No.6-3 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わったのでお祭りに行くことになりまし




“ロマの街”

王国南西部にある小さな町

隣国との国境が近いためかつてより複数の行商たちの往来が多く、主に輸入輸出産業で発展した。かつて行商たちが自分たちの扱うアイテムを交換しあっていたという小さな交流が町ぐるみで広がったのがフードマーケットの始まりとされている。

(現在においてはフードマーケットは複数の卸売たちが主催としイベントとして行われている)



ブルーローズの森を北西に抜けて馬車にて1時間ほど、都市境の手前に座する街。

そこには確かに“たのしい”が詰め込まれていた。



「光を弾く色鮮やかなジュエリーアイスが氷の国より初出店〜、凍土の湖で採取直後に研磨された姿は正しく宝石、今を逃せば吹雪を掻き分けなきゃ食べれないよぉ〜」

「疲れた時には甘いものがいっちばん、ハニーココアはいかが?ん?甘いの苦手?だったらちょっぴりスパイシーなジンジャーココア…え?暑い?とびっきり冷えたアイスもあるよ!」

「はいよォお待ち!ニンニクマシマシカタメンアブラサッパリ具材たっぷりらぁめん一杯!」

「ぎゃー!逃げた逃げたリンゴが逃げたー!そこのラビットアップル誰か捕まえてー!痛むー!」


目移りという言葉すら追いつかないほど、ロマの街の賑やかさといったら色彩に例えて然るべき喧騒だった。煉瓦造りの家屋は元々ロマの街の標準的な建築技法なのだろうが、そこに色とりどりのペナントやさまざまな形をしたバルーン、花びらが揺れるリースに光り輝くランタンなどといった装飾によって、まさに“祭り”に相応しい様子が入り口からでもよく見えた。

更にロマの街の最も中心、大通りに構えられた多種多様な屋台ではチラシに描かれていた様な料理をはじめとした、絵本の中でしか見たことのない様な美味しそうな食べ物たちが揃えられている。まるでおもちゃ箱の中に小さくなって迷い込んだ心地にすら陥る。


“わたし”の記憶を持つテトラですら“そう”なのだ。


「はわ。はわ、はわわ…!」


はちみつ色の瞳に星が散らされる。きょろきょろとあちこちに視線を動かしては何度もテトラの方を向いて、ぎゅっと掴んだ手のひらをぶんぶんと振っては「ねぇちゃっ!」と何をいうでもなく同意を求める姿にテトラもつられて顔が緩む。


「す、ごい、ね!すごいねぇ!ねぇちゃっ、ねぇちゃんほらあれっ!あっちも!わぁあぁぁ!」

「んふふ、うん、うん、すごいねぇ。」

幼児らしくふっくらとした頬が林檎を彷彿とさせるほど真っ赤に染まって興奮を抑えきれない様は、隣でぶんと尻尾を振るサンクが遊ぶのを待ちきれない!と跳ねる姿にも似ている。きっと今この瞬間にシックスに尻尾が生えたら千切れんばかりにぶんぶんと振っていたに違いない。



「おや?もしや君たち、フードマーケットは初めてですか?」



と、その時突然に話しかけられたので顔を緩ませていたテトラは肩を跳ねさせたし、わぁわぁとはしゃいでいたシックスは「ひょわっ」とおかしな鳴き声をあげた。テトラたちに話しかけたのはロマの街の入口で立っていた青年で、その腕には目立つ黄色の腕章が付けられている。


シックスが目を丸くさせながらじっと青年から視線を外さない姿は警戒する魔法動物によく似ていた。森小屋の中テトラと2人ぼっちで生きてきたシックスにとって“他人”に対する判断は重要事項でもあった。もっとも身近な他人が街の人間だったせいだろう。【ゔゔっ】と小さく吠えたサンクが双子のそばに寄って、前足で後ろに庇う様に出したので、青年は大袈裟なくらい両手を上げると「おっと。」と声を上げた。


「ごめんね、驚かせちゃったかな?僕はこのフードマーケットのスタッフの1人でね、マーケットに参加したい人の受付と案内の係りなんだ。えぇと、3人と、それからサンダーウルフとはこのあたりじゃあ珍しい子ですね。大変申し訳ないんですけど、紋章の確認、お願いできますか?」


向けられた微笑みは当たり障りのないものであったので、シックスの体から徐々に力が抜けていった。

フィーアがサンクの名前を呼ぶと、じぬろと胡乱な瞳を向けたままぷいっと顔を背けられるので、青筋が浮かび上がる。サンクの中のヒエラルキーピラミッドを可視化すれば間違いなくテトラ〉サンク〉=シックス〉〉〉フィーア〉〉〉〉〉〉それ以外、と言った様子なので今更だ。


