No.8-2 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたがそろそろを開始します
「ねぇちゃん、おはよう、おはよう、朝だよっ!」
ぱちり。視界一面に広がるはちみつ色。ほんの少し顔を上げるだけで頬を擦り寄せ、キスだってできてしまいそうなほどの距離で笑いかけるシックスは、テトラと目があった瞬間一層頬を染める。その反対側に触れる柔らかな毛並みはサンクで、【ワウギュゥ】と鼻にかかった甘え声で体をすり寄せた。
「おはよぉ、シックス…今日は、早いねぇ。」
寝ぼけた瞼を擦りながらゆっくりと体を起こしたテトラの言葉に、シックスは自慢げに胸を張る。
「あのね、テトラ、ねぇちゃんっ、誕生日おめでとう!」
ほころんだ花、眩いひだまり、そんなきらきらしたものに似た笑顔のシックスに抱きつかれ、テトラの瞳がぱちくりと丸まる。喜びが伝染したみたいに緩んだ口元のまま片割れを抱きしめ返せば、柔らかなグレージュの髪が互いの頬をくすぐる。
「シックスも、お誕生日おめでとう。…ふ、ふふ、もう、いつもはお寝坊さんなのに、そのために早起きしたの?」
「だって一番最初から俺がおめでとって言うし、言ってもらいたいからねっ」
どこか自慢げにえへんと胸を張るシックスの顔つきは少年よりも青年という言葉が似合って、身長だって伸びた。不健康に細長い線を引いたような手足だって健康的で適度なに程よい筋肉がついて、けれだ笑い方だけは子供の頃から変わらない、幼いあどけなさを残している。
15才の誕生日。きっとこの星に住まうほとんどの人にとって特別な日。恐ろしさとほんの少しの期待を混ぜた夜明け。
______“
片割れを抱きしめながら窓硝子にちらと映った自分の姿は、15才のテトラ・インヘリットで、そしてどこか“アノン”の面影を感じさせるのは、はっきりとした顔立ちとツンとしたまなじりのせいだろうか。双子の片割れは、そっくりで、けれどやっぱりそっくりじゃない。
ふと、ぎゅうと抱きついていたはずのシックスが、テトラの肩に頭をぐりぐりと何かを催促するように押しつけるので、テトラは仕方がないなぁみたいな顔で息を吐く。
「うりゃあっ」
「あはは、くすぐったいっ」
未だ寝癖の残るはねたグレージュの髪をぐしゃぐしゃになるくらい遠慮なく撫で回すと、体を捩りながら嬉しそうに声を上げるシックスを可愛いと思うと同時に、少しだけ心配が溢れる。
(甘やかしすぎてるかなぁ。年頃の男の子なのに反抗期も思春期もないし…んや、まぁ、しようがない環境てのもあるけど。)
孤独が育てる優しさは自己犠牲を前提にする。“忌み物グリムと妖精物語”の
傷を負うことは当然で、生きながらえたことはしにぞこなったこと。仕方がないと与えられた悲しみを抱え込み、その末路でようやくたったひとつの幸福を得る素晴らしき物語。
テトラはなにひとつ、素晴らしいとは思えなかった。
だから甘やかした。ショートケーキのいちごをあげるような、誕生日ケーキのチョコプレートを頬張るみたいな、ココアにマシュマロを浮かべるような、ぎゅうと抱きしめて悪夢から守るみたいな、そんなふうに甘やかした。
(我儘とか、自分勝手とか、そういうんじゃなくって……んーぁ、すごい甘え上手になった。あざとい……けどかわいいしなぁ、仕方ないかなぁ。うん。)
あるいは完全なる他人とのコミュニケーショがあれば違っただろうけれど、森小屋という閉鎖的空間の寛容な放任こそがシックスの“それ”を順調に育んだ。
最早、罪を押し付けられ孤独によって育まれた子供はどこにもいない。歯車はすでに星がこぼした少女によって壊された。残念、世界、ざまぁみろ!なんて。
(誕生日はどこにでもある普通の特別な日に塗り替えた。シックスにとって今日は、自分の好きなご飯が食べれてケーキも食べれて、ちょっと夜更かしも許される、そーいう日。妖精契約の儀式は、成人式みたいな、特別なイベントではあるけど、その程度。………そのために生きてきた、そんな言葉言わせるもんか。)
それでもどこか自分に言い聞かせるような不安が胸の底でとぐろを巻いて、ちろちろと舌を出すのはシックスが厄災と呼ばれる、自身に封印されている妖精の存在を知らないせいだ。
平穏な子供時代を願った国王との約束は時効を迎える。先日悲惨な顔で思い詰めるフィーアを問い詰めたところ、15才を迎える誕生日に(つまり今日のことだが)その事実を明らかにする取り決めとなっているらしい。
(ゲームでも“フィーア・シャッテン”がその役割だったのかな、そうだろうなぁ。妖精契約の儀式の場に
ちろちろと蛇が舌を出す。誕生日にはしゃぐシックスは、片割れは、どう思うだろうか。何を思うだろうか。悲嘆に、憤怒、あるいは失望、もしくは諦観か、憎悪。
