No.6-2 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わったのでお祭りに行くことになりまし

【ガゥウ】

「んっ?」

ぱちん。視界の海から意識が浮上する。穏やかな森小屋には似合わない暴力的な思考が柔らかな毛並みによって落ち着きを取り戻していく。

ちょん、と爪で傷つけないように気をつけながら膝に前足を乗せたサンダーウルフは見慣れない何かを咥えている。一瞬お腹が空いてフィーアへの抗議のためにやってきたのかと思ったが、加えていた丸まった紙をテトラの手の上に落とすとドヤッと鼻を慣らしたので、どうやら獲得した獲物の報告をしにきたらしい。テトラが本や新聞をよく読んでいることを覚えていたのだろう。


【ふすん】

「ふふふ、ありがとう、サンク。」

盗賊たちを捕まえるまでに至ったサンダーウルフとの出会いから早数日。王国から送られてきた”テイム紋章の証”によって正式に森小屋に迎える手筈の整ったサンダーウルフの名付けはテトラに任された。通常はテイムの契約者が名付けるものだが、テイムに至るまでの騒動を思い出せば当然の帰結だろう。うんうんと知恵熱が出てしまいそうなほど悩みながら考えた果てに、サンダーウルフは新たに”サンク”の名前をつけられた。


出会った時とは比べ物にならないほど整った、ふわふわした柔らかな毛並みはテトラ主導で行われた丁寧な手入れの賜物だ。小柄とはいえテトラとシックス2人を軽々と背に乗せられるほどには大きい長毛の狼の体を洗うのはひどく大変であったものだ。小さな森小屋のお風呂では狭すぎて、森小屋の外でフィーアによる水魔法(瓶の形をした魔法道具によるもの)で洗ったのだ。まだ日が明るいうちから途中全員が巨大な泡の生物のような姿になりながら終わった頃には、すでに空は橙色に紫が混じっていた。ちなみにくたびれたフィーアは疲れた頭で王国にいる友人に何かいい魔法道具はないか聞こうと決意した。


だがその疲労は代わりに素晴らしい”もふもふ”をテトラに与えてくれた。毎日のブラッシングも欠かさずにしているおかげもあって、サンクの手触りは至福の一言に尽きる。わしゃわしゃと顔周りを撫で回すとぶんぶんとサンクの尻尾が揺れて、そのまま顎がぽすんと膝の上に乗せられた。頭を撫でたままサンクが持ってきた紙に目を通すと、ぱちくりと目が丸まった。


「えっと。なになに?フードマーケット、かいさいけってい…めずらしいきょうどりょうり、ふだんはおうこくだけしかうってないげんていひん……めうつりひっしのびしょくたちがめじろおし…」はんばい……ぜひぜひごさんかください…」




[フードマーケット開催決定]

___あのフードマーケットがかえってきた!___

珍しい郷土料理、普段は王国だけしか売っていないような限定品、行列必死の人気店の有名メニュー。古今東西から仕入れた食べ物が期間限定で”ロマの街”に大集結!更に料理品だけでなく素材の販売なども行っております!

参加無料、ただし各店舗にて個別で代金をいただきます(チケットを購入することでお得なサービスも!)


〜今回の目玉食材〜

王国都市で⭐︎3を取った『バードブレイン』による“具材たっぷりらぁめん”

氷の国より初出店、『ラプラ』の色を変える“ジュエリーアイス”

他にも“ジンジャーココア”や“ラビットアップル”、“海藻ばくだんおにぎり”などなど、目移り必死の美食たちが目白押し。


ぜひ奮ってご参加ください!


*日によっては販売が終了しているものがある可能性があります

*魔法動物を連れてのご参加の場合はテイムの紋章“蒼”のご提示が必須となります

*迷惑行為は場合によっては強制退場処置や騎士団への報告をいたしますのでご容赦ください




(フードマーケットかぁ。ゲームじゃ不定期に起きるミニイベントって感じで、この文面通り、ここでしか手に入らない珍しいアイテムが手に入ったりするお祭りだったよなぁ。)

「…うわぁっ」

チラシの文面に添えられた写真を眺めながら記憶に浸り顔を上げると、ほんの少し前までフィーアのそばにいたはずのシックスの顔が間近にあってテトラの口からは驚きの声が漏れる。同じはちみつ色の瞳がきらきらと輝いている。


「こ、こほん。実はこくお……じゃーなくて、俺の…上司…から送られてきたものでな。もしよかったらあそびにいっておいで、と。」


わざとらしい咳き込みで注目を集めたフィーアは、自分を“母の古い知り合いで面倒を見てくれているお兄さん”としか認識していないシックスのために国王を上司と濁しながら説明する。間違えていないがどうにも俗っぽい表現に、少しテトラの口角が笑いを堪えて引き攣った。改めてチラシに視線を落とす。


主人公シックスはゲームの進行上フードマーケットのこと、何にも知らない風だったのに……あー、そっか。もしかしたらゲームじゃ、フィーア・シャッテンが案内を破棄してたのかな。いや、それともテトラが失踪した直後だったから案内をしなかった?んー、まぁ、いっか。別に、関係ないもんね。お兄さんを引き込んだ恩恵って、こういう形でもでるんだ。)