「サンク、め。」

【うぎゅ。グールルルル、ルルル】

テトラが指摘すると【うぐる】とバツの悪そうな顔をして紋章が刻まれた横腹を見せた。紋章が青色に淡く光っているのを確認したスタッフの青年はハンドサインでOKのポーズを作ると、多少大袈裟な身振りで頷いてみせた。


「はい!ありがとうございます。それでは僭越ながら私がフードマーケットの説明をさせていただきます。ロマの街にて定期不定期開催されるフードマーケットは食の祭典!地域でしか売っていないもの、限定のめずらしいもの、あたらしいの話題の品、ありとあらゆる食べ物が目白押しっ。元々ロマの街は行商人たちの交易によって栄えた街でして、各地から選りすぐった食材を交友を深めた行商たちの間で物々交換をしあったことがフードマーケットの始まりとされていて………あぁいえいえ、こんな古めかしい説明だなんて眠たくなっちゃいますよね、やめましょやめましょ。要するにですね、このフードマーケットは多種多様さまざまな”おいしい”をおなかいっぱい、好きなだけ、つまみ食いみたいな一番贅沢な食べ方ができちゃいます!」


それは”わたし”の知る一番初めのフードマーケットイベントの説明のためのNPCによるナレーションにも似ていたが、もしかしたら相手が幼いシックスとテトラだったからだろうか。ところどころの単語を噛み砕いていたり、フードマーケットの成り立ちなどはちゃらけた様子でスキップしたり、どことなく遊園地などのアトラクションスタッフに似ている様子の話し方。テトラは内心で(こういうのって台本とか研修とかあるのかな)などと可愛くないことを考えた。

そんなことを知りもせずにある意味真面目なスタッフの青年の体に光の膜がゆらめいた。何もないはずの空間を青年の指先がなぞると、ぽんっぽんっとびっくり箱が開いたみたいな様子で半透明の映像が浮かび上がった。


「さて、本日のおすすめはこちら!」


深広の器に並々と注がれているのは黄金色のスープ、細長い麺の上に溢れんばかりに守られているのは新鮮に光を弾く野菜たち。ぶわりと湯気が立ち込めてすん、と鼻を動かすといっぱいに広がるのは少しジャンキーでこうばしい香り。ごくり、と口の中に溜まった涎を飲み込んだ音が鳴る。すると熱を冷ますようにか冷えた風が頬をなぞった。ぱちり、からころりとクリスタルにも似た氷が降り注いであちらこちらに色を変える。掴む間も与えず弾けた色とりどりの氷は削れてクッキー生地の器へと飛び乗る。すると混ざって現れた真白のうさぎがしゃくりしゃくりとおかしな足音を立てながら逃げるように跳ねていく。よく見ればそれはうさぎの姿形をしたりんごで、アーモンド型の瞳はリンゴの種だ。リンゴのウサギはしゃくり、しゃくり、飛び跳ねて逃げた先はチョコレート色の飲み物が注がれたカップ。ぽちゃんと散ったのはスパイシーで甘い香り。


触ることなんて一切できないだたの幻なのに、心躍らせる映像の視覚効果に織り混ざった香りによって心のうちから込み上げるのは紛れも無い期待だ。



「フードマーケットのルールはみっつ!みんなで仲良く楽しんで傷つく言葉なんて使わないで、売り切れちゃった時には許してほしいな、それからそれから一番大事なのはみっつめ!いっぱい、いーっぱい”おいしい”を楽しんでねっ。それじゃ、いってらっしゃぁい!」



夢から覚めたのにまだ夢心地。きっとあのスタッフは”プロ”だ。精一杯に膨らんだ期待はあちこちに視線を目移りさせて仕方なくって、シックスなどはテトラが手を繋いでいないと人混みにふらふらと誘われてしまいかねない。フィーアから受け取った、スタッフから渡された手書き風のパンフレットはまさしく宝の地図に相応しい。


「シックス、どこからいきたい?」

「ど、ど、どこっ」

テトラの問いかけにシックスは目を大きく開くと、パンフレットの隅から隅まで見回して目をまわす。”どこ”だなんていっそ意地悪な質問だ。だってたくさんの期待が溢れかえった宝の地図を前にして一息に「ここ!」と言えるだけの冷静さはまだ、ない。気になるところが多すぎてしまって目星なんてつけることもできないのだ。

