No.7 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが思いがけない“??”イベントが発生しました…?
______退屈は人を愚かにさせ、怠惰を患わせる。大いなる暇つぶしこそが人を利口な勤勉にする。
〔悠然と聳える建物は見上げるだけで首を痛くさせる。学校と呼ぶよりも古城や鐘堂の教会にも似た外見で、どことなくアンティーク”っぽい”。シックスには門をくぐれば出迎える乙女の彫像の意味すらわからないが、廊下を飾りつける花瓶や星の形のライト、自分が今踏んでいるカーペットひとつとってもたちまちに高価そうに見えて一番先に怯えが湧き上がってくる。
だがそれも一瞬。
シックスはそれ以上に込み上げる喜びに蜂蜜色の瞳を輝かせる。封蝋が破られた手紙をしわが入るほどの力で握りしめては忙しなくきょろきょろと視線を動かす様は、その背にある大きなリュックサックも後押しして都会に出てきた田舎者さながらだ。まぁこれは事実なので仕方ない。〕
〔再び家に現れた”あの”騎士が渡した手紙は入学案内だった。王国で最も広い面積を誇る学術自由都市に構えられた俗に呼ぶ”魔法学校”。平等なる教育を掲げ、勤勉なる正義を願う星乙女の名を冠した偉大なる王立魔法教育学校アストライア。”あの”騎士との1ヶ月にわたる特訓のお陰でシックスは有数の魔法学校への入学を認められたのだ。…とはいえ、かなりギリギリだったらしいけど、むしろ入学できたことを褒めて欲しい。
自分の成したことが正当に評価される。これ以上の喜びはない。きっと”あの”騎士と過ごした1ヶ月はシックスにとって三番目に嬉しい誕生日プレゼントだった。〕
〔あーあ。シックスの心境はこの一言に尽きる。都会の人っていうのは、”あの”騎士のような人ばかりじゃあないんだなぁ、なんて。グレージュの髪から垂れるオレンジ色の液体は酸っぱい香りをしていて、ちゃんと口に入れればさぞや美味な飲み物だっただろうに。
確かにシックスは田舎者で、森の山菜木の実で食料をつなぎ冬を越すのに精一杯になるような生活を送っている。だからカップいっぱいに入ったドリンクを人の頭の上からかけるような人種にとっては”哀れな貧乏人”になるのかもしれない。
「なぁ、おい。聞いてんのかぁ?お前みたいなのはさぁ、どーせ学期末にはぴぃぴぃ泣いて田舎に帰ることになるんだよ、だから俺たちは優しさで言ってやってんの。」
「番外クラスなんて今まで聞いたこともねぇぜ!」
「おい、何睨んでんだぁ?言っとくけと、俺たちはBクラスってわけ。お前とは生まれも育ちも結果も格がちげぇの!」
なるほど。たしかに。さぞや素敵な生まれと素晴らしい育ちをしたのだろう。前を見ずに歩いていれば周りが勝手に避けてくれて、要求すれば誰もが謝って跪く。そういう生まれ育ちをしたのだろう、シックスはため息を形にしたみたいな言葉を吐いた。
「だからってただぶつかっただけの人を、それもあなたたちが前を見ていなかったからぶつかった人を逆切れして脅していい理由にはならない。」
睨め付ける蜂蜜色がさぞや気に食わなかったのだろう。ぐ、と胸ぐらを掴まれる。
_____あ。
シックスは後に騒ぎを聞き駆けつけた教諭とは決して目を合わせないようにしながらも、こう言った。
「殴られる前に殴らないと殴られると思って…」
顔を殴られると、これが不便なのだ。頬やら目頭やらが腫れ上がると汚いだとかの言葉を投げられるし、額や頭は意外と血が出る。無防備なくせに目やら耳やら主要の器官が多くて、歯が折れると治すのにも金がかかるし食事もしにくい。
森に住んでいた頃ならば頭を抱えてうずくまっていただろうシックスは、“あの”騎士の特訓で自分の身を守る手段に正当防衛を獲得してしまったので、胸ぐらを掴む1人の顎を蹴り上げたあと、自由になった体を捻りもう1人の腹を蹴り飛ばした。
それを偶然見ていた瑠璃色の瞳に爛とした光が灯った。〕
〔「あっははははは!マジかよ、お前、すげぇ面白いことすんじゃん!ふ、ふ、ふっはははは。」
