No.6-4 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わったのでお祭りに行くことになりました



シックスのテンションはそれからずっと上がりっぱなしだった。街の外に遊びに行くことができただけに飽き足らず、痛い思いも何もなく、知っていても吊られて好奇心やらをくすぐる祭りの喧騒にお腹の底からぽかぽかとした感情が湧き上がって仕方ないのだろう。

多分にホッとするのがシックスが怯える様子を見せないことだ。人見知りとはまた違う警戒心は根強いが、同一視もせずに純粋にフードマーケットを楽しんでいる。こう言うところがテトラにとってはいささかまばゆすぎた。


その時ふとシックスの視点が一点に止まる。随分と大盛況な様子の屋台だ。よく見ると並ぶ参加者たちは溢れんばかりに野菜が盛られたどんぶりを受け取って、喜色満面という言葉が相応しい表情で麺をすすっている。


ア、と気づくのは入り口のスタッフが「おすすめ!」と幻で魅せた料理の一つであると言うことだ。


「シックス、あれたべたいの?」

「えっ。あ、あう、た、たべたいっ。」

なんでバレた!?と目を丸くする顔も含めて感情がわかりやすすぎた。テトラはシックスと手を繋ぐと大盛況だが回転の速い列に並ぶ。

途端に少しばかりジャンキーでこうばしい香りが鼻をくすぐる。肺いっぱいになるくらい吸いこめばもうそれだけでごくりと喉がなる。


(なんか。おなかすいてきた。“わたし”はわざわざ並んで食べたがるほどラーメンが好きだったわけじゃなかったはずだけど、すごい美味しそうな香りする。とんこつっぽい?あ、ラーメンじゃなくて、“らぁめん”だったか。)

表記だけが違う同じ響きを持った料理。ゲームの世界では食べ物に該当する全ては所詮回復や付属効果のついただけのアイテムでしかない。合理だけを求めて仕舞えば味の優劣など意味はないだろうが、それでも食欲をそそるこの香りに感情が上ずるのは仕方ない。

盛況な屋台ではあったがその分回転も早く、更には弾む心が時間を度々早く感じさせたせいもあって、順番は想像よりも早く訪れた。


「お?こりゃまたかわいいお客さまがきたぞ〜。ごちゅーもんどーぞ。」

”らぁめん屋”らしく頭にタオルを巻いた店員は仲良く手を繋いで見上げる双子に声を柔らかする。


「えっと。この…ぐざいたっぷりらぁめんをみっつください。それから、まほうどうぶつのこのこがたべられるものって、ありますか。」

「おっと、珍しいね。それなら魔法動物用に薄味にしたらぁめんがあるよ。狼系だよね。タマブキの実は食べられるかな。」

「だいじょうぶですっ。じゃあ、それもひとつ、おねがいします。」

「はぁい。それじゃあ具材たっぷるらぁめんみっつぅ、薄味らぁめんひとつぅ!」

「ッザァース!」

店員の背後から賑やかしい返事がいくつも重なって響くので、”わたし”の記憶にある”ラーメン屋”そのものを彷彿とさせる。胸いっぱいに広がる香りやすでに購入した参加者たちの喜びの声がますますと期待を煽る。


「たのしみだねぇっねぇちゃんっ。」

「ね。んふふ、サンクもいっしょのたべられるねー」

【ワウ】

「はいよ。おまちどぉさまぁ。」

言葉以上に”待った”感覚がないほど、流石祭りの屋台飯というべきか注文した”らぁめん”はすぐに用意されて暖かな湯気をたてる。わざわざと調理スペースから出てきた店員は膝を折って双子と同じ視線になって「あついから気をつけてね」と手渡した。


「もしよかったら、この先をまっすぐいってすぐの所に座れる場所があるからね。」

「あ、りがとうございます。」

「いーえ。あんなにさ、楽しみにしてくれて、ありがとう。とってもおいしいからね。」

言葉をゆっくりと区切りながら溢れるほど優しく接してくれる店員にテトラの視線が俯く。耳の端から側頭部のあたりまでがかぁっと暖かくなった。

サンクの分はフィーアが受け取り、店員の案内通りにと進めば広場のような場所があって、ベンチやテーブルなどが並べられていた。どうやらフードマーケット中いくつかに設置されている開けた飲食スペースらしい。幸運にも大きめのテーブルセットが空いていたので、そちらへと腰掛ける。