しかしふと、シックスはきらきらと輝かせていた蜂蜜色を翳らせると、肩を落とす。入り口のスタッフがたくさんに見せた”たのしみ”がぜんぶ溶けてしまったように沈んだ顔で、恐る恐るとテトラの方をみた。


「…ない……た、たべない…」

「どうしたの?」

「………おれ、たべない……おかね…」

瞬間に突き刺さる。フィーアの心に罪悪感と後悔という刃が深々と、テトラからのじっとりとした視線と共に突き刺さった。


フードマーケットはあくまで参加が無料というだけで、販売されている食材たちは有料である。祭りにおける屋台価格として、値段設定は一般的に手頃なものだが、森の中で木の実や山菜をとって冬を必死に超えるような子供からすれば大きな出費だ。ただでさえシックスは自分自身の体の弱さに負い目を感じている。

だが、そもそも街で薬を買うのですら必死になるほど贅沢も知らない子供2人の生活の金銭が枯渇していたのは”騎士もどき”によって生活費すら掠め取られていたせいだ。この件においてもやはりフィーアは実行犯ではないが、黙認者でもある。


「ゔっ……し、シックス、あのだな、お金のことは気にしなくていいんだ。」

「どーして?おかねのことはちゃんとしないといけないんだよ、ひつよーなたいかで、しってるひとのでも、じぶんのいがいのおかねをじぶんのものみたいにおもっちゃだめなんだよ。」

「しっかりしてる…!」

人目も気にせず頽れてしまいたい心地に襲われる。祭りの賑やかさに目を輝かせていながら「おこづかいだ!」みたいにすらはしゃぐことのできない子供の大人げらしさを”いい子”とは言いたくなかった。年相応に、けれど確かに年齢よりも幼なげなシックスが度々とそういったしっかりとした面を覗かせるのは、彼の根本の性格とそれからテトラの教えの賜物だろう。


自己嫌悪に陥るフィーアに「はぁ」とため息を吐く。まるで使えないなぁみたいな様子でフィーアの背中をぺしりと叩くと「あのね」とシックスに柔らかな言葉を使って説明する。

「あのねシックス」「おかあさんがおねがいしてくれてたの」「だからきにしなくていいの」「とくべつなひだからあまいものだけとかでもいーの」「いっぱいたべていーんだよ」などといった随分と暈した、肝心なところなど碌にない説明であったが、シックスにとって大事なのはテトラが大丈夫な顔で「だいじょうぶ」と言ったことだ。途端にシックスの翳った表情がきらきらとした喜びを取り戻して宝の地図に掲げる。


「サンクもね、ぜんぶはたぶんむりだろうけどたべれるものがあったらいっしょにたべようね。なにかきになるのがあったらおしえてね。」

【ゥワァンッ】

ぱたぱた、ぶんぶんっ。サンクの尻尾が喜びに揺れて、ぺろりと鼻を舐める。人間よりよっぽど嗅覚の発達したサンクは余計にたちこめる香りが気になって仕方ないだろう。おんなじような顔で喜ぶシックスとサンクに心をほっこりと和ませた後、もう一度、今度は仕方ないなぁみたいな様子で「はぁ」とため息ひとつ。今度は撫でるようにフィーアの背中を叩く。


「おにいさん。べつにね、シックスもわたしも、おにいさんをきずつけてやろうっておもっていったわけじゃないし、そこまできにしてないし、ずっとゆるせないままならおにいさんのことさっさとおうこくにもどってもらってるし。だから、ほら、いっしょにいこ。いっぱいいっぱいたのしむのがここのるーるなんでしょ?」

「う、う、ありがとう…」

さして珍しくもない、こう言ったやり取りを何度も繰り返しているので、ずっとずっと小屋組のヒエラルキーピラミッドの頂点にテトラが君臨し続けるのだ。


「シックス、いきたいとこきまった?」

「う、う、う、うううう」

ぐるぐると目を回して頭から煙を出しかねない勢いで悩むシックスにテトラはうっかりと笑ってしまった。


「ふふ、むりしてきめなくていーよ。いっぱいきになるもんね。それじゃあぐるって、じっさいにみてまわろ。シックスも、サンクも、たべたいとかきになるなぁっておもったのがあったらおしえるんだよ。おへんじはー?」

「はぁいっ」

【ワァウッ!】

姿勢良く手を上げて、それから小動物が喜んでいるみたいにてちてちと足取り弾ませて歩き始めるその姿はありふれた微笑ましい幸福そのものだったので、やっぱりテトラはつい笑ってしまった。


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