No.8 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたがそろそろ開始します



_____たすけて と だれかがよんだ





〔15才は特別な年だ。きっとこの星に住まうほとんどの人にとって特別な年だ。

それは少年にとってもそうだった。

でもひとつだけちがうとすれば、少年は、ただそれを特別にしなければ生きていけなかったこと。〕




〔15才の子供達をあつめ、1年に1度行われる大人に一歩近づく特別な儀式。大樹のうろから妖精を召喚し、魔法を得て器を得るための契約。

目が覚めた時から体が動きたがって仕方ない喜びと期待に溢れる少年にとっても、それは特別なものだった。少年は今日15才を迎えた。誕生日だ。誰も祝わない誕生日、でもこの年の誕生日だけは昨日の夜が終わるよりも前からずっとずっと楽しみだった。


そよいだ風が家の中に森の匂いを運ぶ。幼い頃は子供2人寝転んだって有り余る大きなベットも少しくらいは小さくなって、安心と静寂だけが少年のそばにあった。風のささやき、小鳥のさえずり、軽やかな足音、服の衣擦れ、ほんの少しの小さな音が響く森小屋には少年だけしかいない。焦げ跡のこびりついたキッチンにぐちゃぐちゃにつまれた食器を見て、一瞬悩んだ後、結局「後でいっか」なんてぽいっとほったらかしにしたって、誰も咎めもしない。乱雑な適当への自由感よりも叱られないことに寂しさを覚えたのはいつだったろうか。


口にパンをつめこんで、ミルクで流し込む。もぐもぐ。ごくり。急ぐ必要もないのに忙しない朝食を終えれば、少年は感情の落ち着け方を知らないらしく暇つぶしのように部屋の四隅をぐるぐると歩き回っては、時計の針をちらちら見る。長い方の針がかちり、6の場所を指せばグレージュの髪を犬の尻尾みたいにぴんと跳ねさせて、慌ただしく皮を糸で縫い付けた靴に足を突っ込んだ。


特別な日だ、今日は、少年にとって何より特別な日。

だって少年はこの日のために生きていた。この日、孤独から救われたがって生きてきた。〕




〔王国の南南西、農耕都市エアリーズ南端にて広がるは恵み栄えるブルーローズの森。彼はその森の中腹に、ひとり、森小屋で住み暮らしていた。森は大いなる自然の恵みにあふれるばかりか、危険な魔法動物もおらず、けれど最奥だけはどうしても辿り着けない不可思議も孕んだ、そういう森だった。

子供がひとりぼっちでも住み暮らすには安全で、けれど、ひとりぼっちで子供が住み暮らすのは可笑しいことでもあった。


けれど今日でそれも終わり。だって少年は__シックス・インヘリットは今日、15を迎えた今日この日に妖精と出会う。そのための儀式は誰だって妨げれない!…はず。きっと。だって国によって管理されている事象だ。

森を駆け降りればそこには街があった。街といっても王国中心部にあるような都会のそれではなく、どちらかと言えば村に近い、片田舎というやつだ。


大嫌いで大嫌いな街、でも今日だけはどこか輝いて見えた。〕




〔とっときの特別を前に賑やかさを保つ街では、シックスと同じく15才なのだろう子供達が胸に溢れる期待をさえずりあっている。


「ねぇ、ねぇ、僕どんな妖精と契約するのかなぁ。」

「私、私っ日属性の妖精と契約したぁい!」

「なんて言ったって俺は街でいちばんなんだから、そりゃあ強い妖精を呼ぶに決まってるっ。」


それは例えば友達に、両親、兄弟姉妹らに楽しげに話しかける姿で、ほんの少しだけ湧き上がる寂しさに似た感情は羨ましさだろう。シックスのそばにも、隣にも、あるのはぽっかり空いた孤独だけ。


シックスは首をぶん、ぶん、と勢いよく振った。腹の底から湧き上がった何かしの感情ごと振り払って、それから、人目につかないよう影に隠れてこそこそと、街で一番目立つ場所に構える教会へと走っていった。〕