それよりもテトラが気にすべきは全身に突き刺さる期待の視線である。もしも感情が形をもっていたならばきらきらと輝いた星となって降り注いでいただろう。


元々シックスは好き嫌いが少ない健啖家気質だ。ただ生活のせいもあって好みの主張は少なく、とにかく腹が膨れるものであればふやけたパンだって味のしないふかし芋だって残さず口に詰め込むような子供でもあった。

”わたし”によってもたらされた記憶やフィーアの登場によって、一気に標準あるいは以上にまで引き上げられた衣食住生活に、食べることに楽しみを見出し始めるようになったのはここ最近。幼年期で止まった味覚も発達し、「辛い」や「苦い」に対して好き嫌いを主張できるようにもなった。


そんな折にぶら下げられた”フードマーケット”という未知で楽しそうな響きのもの、チラシに載っている写真やイラストはどれも紙面の上でしか存在していないというのに食欲をそそるものばかり。テトラは表情を緩めて、あえてシックスに問いかけた。


「シックス、フードマーケットいきたぁい?」

「い、い、いいのっ!?」

「ふふふ、うん、おにいさんがつれてってくれるんだって。おいしいもの、いっぱいたべられるよ。」

跳ねるように喜びを表現するシックスにくすくすと微笑みが溢れると、口元に柔らかな毛並みが押し当てられる。むぎゅりと体を押し付けるようにして「自分はどうなんですか」「置いていかれるの?」と耳を垂らすサンクの不服な鳴き声にテトラはとうとう堪えきれなくなって「あはは!」と笑い声を上げる。


「サンクもいっしょにいけるよ、ほら、おいていったりなんてしないよぉ。にははは、たのしみだねぇ。」

【ワァウッ!】

ピン!サンクの尻尾が勢いよく上がるとそれから大きく振って、今度はテトラに抱きつくようにして飛びついた。小柄なテトラでは支え切れるわけもなく、背もたれからずれて倒れ込んでしまったのは、ここ数日ではよく見る光景でもあった。






_____フードマーケットを前日に控えた夜のこと。

うとうとと瞼を重たくさせるテトラとは正反対にぱっちりとはちみつ色の瞳を大きく開けるシックスは寝返りを意味なく繰り返したり、手持ちぶたさに一緒に寝るサンクを抱きしめたりとしていた。

元々2人の母がやがて大きくなるテトラとシックスと共に寝るためにと用意したベットはかなり広く、そもそも小柄な2人が体を大きく広げて寝転んでも余裕が有り余るほどの大きさがあった。それをいいことにサンクが当たり前みたいな素知らぬ顔でベットに乗り込んできたのは一緒に住み始めてから2日目の話、それからずっとこれが定位置になっている。


「しっくす……ねむれ…ないの…?」

「…ちょ、っと…だけ。」

テトラが既に眠りにつきかけていることもあってか、シックスはどこか言い訳じみた喋り方で服の端を掴んだ。


「ふは…ちょっとて、なぁに…?ほらぁ、おいで…」

寝ぼけ眼のふわふわとした口調で腕を広げたテトラに、シックスは顔を明るくさせるとそこに飛び込んだ。互いに抱きしめ合うような心臓の鼓動が耳に聞こえるこの体制を、シックスはひどく好んでいた。


「あした……たのしみ、だねぇ…」

「うんっ………おれ…おそとにあそびにいけるなんて、おもってもみなかった。」

「…そう…だねぇ…」

夢見心地が冷めないようなシックスの言葉にテトラは顔色を暗くさせて頷いた。


ゲームにおける主人公シックスは世間知らずと言っていいほどこの世界について何も知らない。それを、プレイヤーを置いて訳知り顔でキャラクターが完結して進むようにしないための措置と思えばそれまでだが、実際知りようのない環境に置かれていたのもまた事実だ。

周りにいる大人は暴力を与えてくるだけの恐怖でしかなくて、いっそ無関心だけをくれたならば良かった。痩せぎすの子供の頭では何処かへ逃げたいと夢想することはあっても、その手段もなければほんの少しの幻想・・が瞳をちらつかせる。


末路に至る、英雄と悪の2人ぼっちの仲直りはそのすべての集大成。どちらもただ幸せになりたかった。けれど彼は英雄になることでしか存在を認められず、彼女は全てを憎まなければ生きていけなかった。


(…幸せになりたいのよ、私たち。ずっとずっとありふれた幸福が欲しい。傷を負うことを当然にされて、何度も死に損なって、そこまでしてようやく旅の終わりに生きていて良かったなんて思えるような、そんな安い幸せなら欲しくない。)


例えば明日の朝食は何かを想像するときみたいな、出かけることが楽しみで眠れなくなるような、そんな幸せが欲しい。その幸せのためにならテトラはなんでもするし、なんでもした。


「…ね、シックス。あした…たのしみ、だねぇ…」

「…うんっ!」


同じ言葉を繰り返した2人にとって、それはただ幸福だけが込められた嘘偽りのないものであった。


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