「サンクようの、てんいんさんがさましてくれてたみたい。ちょっとまってね。」

魔法動物用にと広めの口の器に入った薄味のらぁめんを置くと、先にシックスの手のひらを持ち歩いていたウェットティッシュで拭く。


「シックス、あついからふーふーしてたべるんだよ。」

「水は持ってきているのがあるからな、これを飲むといい。」

「はぁいっ」

「サンクも、おまたせ、たべていーよ。」

【ギャウッ】

双子の子供と魔法動物と監督保護者の関係性のはずだが、末っ子と大型犬と保護者ふたりにも似たやりとりになっている、とは今更だ。シックスは子供用にと渡された小さなフォーク(文化形態の違いだろう、”わたし”の知る箸はなかった)で麺を引っ掛けると小さな口でふぅふぅと息を吹きかけて、それからもう我慢できないとばかりに口いっぱいに頬張る。


「あむっ、はふ、はふ………んま!」

まだ熱さを保っていたらぁめんにはふはふと息を吐きながら口の中で冷やしながら咀嚼する。それからごくん。口の中のものがなくなってからきらきらとはちみつ色を輝かせる姿はまるで小動物だ。複雑な言葉など必要がないくらい、必死に次を頬張ってはふくふくと動く頬が美味しさを現している。

惹かれてフィーアもらぁめんを啜ると、途端に口内には出汁が濃厚なスープと柑橘を思わせる爽やかな麺の味が広がる。たっぷりと大袈裟なほどに盛られた具材たちも、一度食べてしまえば病みつきで、出汁を絡めながらもシャキシャキと楽しげな歯応えについ口角が上がる。

サンクもぶん、ぶん、と尻尾を揺らして止まることなく食べていて、なるほど、目玉商品と言われるだけはある。


シックスとサンクが美味しそうに食べ進める姿を見てから、ようやくテトラも息をついたようにフォークを手に取る。「いただきます」と小さく呟いて、”わたし”には少し変な心地が沸く仕草でフォークに麺を絡めるとふぅ、ふぅ、と息を吹きかけた。湯気と共にふくらむスープの香りを絡めた麺は紛れもなく食欲を刺激する。これは確かに、あの店員が自信を持って柔らかく微笑むだけがあった。







『あんなにさ、楽しみにしてくれて、ありがとう。とってもおいしいからね。』



『いつもがんばってるだろう?ほら、とってもおいしいから。家で弟と一緒に食べるといーよ。』







甘くて。苦い。舌が痺れる”美味しさ”。

開こうとしたはずの口は美味しそうな食事を前にその機能を放棄して、唇を戦慄かせるだけ。

わざわざ膝を折って視線を同じにして、言い聞かせるように渡された、あの、”美味しさ”。どこにも似ていない、似ているやさしさ、







ぱちん。







「ねぇちゃん、あのね。ひとくちちょーだい…?」

「え?」

「うえにあったおやさい、ぜんぶたべちゃったぁ。」

肩に触れた暖かさに思考の波が凪いていく。

溢れそうなほど盛られていたはずの具材たちはシックスの器からはすっかりなくなっていて、それどころか随分と少なくなった麺とスープだけしか残っていない。シックスが照れた仕草で眉を便りなさげに下げるので、テトラは条件反射のように頷いた。実際、テトラは耳のそばでまださざめく波の音が邪魔をしてシックスの言葉をちゃんと飲み込めていなかった。

ただ、シックスはそんなことにはまるで気をつけもせずぱっと顔を輝かせる、


「ありがとぉっ。」

テトラの器をぐいっと自分の方へと引き寄せるとフォークで具材と一緒に麺まで絡めて、大きく広けた口でいっぱいに頬張る。小動物みたいな顔で膨らんだ頬をもきゅもきゅと動かして、飽きもせずに「とってもおいしいです!」と感情を書いて、ごくり。どこも苦しくないどころか、むしろ幸せをのみこみました!と言わんばかりの顔で「おいしー!」と笑った。


「おいし、かった?」

耳のそばでさざめいていたはずの波はすっかりどこかへ引いてしまって、かわりに、まばゆいはちみつ色が照らしている。


「うんっ。ねぇちゃんもたべないの?たべて、たべて、おいしーからっ」

無邪気に笑う。何も知らない顔をして、何も知らない顔をわざわざと浮かべて。ちゃんとわかって”ねぇちゃん”と呼ぶ片割れの笑顔にはまるで似てない、下手くそな笑い方で「そっかぁ」などと頷く。

再びフォークに、少し冷めてしまった麺も具材も絡めて、小さく開けた口に放り込む。広がるのは濃厚なスープと爽やかな麺、新鮮な野菜の味。


「うん、うん、おいしい、ね。」

「ねっ!」


甘くも苦くも舌が痺れもしない”おいしさ”は、はちみつ色の瞳に水の膜を張るほど美味しかった。

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