〔妖精契約の儀式を行うため王国を巡礼する聖職者たちは、教会の中央祭壇で薄明の灯りに照らされていた。教会の中は薄暗く窓も覆われているので、天使の階段のように差し込む光を受ける姿は、確かに何ともそれらしい。


教会にはすでに子供達が揃いぶんでいて、シックスは教会の大きな扉の隙間から入ると特に暗い隅っこの方で体を縮こませた。おそらくは、ちょうどその頃に時間になったらしく、聖職者たちの中でもいっとう分厚い礼服に身を包んだ真白の髭蓄えた老人が前へと出てきた。どんと胸を張って、顔の半分以上覆う髭で表情が見え辛いせいもあって、妙な威厳があった。



「素晴らしきこの日を迎えた、うら若き少年少女たちよ。めでたき今日に、君たちは2度目の生誕を果たすのだ。」



老人はどこか使い古されたような一説の言葉から話を始めた。


「父たる神は生命を育まれ、母たる精霊は魔法をお生みになられた。そして7度の創生ののちこの世で最も大きな恵みの大樹のうろにて、子たる妖精と共にお眠りになられた。7度目、畏れ多くも偉大なる神に似せて生命を芽吹いた我ら人間は、されど母たる精霊より授かりし魔法の種を芽吹かせることはできなかった……だが!父母の子たる妖精は我々を憐れまれ、そして、生命の種を持たずして生まれた彼彼女たちと、互い手を取り合うための契約をくだすったのだ。」


瓏々とした老人の話は荘厳で、感慨深く、神聖で、長々とした、抽象的で、眠りを誘うような…閑話休題。老人が指揮者のそれに似た仕草で両手を広げると淡い光の膜が淡淡と灯る。ゆらめく光は水晶の杖へと形を変え、老人は杖先を2度床に叩きつけた。するとぐんと教会の空間が広くなって、態とらしく開けた場所に円陣が浮かび上がる、内部に複雑な模様や古びた文字が描かれている。魔法陣だ。



「さぁ、いまふたたびの生誕を。偉大なる父と聖なる母の子たる妖精との古より続く契約を!」



わぁあ、と。教会に集まっていた子供たちの歓喜の声が沸いた。〕




〔ひとり。またひとり。急く気持ちが足を前のめりにさせながらも、薄暗い非日常的な教会という空間と荘厳さを纏う聖職者の存在のせいか、子供たちは皆順番に利口で、代わりにひそひそと内緒話を楽しんでもいた。妖精契約は想像よりも簡単で、魔法陣の上で祈りながら定型の文言を発することで最も相性の良い妖精が召喚されるのだ。大樹のうろから呼び現れた妖精は塗りつぶされたシルエットのような姿をしていて、鈴鳴りと共に召喚者の体へととけていく。

ひとり、またひとり。そうしてとうとう、残りはシックスだけになった。同年の子供達よりも細く小柄な体がどうしたって埋もれてしまうので、シックスは慌てて前へ前へと人混みを掻き分けながら声を挙げる。


「残りは…おらぬかね…?」

「ま、まって、俺っ。俺まだです!」


叫んだ声が思っていた以上に教会中に響いてしまって、一斉に、教会の人中からの視線が突き刺さる。それがちょうど、人混みを抜けてシックスだけが前へと転がり出た瞬間だったので、白んだ光が彼の姿の輪郭を仄かに形取った。”それ”がシックス・インヘリットだと気づくや否や、教会の人々(正確には、教会に集まっている街の人間)の喜色的感情が一気に冷めていって、代わりに見目が気持ち悪い虫を見てしまったみたいに視線が歪んでいく。

嫌煙を含んだ沈黙がシックスの体をこわばらせて、決死に叫んだ時の勢いごと喉を萎ませていく。何かを口にしなければいけないことはわかっていたのに、何を口にすれば良いのかも、どうすれば言葉にできるのかも頭の中が靄んでわからなくなった。