______知っていながらずっと黙っていたテトラを、片割れを、シックスはどう思うだろうか。とぐろを巻く不安は恐ろしさと変わり果てる。
ただそれだけがこわかった。
たったそれだけこわかった。
「へぇ。そーなんだ。」
ぱちくり。目を丸めて、それから、たったそれだけ。
きっと人生の中で一番落ち着かない朝食の後、片付けもそぞろに仰々しい態度でシックスの対面に座ったフィーアは、ここ数日で見慣れた悲惨な顔つきのまま「大事な話がある」と切り出した。緊張が張り詰める空間で告げた、世界を襲った厄災と、その末路。魔王を斃し勇者と呼ばれた双子の父が、死体から生まれた厄災をとうとう斃しきれず、まだ産まれたばかりのシックスの体へと封印した事実。平穏を願った国王と、優しき母との間に交わされた約束、それを踏み躙った“騎士もどき”。ここで、自分が齎した愚鈍なる罪を懺悔しながら嘘偽りなく告げるフィーアの顔は、シックスが初めて見た彼の顔によく似ていた。
全てを話し終えた後、蜂蜜色は確かに驚きとどこか納得の色を含んで、それから瞬きひとつとたった二言で全てをおしまいにするので、虚をつかれたのは断罪を待つ咎人と同じ姿勢でいたフィーアと、ぐるりと体を囲うサンクを忙しなく撫でるテトラの方だ。
「大変だねー、俺。へーぇ。そーだったんだ。」
「い、いや、大変…うん?そう、そうだな…えっ、それだけ、か?」
「……んぁ?待って、じゃあ俺ねぇちゃんと一緒に妖精契約の儀式いけないの!?」
「それは、まぁ、そうなんだが、そ、そ、それだけなのか!?今の話を聞いて一番感情を膨らませるのが、そ、それで…」
罪。罪だ。罪がある。フィーア・シャッテンにはまごうことなき罪がある。森小屋の2人の子供を見殺しにした罪がある。妹の憧憬を裏切り、王の信頼を裏切り、最早騎士とは呼べない咎人はあらゆる断罪をされて然るべき罪人だ。
「守らなければ、いけなかったんだ。俺は、私は、俺は……2人を…化け物として、扱って…」
知らなければ、あるいは?否。シックス・インヘリットは知らなければならない。知るべきだ。彼の不幸は全て彼のせいではないと。シックス・インヘリットという存在ががそうだったからではないのだと、知らなければならない。与えられた人災の全て、押し付けられた罪を押し付けた大人、人の形を忘れた暴力。
「んー。でも結局俺たちのこと面倒みてくれてるじゃん。それに、ねぇちゃんがいーよ、って言ったんでしょ。じゃあ俺はそれでいーよ。」
残酷なくらい優しい真綿の許容に、フィーアはあちこちから魂が抜けていくように肩が落ちてどっとした疲労に襲われる。大人の難しくて長い話に聞き耐えた子供とおんなじ態度でさっさと椅子から飛び降りたシックスは、そのままテトラに抱きつきにいく。
「ねーぇちゃーん、サンクばっかりずるいから俺も撫でて〜」
「……やっぱり、シックスのこと甘やかしすぎたかなぁ。」
「えへ、俺ねぇちゃんに愛されてる。」
「世界で一番大事だからねぇ。」
「知ってた!俺もだからね〜。」
痛む傷。無様な惨めさ。哀れましい悲嘆。燻る憤怒。夜毎互いの震えを抱きしめあった憎悪すら「どうでもいい」と言葉をかけて拾い上げるくらい全部覚えているくせに。たったそれだけ。たったそれだけがあれば十分なのだと、シックスはあたたかな幸福を抱きしめて幼い顔で笑った。
柔らかな紅茶の香りが風に揺れる。落ち着かなさげに体をそわだたせるフィーアにシックスが紅茶をねだると、叱られた後撫でられた大型犬にそっくりの顔をしてキッチンへと駆けていった。しゅん、しゅん、ぷく、ぷく、冷たい水が温かいお湯に変わる音がかすかに鳴る。
サンクの柔らかな毛並みが寄り添ってぬくもりが包むのに、手のひらを握りしめるシックスの指先は冷たいまま。
「…テトラ、ごめんね。いっぱい…いっぱい、ごめん。」
「……どうしてシックスがあやまるの、ばか。」
「うん…ごめんね。」
「…ばか、シックスはシックスでしょ。……約束して、これから先、私たち、何をしてでも幸せになるの。幸せに、なりたいの。」
「うん。…えへ。ねぇちゃん、俺のことだいすきだね。」
「そうよ、世界で一番、大事で、大切なの。だから……だから、約束してね。」
歪な双子は互いが互いの片割れで、そっくりじゃないのにそっくりな顔をしていた。
(RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたがそろそろ”幸福になるためのお話”を開始します)
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