No.10-2 RPG主人公の双子の姉は家に帰りました
「そーいえば、ねぇちゃんはどんな妖精と契約したの?」
そこで、抱きつきぬいぐるみすら思わせる様子でテトラにくっついていたシックスが声を上げた。はちみつ色の瞳は好奇心に煌めいて片割れを見上げるが、テトラはと言えば果たして、なんと答えるべきかと迷ってしまう。
漠然とした感覚だけがあった。確かに妖精が自分の器の中にいるのであろう妙な心地。あるのはそれだけで、果たして自分の契約した妖精の属性などが当たり前のように頭に浮かぶことなどもない。加えて暴走状態にあった時の感情はこそ覚えていても実際の意識はないと明言してしまっているので、自分がどんな状態をして暴走したのかわからない。
テトラは自分がなんの属性の妖精と契約したのか、はっきりと断言すべきではなかった。
”わたし”は知っている。けれど、”わたし”でなければ知らない。やがてあり得た”アノン”という存在を知らなければ知る由もない。テトラ・インヘリットが契約する妖精が天に属するものであること。
じっ。テトラはシックスからの目線を横流しするようにフィーアを見つめた。
「あぁ、テトラの契約した妖精は金の属性だった。」
「えっ。」
テトラの口からひどく間抜けな声が漏れた。それがあんまりにも驚愕に満ちていたので、フィーアもつい「え?」と聞き返してしまう。
「金」
「あ、あぁ…」
「雷とかの魔法の」
「あぁ。」
「サンクと一緒の」
(サンクが自分の名前がでたことにぱっと顔を上げる)
(よくわからないが一緒と聞いた)
(よくわからないがうれしい!)
(見つめたら撫でられたのでにへらと笑う)
「かわいい。」
「そうだな。」
「金」
「あぁ。」
「天じゃなくて」
「あ、あぁ。」
テトラは一度、自分の肺の中にある空気全部吐き出すように息を吐いた。それから両隣にいるシックスとサンクを見比べてから、ソファの背もたれに全体重を預けたのでずるずると小柄な体が下がる。
これほどまでに理解できない疑問が頭を埋め尽くしたのは”あの日”以来だろう。
”わたし”を知った、甘くて苦い記憶が横たわる”あの日”。
(天じゃない?金?”テトラ・インヘリット”が契約する妖精は天のはずじゃないの?だって、だから、アノンは魔獣将軍なんて二つ名をつけられたはずなのに。確かに…
根底のものがぐっとひっくり返されるような、ブルーローズの森でサンクに出会った時とはまた違う奇妙な違和感。明確な理由など見当たらないからこそ喉に詰まる小骨にも似た不可思議さ。
「あー。えっと。俺もそうだったが、天属性でなくともテイム契約はできるからな。」
心を落ち着かせるために忙しなくサンクを撫でさすっていたテトラの困惑を別のものと勘違いしたらしいフィーアが、慌てて声をかけながら真新しい魔法道具を取り出した。”テイム紋章の証”と呼ばれる魔法道具。それを見た瞬間に波が引いていくようにテトラの感情が凪いて、代わりに別のものがふつふつと浮かび上がる。
「お兄さん…それ…買ったの…?」
「え?あぁ…必要になるかもしれなかっただろう?」
顔を上げるや否や年頃の娘らしい白んだ瞳をフィーアに向けるが、フィーアはと言えば至極あっさりとした様子で肯定するので、それがまたしようがない。
金色雀の鈴といい、やはり、彼は過保護に対する金の糸目をつけなくなっている。6分の1の確率とは言え、フィーア自身は必要ない先んじて紋章の証(それも鈴同様に随分と”良い”もの)を用意しているとは。
小骨の違和感をあっさりと流して飲み込めるほど楽観的にはなれないが、それ以上にいっそ家族らしい呆れが先行してしまった。
「……まーぁ、いっかぁ…」
どっと力が体が抜けてソファに逆戻り。
まだ頭が寝ぼけているのか、街で感情を暴発させたお陰で小難しいことを考えたくなくなっているのか、あるいは”わたし”のせいにした安易な結論以外の納得がなかったせいか。
とにかくテトラは、きっと疲れていた。
サンクや盗賊、いっそトロワのように”物語”に大した影響もないだろう自分1人の差異であれば、もともと、テトラ・インヘリットの存在そのもの自体が大いなる差異であるので。
【きゅわ。ワウワァン?】
「ねぇちゃんどしたのー」
「なんでもなぁい。おなかすいたなぁって思ってるー」
「そうか、なら、朝食にしよう。何にするか…あ。」
「あっ、ねぇちゃんケーキ!ケーキ食べよう!俺たちの誕生日けぇき!」
「ケーキ?…あ。」
王国における妖精契約の儀式が行われる日。なによりも、双子の誕生日。街から帰ってきたら一緒にケーキを食べるはずだったそれを自分が台無しにしてしまった、ここでテトラは心底悲しそうに瞳を伏せた。ただただ申し訳なさそうに眉を下げて曇天を背負う。
「シックス、ごめん…」
「いーよぉ。それに、ねぇちゃんお寝坊さんだったけど約束は守ってくれたもんね。」
「やくそく。」
「早く帰ろぉとしてくれてた。それだけでね、いーんだよ。」
「…あれで許してくれるの?私、お寝坊さんだったけど。」
「いーの!あとね、誕生日ケーキ、お兄さんがちゃんと保管しててくれたんだよ。」
「空間軸固定の保存ボックスに仕舞っていたから、きちんとした状態でちゃんと残してあるぞ。」
【わぅっ】
「そっかぁ。」
____かえれた。かえれた。ようやくかえれた。
いきができる。くるしくない。これだけはまもりたいとねがうにちじょうにかえってこれた。
「ね、あのね。今更だけど、ただいま。」
テトラの言葉に、2人といっぴきは心の底から嬉しそうにおかえりと笑うので、やっぱりこれ以外いらなかった。
(RPG主人公の双子の姉は”何よりも大切で守るべき日常をくれる”家に帰りました)
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