「いいえ。」

代わりに言葉を放ったのは、教壇の横で偉ぶった態度で立っていた男だった。見たことのある顔、街で2番目か3番目か4番目くらいに通る声を持つ男だ。男はひどく冷めやった瞳でシックスを見下ろすと、嘲るような声で言い放った。その色をした声を聞くたび、シックスは途端に、自分の声の価値の低さに気が付いては諦めた絶望に沈められる心地に襲われるのだ。俯いて何を言うでもないシックスに、男は更に言葉を繋げる。


「あれには必要のないことでございます、司教様。」

「うん?必要ないとは、どういうことかね。」

「…あれは未だ無知ゆえ、理解をしていないのです。」

無機質な視線だけはそのままに、けれど男はいつもよりも丁寧で取り繕った言葉を選んでいた。頭の隅でどこか冷静な自分が似合わない言葉遣いをバカにするように笑うくせに、役立たずの口元は引き攣ったままなんの言葉も紡いではくれない。男が訝しげな老人に耳打ちした内容はシックスにはまるで聞こえなかったが、老人にはそれで十分だったらしい。どこか感心した仕草で「なるほど」と納得する老人の姿に、とうとう少年の柔らかい何かは踏み潰されていった。


「確かに君には、不要なようだ。だが…」

「司教様のお手を煩わせるほどのことでもございません、あれのことに関しては、街が責任を持って教育いたしますゆえ。」

「そうかね…」

「あぁ、おい、お前たち、これを外に。」

「ま、まって…ま、て、くださっ…!」

男が指示をすればさっさとやってきた他の街の大人たちがシックスの細っこい腕を掴んで乱雑に引きずるので、痛みに顰めた喉がようやく言葉を吐き出した。そうすると街の大人たちは不気味な金切音を聞いたのとおんなじ顔をして、気持ちの悪い虫を蹴り飛ばすみたいに小さな体を教会から追い払った。


ばたん。教会の分厚い扉はシックスを拒絶するためにわざとらしい大きな音を立てて閉められた。〕




〔ぐじゃり。靴の裏で踏まれた腕が砂に擦れて血と混じる。人の形をしていない街の大人たちは路地裏のゴミ溜め場にシックスを放るとそのまま、忌々しい感情を暴力の形にして少年に振るった。近くを通りがかる街のニンゲンたちはシックスの嗚咽も、肉を蹴る音も聞こえているのに素知らぬ顔で通り過ぎていく。


「街の子供たちのいっとう大切な日だと言うのに、お前のせいであの子達のすばらしい日が穢れてしまった!」

「化け物のくせに15年ものうのうと生き長らえやがって!」

「生きてるだけで迷惑を振り撒く害虫がっ、神聖な儀式の邪魔までしやがってっ」

シックスは頭を守るような体制で体を丸め歯を食いしばるが、時折腹を踏まれてその度耐えられない呻き声だけが上がった。防御体制など目を瞑っていたってすぐに取れるくらい慣れた現状が惨めさを煽る。悍ましいとシックスを扱う街のニンゲンたちの方がよっぽど悍ましかった。


慣れきったはずの絶望が、痛みを伴いながら心を踏み潰したのは期待をしてしまったせいだ。だって街のニンゲンは、外の人間を招く時は(それは例えば定期的に行商人が訪れる時、1年に1度の妖精契約の儀式など)シックスを道の中心で暴力を振るわない程度の頭があったから。その時は石投げの的にシックスの頭を使われることはなかったし、金を払えば商品を買うことができたし、歩いているだけで殴られることもなかった。だから外の人間の前でシックスを悍ましい何かをして扱いはしないだろうと、期待していたのに、教会の老人に魔法の言葉を囁けば与えられるはずの権利は取り上げられた。


