No.6 閑話 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わったのでお祭りに行くことになりました
_______物事に決まる価値は所詮自分次第 鏡に映ったものは自分の価値だ
少年にとってそれらは何の価値もなかった。心を躍らせる喧騒も、弾む賑わいも、喉を鳴らす芳香も、少年にとって価値がなければただの退屈で仕方なかったのだ。
「じゃあ父さんは挨拶回りしてくるからなぁ。ちゃんと迷子誘拐防止用の魔法道具は持ってるな?一時間後にこの広場で集合ってことで、小遣いも入れてるから好きなもの買うんだぞ〜?」
朗らかな笑顔で頭を撫でる男の息子は、それとはまるで正反対な様子で退屈を滲ませた空色の瞳で父親に一瞥だけ寄越した。子供らしくない、どこか定年退職間近のサラリーマンにすら似た態度で木陰のベンチに背を預けながら、少年は気だるげにポーズだけの手を振る。
「おー。いってらっしゃ。べつにゆっくりしてていーよ、どーせねてるだろぉーし。」
「……お前今6歳だよな?パッションどこに置きわすれてきたの?」
「そこになければねーんじゃねぇーの。さっさといってこいよ、しごとだろーぉ。」
「こんなに心配しないこと心配する我が子!お父さんにもっと名残惜しさとかさぁ!」
「いてらしー」
やる気もなければ意味もない略語で父親の言葉を総じて無視した少年に、これ以上何を言っても無駄だとがっくり肩を落とした父親はそのまま祭りの中へと億劫な足を進めていった。背中を見送った少年は欠伸を繰り返しながら空をぼぅっと意味無く眺めていたりとしていたが、和気藹々と祭りを楽しむ他の参加者たちに感化されたのか、のったりとした動きで立ち上がる。「どっこらしょ」なんて掛け声が似合う緩慢な動きだ。
ポケットの中でじゃらりと音を立てるポーチは父親からもらった小遣い入れ、それを手の内側で遊ばせながら近くにある屋台をぐるりと見渡す。ベンチから立ち上がったものの、歩き回りたい訳ではなくその場からできるだけ動きたくないらしいのは父親との合流を考えてだとか、迷子になる可能性だとか、そんな難しい理由などではない。ただ面倒なだけだ。幸いにも少年にとって所狭しと複数に並ぶ店々の吟味は手慣れたものであった。
「あー、あれにすっか。…し。すいませーぇん。」
「はいはぁい?ご注文ですねぇ?」
「ジュエリーアイス、カップでひとつください。」
「はぁいはい。食感もお好きに選べますよっ、たのしいぷにっと食感、爽やかなしゃくしゃく食感、どちらにされますかぁ?」
「…あー…こっちで。」
ゆったりとした喋り方をする店員に(コーンよりカップのが食べやすいか)(うげ。ぷにとか自分で言うのやだな。)だとか、そんなことを頭の片隅で考えながら注文をした少年は、すぐにと用意されたアイスを受け取ると緩慢に頭を下げて屋台から少し離れる。さっさと先ほどまでのベンチに戻ってしまおうと考えたが、人通りが増えたのでひとまずアンティーク模様の街頭にもたれ掛かりながらアイスを口に放り込んだ。
祭りの賑わいを眺めるのは嫌いではない。ただそこに意気揚々と混ざろうと思わないだけで。
カップの中にむっつ程入ったボール状のシャーベットアイスであるジュエリーアイスは名前に相応しく、光を弾いて色とりどりの宝石のように姿を変える。これの何より良い所は薄く膜を張った表面のおかげで手が汚れることなくぽいっと口に放り入れることができること。噛み砕くとシャクっと心地いい音と共に口の中には様々な果物の味が広がるので、気だるげだった少年の顔がわかりにくくも綻ぶ。
(ラプラって氷の国ン店だったっけ。見た目すげーきれーだし、噛んだら味が変わってくの面白いな。テキトーに選んだけど当たりだったな。……ンー、これからどうすっかな…つっても別に…これ食ったらさっきの広場ンとこで昼寝でもしてるかぁ。)
ぼんやりと巡らせていた思考が少年にとっていつも通りの結論に落ち着き、人混みの間をすり抜けようと街灯から背を離し一歩を踏み出そうとした時、背中に鈍痛が走る。痛みといっても反射で「いたっ!?」などと口走る程度のものであったが、年相応の少年の体は背後からの衝撃に軽く飛ばされ、地面に膝をつく。
転げ倒れるまではいわない、つんのめって崩れ落ちる程度のものであったが少年の手にまだ半分は残っていたはずのジュエリーアイスは虫の餌に成り果てた。
「あ?おいどこ見て歩いてやがる…足元でよぅ、ちょろちょろしやがって。きぃつけろ!」
「はぁ?」
(足元ってほどテメェデカくねーだろ!そもそもそっちがぶっかってきたんじゃねェか……)
胡乱に顔を顰めながらも、それ以上に面倒くささが湧き上がり理不尽への苛立ちの叫びを差し止める。
凡そ少年は年不相応に“大人”と接する機会が多かった。好意的、悪意的、関心的、それはもう多種多様な類の。故に知っているのは、見てくれから厄介、面倒な人間とは“まともに関わらない”ほうが“面倒ではない”ということ。
「アー……すいぁせんデシタ。」
その場を収めようとする少年の言葉は滲んだ感情でふてぶてしきものであった。しかしそれ以上に言い返したり、いっそ泣いたりもせずに対応する子供らしくない反応が男にはひどく気に食わないものだったのだろう。盛大な舌打ちをして少年を見下す。
「ハッ。さっきの餓鬼といいよぅ、最近の餓鬼は親からまともな教育もしてもらえねーのかぁ?………ア?」
その時に少年のそばに親がいないことをいい事に、更に悪意を憂さ晴らしのように吐く男の足にどんと小さな影がぶつかった。
小さな影は少女であった。少年よりも小さく弱々しい少女はグレージュの髪を靡かせ、渦中の事態を理解していなそうなはちみつ色の瞳でじっと男を見上げたので、少年はとうとう心の内で更なる面倒にうなだれた。
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