No.7-2 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わったのですが思いがけない”??”イベントが発生しました
短い感傷だったなぁ、とテトラは思った。
「いやぁ、息子から聞きましてね、うちの息子を助けてくださったとか!ほんとうに、助かりましたよ!よくよく聞けばお礼もできてないとかで、いやぁ、いやぁ、会えてよかったです!」
「(助けてくれ)」
よく言えば人のいい、悪く言えば圧の強い笑顔で握りしめられた手を上下にぶんぶんと振られなるフィーアのヴァイオレットの瞳が徐々に光を失っていく。面倒と困惑が上手に混ざった表情にテトラは内心(お兄さんって根本的に人付き合い苦手なんだなぁ)などと思いながら、ちらちらと視線を必死に送るフィーアを黙殺した。要は、大人は大人でなんとかしてください、である。
身なりのいい男(言動からして父親なのだろう)の斜め後ろで手のひらを合わせた謝罪のポーズを送るトロワはテトラと目が合うやそばに近寄って、再び「ごめん…」と疲れ果てた声を出した。
「その…さ、父さん、いちおこの祭りの関係者的なやつでさ、こーいうトラブルがあってー的な話をしたらお礼を言いたい!どんな人だった?てうるさくって……流石に帰ったって、とか、止めたんだけど…見ての通りのキャラだからさ。」
ぐったりと、例の“ぶつかり男”に絡まれていた時でだってしていなかった慣れた疲れを滲ませる項垂れにテトラは返事の代わりに愛想笑いだけを返した。よく言えば明るく社交性のある、悪く言えば勢いが強すぎる親に振り回されるのに慣れてしまった子供はよくこういう顔をする。感傷が破られた気恥ずかしさか、真っ当な同年代との関わりへの人見知りに似た気まずさか、アドレナリンも箸が転がっただけでも笑い転げそうなおかしろさも燃料を切らしてしまったのでテトラは返事の代わりに愛想笑いで誤魔化した。
「えーと……あー、そーいや俺、名乗るだけ名乗ったけど、アンタって名前は?」
「ん、あ、わたしはテトラ、だよ。」
「そっか、テトラ、なんだかんだでまた話せるのはうれしーよ。後ろの子は?」
テトラの背後から視線だけを寄越していたシックスは自分のことを聞かれた途端、ぴゃっと肩を跳ねさせると距離を測りかねる小動物みたいな仕草でテトラのことを背後から抱きしめる。蜂蜜色の瞳はじっとトロワの方を見たまま、こちらもどこか仕草が人見知りのそれに似ている。
逆にサンクは自分の立ち位置をきっちりと決めているらしくテトラの態度からあからさまに警戒を滲ませこそせど、何かあればその爪が許しはしないと片足を前に出していた。
形は違えど明らかな警戒を滲ませるよっつのきんいろにトロワは一瞬きょとんと瑠璃色の瞳を瞬かせたが、次には「あぁ」と何かしらを納得したかのような仕草で自分自身を指差した。
「悪い、悪い。俺、トロワ・ディトフィッグな。さっきさ、テトラに…あー、助けてもらったおれいをさ、言いにきてるとこ。あっちのは俺の父親。」
シックスに気を遣ったのかトロワの言葉尻は柔らかくゆっくりで、こういった気の使い方ができるところが彼の好ましいところだろう。シックスはトロワの瑠璃色の瞳をじっと見つめた後ちらりとテトラに視線を向けて、それから小さな声で「シックス」と自分の名前だけを呟くとまた黙って視線まで逸らしてしまう。フィーアとの初対面の時だってすぐにいつもの様子で振る舞っていたシックスの見慣れない様子にテトラにとってひどく新鮮だった。
(シックス、人見知りじゃないのに。うーん。同世代の子供なんて私以外とまともに関わったことがないから、かな?どっちにしてもなんだか変な感じ、ゲームの…まぁ主人公特性のせいもあるだろうけど、誰にだって話すことできるようなキャラなのに。新鮮だなぁ。)
「シックスか、いい名前だな!そっちの狼…だよな?の子って…」
「あ、このこはサンクっていって、かぞくだよ。」
「すげぇ綺麗な毛並みしてんなぁ。」
「あ、えっと、そうでしょ、じまんのもふもふなんだよ。」
トロワの言葉の距離感は子供特有の対人無敵の燃料が空っぽのテトラにとってちょうどよく、どことなくぎこちさはありながらもころりと弾む会話は「いやぁ、いやぁ!」と口癖らしいトロワの父の一際大きくなった声によって打ち切られた。げんなりと顔を顰めさせたトロワはフィーアの手のひらを握りしめながら距離感を一層詰めている自分の父親に盛大なため息を吐いた後「ちょと、見てくるわ」と項垂れる。
父親に駆け寄り何かしらの会話の後、トロワが思い切り自分の父親の足を踏みつけた。トロワの父親はといえば踏みつけられた足を痛がりながらも、息子の頭を撫でようとしては振り払われているので、一連の流れをばっちりと見たテトラは少しばかりぎょっとする。
