだって大いなる悪ではなく群像が求めた偶像だ。




「ねぇちゃん」

ぱちん。




思考の海がさざめいて、意識が浮上する。無邪気な声が手を繋いで、仄暗い感情もろとも攫っていく。

気が付けばサンクと一緒にテトラのそばへと寄り添ったシックスは、いつも通りの幼い笑顔を浮かべていた。


「もう行くの?」

「…ん。そろそろ、行こうかなぁ。」

「んーぅ。気をつけてね?それから、すぐかえってきてね。」

「はぁい、もちろん。それに、お兄さんからもらったお守りもあるし、だいじょーぶだよ。」

ちゃり、と金具が小さな音を揺らす。小鳥の姿を模した木製の鈴は、素朴な可愛らしさをしているがそこに刻まれる魔法を知る“わたし”は少々苦笑を禁じ得ない。



金色こんじきスズメの呼び声鈴”

緊急避難合図及び緊急事態報告用魔法道具、属性は“天”

“四季楼閣の砦”にて購入、あるいはレシピを入手することができるサポートアイテム

(✳︎ランク4以上の道具作成スキルを要する)

小鳥の姿を模した木製の鈴で、本体と端末の2羽でひとつ。(以下本体を親鳥、端末を小鳥と表記する)モデルは名の通り金色スズメと呼ばれる鳥型の魔法動物。


目尻に0.05mlの血液を浸透させることで所有者を登録。小鳥所有者に危険が迫る、あるいは小鳥の尾を引っ張ることで甲高い鳴き声を叫ぶ。その際親鳥も同じく鳴き声をあげ、小鳥所有者の緊急事態を共有する。(✳︎親鳥に緊急避難合図機能はない)

なお、緊急避難合図及び緊急事態報告の機能は標準として、両者同意における視覚同期、魔法転送システムといった別機能が追加で搭載されているものもある。これはスズメの羽裏の色によって判別可能となっている。

 



(羽の裏っかわの色が赤色、てことは、これ、視覚同期に魔法転送最大数までできるいっちばん高いのじゃん。うーん、お兄さんなんだか年々過保護に糸目をつけなくなってきてる気がする…)

下世話な話をすればかなりの高級品。それも「お嬢様」や「おひいさん」といった呼び名が正しく使われるべきやんごとない人々が使うようなもの。ただ妖精契約のためだけに街に降りるテトラに買い与える(ここで製作したのかと疑うことすらないのは彼の不器用さが起因する)とは、まさしく過保護の言葉がふさわしい。


(小さい頃だって普通に1人で街降りてたし、お兄さんに訓練ちょっとずつつけてもらったおかげで大分動ける方になったし、何より教会の人の目がある分だいじょーぶと思うけどなぁ……んや、これいったらお兄さん、さっきシックスとのやりとりでもうメンタルボロボロなのに燃え尽きるかも…やめとこ。)


テトラ・インヘリットにとって怒りとは生きるよすがだ。どれほどの理由をあげつらおうと自分の悲嘆と復讐を許すことはない。

“わたし”のゲームフィクションがどれほど耳元で理性を囁こうと、バイオレットの影色はフィーア・シャッテンでしかなく、決して物語のキャラクター都合のいい舞台装置ではないからだ。

不幸に巻き込むことを理解して、少女は憎悪と後悔に嘆く男の傷を抉り返して、首元に引っ掛けた罪悪感で繋ぎ止めた。「お兄さん」なんてわざとらしい呼び名で、どうかどうか自分の求める役割でありますようにと嘯いた。


________けど別に、おんなじくらい。間違えた果てに許さないでと泣いた彼をいたぶるように悲しませたいわけでもなかった。だって彼は、ひとのかたちをしている。

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