適当に伸びた癖のある黒髪を面倒そうにひとつに括っている青年はとうとう耐えられないとばかりに腹を抱えて笑い転げた。瑠璃色の瞳に涙が浮かぶほど腹の底から込み上げる笑いが収まることを知らないのかたっぷりと5分もの間笑い転げていたが、突然スイッチを落としたかのように顔から表情を落とした。それからじっとシックスを見ると、挨拶みたいな笑顔を向けた。
「はー、笑った笑った。あぁ、俺はトロワ、トロワ・ディトフィッグ。アンタと同じで新入生ってやつ。妙に挙動不審なやついるなぁって思ってたら、思いがけず面白いもの見れて楽しかったぜ。てなことで、よろしく、シックス・インヘリット?」
当たり前のように名前を呼ばれるので、シックスはぎょっとはちみつ色の瞳を見開いた。そのわかりやすい困惑を見たトロアは、今度はいささか胡散なけらけらとした笑い声を上げる。
「ンな驚くことでもねーだろ。クラスメイトの名前、知ってるだけだって。さぁてはアンタ、組割り自分のしか見てなかっただろ。別にフツーそうだろうけどさぁ。アンタが一番最後ってわけ。これからよろしくな。」
〕
通称“魔法学校編”と称されるメインストーリーでは、所謂メインキャラクターと呼ばれるプレイアブルキャラが軒並み揃って登場する章でもある。そのうちの1人。1番初めの仲間になるキャラクターはストーリー全体を通して、所謂相棒役としての役割を持つ。
“異端の麒麟児”、ゲーム内においては“ただの天才”とすら称されるほどのギフテッド。驚異的な知識量をもつ頭脳は幾度と主人公の助けとなるが、彼の相棒としての役割として最もたるは別のところにある。
明晰なる頭脳とそれに培われた知恵と知識は彼を天才と呼ぶに相応しい退屈さを与えた。退屈を嫌うが故に面倒を嫌厭するが故に「楽しいことだけしていたい」と口ずさむ刹那主義。皮肉と悪態は長年の友と言わんばかりの揶揄った喋り方と胡散な笑顔を持ちながら、
初めこそただ面白く、見ていて楽しいとばかりに
(“わたし”が“妖精物語”で1番好きなキャラはって聞かれたら即答しただろうってくらい?ファンブックでだって一位をとってたもんね。)
波を打つ思考の海に半身がどぷりと浸かってテトラの耳を凪にさせるので、フィーアの説教じみた心配の言葉もするすると透過していく。”わたし”のだめなところが自我を持って、「トロワ・ディトフィッグショタ時代キターーー!」なんて盛り上がりを見せて、冷静なところで「サンクの時とおんなじ思い込みだぁ」と落ち込みながら嘆く。
(それもそっかぁ、そもそも
思考の海に不安の感情が流れ込んできたので、それらを振り払うようにテトラは勢いよく首を横にふる。ちょうどその時フィーアが「怪我はしていないんだな?」と会話を一区切りしようとしていた時だったので、テトラは知らぬ間(彼女の意識は今思考の海の中にあるので)にフィーアのトラウマを抉り出してしまったのだけど、繰り返すがテトラは知らぬ間なので。感情の整理をつけようとぐるりと頭を回して「ど、ど、どこをけがして…いや…あの男を…」などとフィーアの顔色が影に染まっていくことなど気づいてもいない。
(…ほんと、まさか、まさかだよ。こんなとこで“遭遇イベント発生!”なんてさぁ…)
瑠璃色の瞳が光を反射して、悪戯っぽい笑い方で手を振る姿が頭によぎる。
『また会えたら名前よんでくれよ。じゃーな。』
(また……また、かぁ。広い王国で、今度なんていつになるのか………だいたい、10年後……覚えててくれるのかなぁ。)
不安が感傷に変わって、テトラの思考がようやく海から浮上する。その時にはすでにフィーアの顔色はほとんど影色に染まっていて、一方でシックスとサンクは楽しそうにやりなおしのアイスを頬張っていたので落差にぎょっとした。因みにだがテトラはどこにも傷などおってないので悪しからず。
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