「ねぇちゃん。」
「ん?なぁに。」
「………あのひとになんにもされたりしてないよね。」
「…あのひとって…トロワのこと?」
「うん。」
「なんにも…んー?えっと、ひどいこととかはされてないよ。わたしが…えーっとなんていったらいいかな、ちょっとおはなししただけ、かな。どーして?」
シックスには”ぶつかり男”のことを話したくはなかったのでそこだけはあやふやにしたもののそれ以外は素直に頷く。もしかして、街の子供たちみたいなのを思い出して不安になっていたのかしらと安心させるように微笑むテトラの”だいじょうぶそう”な様子に、けれどシックスは安心するどころかますます唇を尖らせる。不機嫌、あるいは拗ねた表情でしばらくむ、む、む、と黙ってから「だって」と言い訳じみた言葉を一番初めに置く。
「なんか…ねぇちゃん、ずっとだいじょーぶな…サンクみたいにするんだもん。」
「……うん…………うん……?」
果たして自分の片割れの言いたがることが想像してわからないのは、言葉にしているシックスすら言いたいことが固まっていないからだろう。
サンクみたい、と言われるがままに自分の隣で寄り添う黒い毛並みへと目を向けると、まばゆい金色がぶんぶんと揺れる尻尾を一緒に喜びを表した。口元を緩めて人間の笑顔みたいに見せる姿はただただ愛らしい。
「うーん…トロワにたいしてわたしがサンクみたいなえがおではなしてるってこと?わたしがサンクにおはなししてるときと、トロワとわたしがはなしてるときのかんじがにてるってこと?」
「ねぇちゃんがサンクとおはなししてるときみたいなかおであのひととおはなししてる!」
ピン!と指先までまっすぐ伸ばしたシックスの断言に、テトラの心のうちが羞恥や気まずさ、自己嫌悪にすら似た複雑な感情が湧き上がる。
テトラが信頼を預けているのは、シックスを除けばサンクが一番だろう。可愛くて、大好きで、ほんの少し憎らしくて、結局は愛している片割れは言うまでもないけれど、サンクである理由は単純で簡単でわかりやすい。サンクがテトラへと向ける感情はきっと人間では想像がつかないくらい真っ直ぐだ。
フィーアのことを信用していないわけではない。けれどどうしたって、彼のそれは罪悪感に由来する。テトラはきっと被害者なだけを感受したいわけではないからと、彼のいちばん柔い傷を抉ったから。
自分の片割れから告げられた言葉に複雑になったのは、ひとえに自分の単純さ。
(私ってそんなに単純な思考回路、してたの…”わたし”の知る世界とおんなじじゃないひとを、問答無用で大丈夫にするくらい…お兄さんの時は”あぁ”だったくせに……いや、でも…うん、流石だったのは私だけじゃなくてシックスにもサンクにも話しかけて…自分から名前を言ってくれてた……そーゆーところ。)
自分のことなのに、なんだか少しだけわたしに裏切られたみたいな、単純思考への複雑さに項垂れてから、自分が知らない場所で”大丈夫”を確立させた片割れへのやきもちじみた感情を持て余すシックスにへらりと笑いかける。
「あのね……ふつうにおはなしして、にこにこってわらってくれたのうれしかったんだ。だからかなぁ。」
「…そなの?んー……そっか。わかった!」
ぱちん。トロワへの警戒をひとまず薄れさせたシックスが同じように笑顔を向ける。喜色満面。いつもみたいに無邪気な笑顔。
お陰か話を一区切りさせてきたらしいトロワが戻ってきてもテトラの後ろに戻ることはなく、その隣でぺったりと寄り添う定位置に立っていた。
「なんか、さぁ。よくわかんねーけど父さんとフィーアさんが連絡先交換してた。
「なに、なん、なんで?」
「わかんねーけど確実に父さんが無茶振りしたんだと思う、ごめんな…」
戻ってくるや否や飛躍した話をしはじめるので、テトラの感情はぽんと飛んで猫みたいな顔で首を捻る。当のトロワも頭を掻きながらどうにも歯切れの悪い様子で「あー」と唸る。
「俺の父さん、いちお、商人でさ。貿易…あー、いろんな店に商品を売り渡してるんだよね。んで、職業病っていうか人との繋がりを大事にしたがってんだよね。“偶然は必然”だとかが口癖でさァ……フィーアさんって、強引なの苦手そうだし、父さんが押し切ったんだと思う。
「そうなんだ…」
「ほんと、ごめんな。喋るのが好きな商人が天性みたいな人なんだよ。」
(確かサブイベントでトロワがちょっと自分の父親のこと話すシーンみたいなのあったけど、なるほど、これかぁ。ある意味古き良き賑やかな商人、て感じ。)
“わたし”の記憶に納得しながらも、今まで関わったことのない類の大人の姿にどことなく未知の生き物にでも遭遇した心地に陥る。