「ん…で……なん、で…俺に、だって…妖精を…」

「何が妖精だっ、ただの化け物のくせにっ」

「さっさと森に帰ってとっととくたばっちまえば良いんだ!」

「お前がのうのうと生きてるだけで罪なんだよ!」

軽い体が蹴り上げられて、腐った生ゴミや動物の死骸と一緒に転がる。痛みを訴える青い足を引き摺りながら、腹を押さえてシックスがふらふらと立ち上がると、街のニンゲンたちは汚いものを集めて作ったへどろとか、かさかさとそこらを這う害虫とかを見るのと同じ目をしながら通った道すら汚れてしまったように遠巻きに離れる。


人の形をしていない街のニンゲンたちの言葉通り、ただ森小屋に帰ることしかできない自分が、一番惨めだった。〕




〔シックスはそれだけしかなかった。このためだけに15歳まで生きていたのだから。だからシックスがその行動を決意したのは当然の帰結でもあった。夜の暗がりに紛れ忍び込んだ教会は、昼の華やかな神聖さはもうなくなっていて、その代わりに不気味な静寂だけが広がっていた。あるいは、自分の行いへの僅かな罪悪感か背徳感のせいで割ったステンドグラスが反射する月明かりが、聖なる星乙女の瞳が、責め立てる色をしているように見えるのだろうか。


それでも。シックスにとってはそれしかない、それしかないのだ。

だって人間ならば誰にも許される妖精との契約だけが、シックス・インヘリットに平等に与えられるもののはずだった。


ぽっかりと開いた空間はそのままで、床に浮かぶ薄い線は昼間と同じ円陣を描いている。

これだ。これ。これこそが、妖精と契約するためのもの。妖精を呼ぶための召喚陣。シックスは震える手のひらで魔法陣に指を伸ばし



そして何も起こらなかった。起こってはくれなかった。祈りの仕草も、決められた言葉も、けれどシックスに妖精は迎えに来なかった。



「なん、で。なんで、なんで、なんで、なんでっ。俺は、俺、だったらなんのために今まで、15才まで生きてきたんだよ…!」

シックスの叫びだけが闇色の教会に空く響く。爪から血が滲むほど魔法陣を殴っても、昼間、誰にも平等に降り注いでいたはずの薄明は訪れない。


体を襲う痛みを人間であるための証明にさせないで。

化け物には当然に与えられるものにしないで。

助けてくれなくて良い、そんなもの、いらないから。


「きてくれよ、おねがいだ、から、俺を、俺、俺をっ、化け物のままひとりぼっちにしないでくれ!」


縋り付くように頽れて、爪と皮膚の間から滲んだ血が魔法陣に引っ掻き傷みたいな線をつける。ぶくり。魔法陣が夜空の赤星に似た不気味な光を灯したが、それをシックスが気がつくことはなかった。


「は。ぁ…?」

皮膚の間に針を差し込まれた耐えようのない痛みが全身中を襲って、シックスの口からは一度間抜けた音が漏れて、それから悲鳴に変わる。


「あ、ぐ、ぁ、うああああああああああっ」

痛みを逃がそうとしたのか、気を紛らわそうとしたのか、意味もなく頭を掻きむしるが懺悔のような格好で床をのたうち回る。神聖な教会の中、床に転がって痛みに喘ぐ様は断罪される悪魔にどこか似ていた。胸の中心から腹までを丁寧に切り開かれて、そこから中身をめちゃくちゃに掻き回されているような。背中をいくつもの鋭利な爪で磨がれているような。頭の中から金槌で揺らされているような。皮膚の内側に刃物が走るような。悲鳴をあげる喉すら灼かれていく痛みだ。


「いぁ、いたい、いたいいぃっ、だれ、が、あぁぁあっ…ぇ、ちゃ、たす、け、あ。うああぁあぁあああっ!」


ぶつん。

耐えきれない痛みの応酬にシックス・インヘリットの意識は強制的に断ち切られた。

たったひとつだけ。誰かの歓喜だけが聞こえた。〕





〔はろー わーるど なーんちゃって。〕




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