「多分さ、結構なひんどで意味もない連絡とかしてくるとおもうけど、あの人喋りたいだけだし無視しといてくれてだいじょぶだから。」
がっくりと頭を下げるトロワの顔をどこかで見たことがあるなぁ、と考えて思いつく。井戸端会議で気がつけば1時間も帰ってこない親の背中を見る子供の顔にそっくりなのだ。もうここまでくると同情が湧き上がって、テトラは愛想笑いではない笑顔で首を振った。
ところで、“連絡先”然り2人が話しているこの星における一般的な連絡手段についてである。
テレパシーと呼ばれる魔法を用いた空間を跳躍する会話、自身の姿を映しでリアルタイム会話を可能とする“わたし”の知る映像会話といった手段は魔法や魔法道具といった形で存在こそするが、下世話な話、これらは非常に高価である。高い。あるいは音声のみの会話を可能とするものはまだ安価だがそれでも庶民には過ぎたるもの。ならば魔法となるとこれはもう才能がものを言う。
王国所属の騎士であるフィーアや、王国の流通貿易に深く関わるディトフィッグ家ならば(これは“わたし”の知識である)所有している可能性はあるが、フードマーケットという祭りの場でわざわざその手段を指定するような意地もあるまい。
ならば一般的における連絡手段となると、これは“マジックメール”と呼ばれる紙片記載型情報共有魔法道具である。
“マジックメール”
紙片記載型情報共有魔法道具
最も一般的に広く流通する連絡装置
木板に貼り合わされた羊皮紙型の転送用魔法道具(以下転送紙)と羽ペン型の専用転写用魔法道具(以下転写ペン)の2つを合わせたものを指す
転送紙にはスターサファイア(アステール王国でのみ採掘できる宝石)の粉末が練り込まれており、転写ペンの芯はウィッチメタルでできているため魔力がなくとも使用できる
マジックメールにはそれぞれ番号が振られており、この番号を木板表面左上にある空欄に記載入力することで連絡を取ることができる
使用方法は転写紙に転写ペンで送信したい内容を記載するだけ、送信するとその内容がそのまま相手の転写紙に浮かび上がる仕様となっている
受信した内容については木板表面右部の縦長の長方形部にて選択が可能であり、内容は365日保管、その後自動消去される
かつての合成鍋と同じく、けれど鍋とは違い使われることなくつい最近まで埃を被っていたマジックメールが森小屋にもひとつ。フィーアが仕事用の連絡端末の番号を教えるとは思えないので、こちらを交換したのだろう。
(確かマジックメールって、実際の内部構造は単純だから
マジックメール本体の盗難によるなりすましや、背後から内容を盗み見ることを防ぐことのできない、実体の内部が単純構成であるからこそ遡ってマジックメールが使用された場所の逆探知を可能とする手段が魔法技術として存在しない。
一度も使ったことのない森小屋の古びたマジックメールがようやく日の目を見ることができるのだろうな、と妙な感慨に浸っていると、今まですらすらと言葉を紡いでいたトロワが頬を掻いて妙に気恥ずかしそうに視線を左右させる。
「あー、えっとさ。父さんに対して色々いっておいてなんだけど、俺もたまにさ、連絡してい?俺の父さん商人で、いろんなとこ回ったりすんだけど、そのせいで年の近い子で気軽にしゃべれる子って今までいなくてさ。」
「わたし?」
「うん、だってさぁ、さっきのテトラちょうサイコーにかっこよかったし、俺仲良くなりてーなぁって。」
ぱちん。ぱちん。瑠璃色の瞳が真っ直ぐにテトラの体の中心を貫いて、そこからじわじわとおかしろい感情が染み込んでいく心地。トロワ・ディトフィッグは果たしてここまで真っ直ぐに言葉を紡ぐような人だっただろうか、なんて。
テトラも私も知らない”トロワ・ディトフィッグ”という少年を、”わたし”の記憶ひとつで信用も信頼も安心も当たり前みたいに心の中に置いてしまって、断る選択肢も初めから浮かばない。
(なんだか、すごく、単純な生き物になった気持ち。)
頷けば綻ぶ少年の笑顔に全身がわたあめにでも抱きしめられたような甘いむず痒さに襲われて、きっとテトラはこの時とっても単純な作りをした生き物になっていた。
さて。これは余談である。けれど必要なプロローグの準備の一端。
この日を機に”マジックメール”は日夜うるさいくらいの連絡を知らせたが、そこに混ぜられた少年からのメッセージとのやりとりは愛想笑いのその場しのぎなど欠片もない”友人との気軽なメール”といって然るべきもので、感傷の必要など欠片もない長い間、10年後の再会の日まで続くことになる。
(RPG主人公の双子の姉に生まれ変わったのですが思いがけない”友情”イベントが発生しました)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます