No.5-5 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが必須イベントをクリアします
「サンダーウルフ。あのね。あんななんにちもみずあびしてないみたいにきたなくて、なまごみのなかでくらしてたぐらいくさいうえに、どしがたいくずをきばにもつめにもふれさせるの…やめておいたほうがいいんじゃないかな。たぶんすごい…きもちわるいよ……」
「え、あのおじさんたちたべるの?あんまりおいしくないだろうし、だぶんおなかいたくなっちゃうよ?」
「かみなりでやいてもしょうねとおなじくらいくさったけむりがあがって、はながつぶれるくらいひどいにおいするとおもうよ。きっと。」
「へんなにおいやだぁ〜。」
【ヴェッ】
ぺッ。サンダーウルフはえずいた鳴き声を上げながら唾を吐いた。2人の言葉は話し方が幼く舌足らずなことが拍車をかけ、ただただ精神的に残酷な会話であった。
影から姿を現して盗賊たちの拘束をしていたフィーアの表情が引き攣る。憎悪による復讐が生理的嫌悪によって中断される光景など初めて見た。テトラは確実に悪意ありきだろうが、何よりもシックスの無邪気な相槌がなおのこと心を抉るというものだ。
フィーアは今この瞬間心底思った。テトラが完全にフィーアを敵と認定する前にチャンスをもらえて、良かったと。
「それにねサンダーウルフ。いたいめにあわせてやるのはね、なにもきずをつけるだけじゃないんだよ。ごにょごにょ。」
ピンと立った三角の耳に口を寄せて囁く言葉は生憎とフィーアには聞こえなかったが、意図は透けて見えた。元々ざまぁみろって笑ってやりたいというのが始まりだ。ならば、絶望よりも屈辱のほうがもっといい。
【ガァッヴ】
次の瞬間サンダーウルフはどこか清々しい唸り声をもって雷撃を放った。眩い閃光だが先ほど向かってきた盗賊の1人の意識を失わせたものよりも威力が落ちた、殺傷性などまるで伴わないもの。
皮膚はうすらと焦げ、衣服が所々裂けたり焦げ落ちたりとしていたが、何よりも特筆すべきは盗賊たちの
盗賊たちの頭部は随分と”愉快”な有様に変貌していた。
パーマの失敗を更にひどくしたようなバネにもにたチリチリとした髪が頭部の右側を膨らませていると思えば、その反対では電撃の線が走ったものをそのまま剃り込みにしたように髪の毛が焼け落ちているもの。上頭部が完全に焼けてしまって髪は落武者のような有様になりながら、焼けた上頭部は黒く焦げて日焼けした河童のような有様になっているもの。元々スキンヘッドであったことが災いし週間少年向け雑誌に出てくるキャラクターのような、うずまきなどといった落書きのような焼け跡がのこっているもの。
フィーアは少し、現実逃避的にサンダーウルフの器用さに感心した。剃り込みもパーマも刺青も丁寧で上手に整えられればおしゃれの一角を担うというのに、悪意を持って彩ればここまで精神的苦痛を与える手段になるのかと。
瞬間的な高温性を有する雷で齎された傷故、自然治癒は難しいだろう。毛根は既に焼け焦げた。
傷薬は有能だが万能ではない。
ランクによって効果は異なり、耐性や治癒にかかる時間も様々。サンダーウルフの腹の傷が痕になったように完全な完治を齎さない場合もあれば、経過が過ぎれば傷には効力を失う。
さて。使用されるものにもよるが、盗賊達のこの有様は傷薬を用いればある程度の治癒は見込めるだろう。ただしそれは使用されればの話だ。
確かに盗賊達の様は屈辱的という言葉が相応しく行いを棚に上げれば同情すらされるかもしれない。だが五体満足、意識を失いこそすれど思考は正常、言葉も話せる。
あるいは“わたし”の知る情報供給過多的現代の時代であればまた違っただろう。だが異なる文明と文化の発展をし、星の裏側にまで即座に正しい情報が等しく伝わるような形態をしていない上、盗賊に野生の魔法動物、国によっては公開処刑の文化すら残るこの世界において果たして犯罪者のどれまでが保障されると思う?
生きている。話せる。正気を保っている。ならばいいだろうと、憐れまれたとして国税を賭してまで完全体にへと治癒してやれる温情があるとでも?
(不当に傷つけられて道具として利用された。人の手が加入しすぎたせいで故郷に戻ることすら難しい、屈辱と怒りの象徴を腹に負った、この子の怒りと苦しみに比べれば“たかが”でしょう?だってあなたたちのそれは金さえあればなんとでもできるんだもの、ねぇ?)
たった1人の騎士に敗れた。
間抜けとせせら笑った狼に敗れた。
ちっぽけな子供に馬鹿にされた。
そうして残る傷痕に覚える屈辱はさぞや滑稽だろう。
「ざまぁみろっ、ばーかっ」
きらきらとはちみつ色が光を弾く。雲煙が晴れて広がる青空のまばゆさに似た清涼な心地。
テトラがふふんと鼻で笑えばわなわなと震えながら打ちひしがれるその様に、溜飲が下がったのはサンダーウルフも同じだったのか、ヴルヴルとした唸り声は鳴りを顰め牙を収めた。
テトラの背中に顔をぶつけたあと、そのままぎゅみぎゅみと顔を押し付けるように抱きついていたシックスはがばっとその顔を話した。「シックスは見ないでいいよ」としたテトラの言葉の有効期限が切れたことを察したのだろう。(主にフィーアの活躍によってゴミ屋敷的光景が荒れ果てた姿に変化したのも大きい)ぴょんと背中から飛び降りたシックスに続いて、長く背に乗っていることに申し訳なさを覚え始めたテトラも降りると、尻尾が腰に巻き付いて引き戻される。
「どしたの?」
【ぎゃう】
じっと見つめるきんいろの瞳はどことなく様子を伺うようで、テトラは怪訝に首を傾げる。背から飛び降りたシックスはぐるりと視線を動かして、それからフィーアの方を見た。
「おにいさん、どうぶつさんたちどーなるの。」
様々な、けれど等しく怒りと憎悪と悲しみを抱く魔法動物たちの感情にあてられたように眉を下げるシックスに、フィーアは少しだけ言葉を選んだ。
「これからくる騎士団が責任を持って預かる…ことに、なるだろうな。」
「おうちにはかえれないの…?」
「……今のままでは、そうだな。純粋に人間の匂いが染み付きすぎているというのもあるし、ケアが必要でもある。王国の騎士団に魔法動物の専門のような部隊があるから、そこに任せることになるだろうな。」
刻まれた紋章の契約を破棄したとしても現状すぐに群れに受け入れられはしないだろう。例えそれが悪意を持ってつけられたものでも、当の魔法動物が嫌悪していても、”人間の匂い”は”人間の匂い”でしかない。
更にその問題が解決したとして”人間”への憎悪を、それこそ森の中のサンダーウルフのように明確に持ち合わせている状態では必ず明確な復讐の意図をもって棲家を降り人間の村や街を襲うだろう。人間に不都合なことを気にかけるようだが、それでも人間の法律で傷害殺傷に対する基準が高くて低いのは魔法動物の方になってしまうからこそ、そうしなければ守れはしない。
人の手が加入した自然生物を自然に還すには、例え専門の部隊が先導したとしても問題が山積みで時間がかかる。
【ぎゃう】もう一度サンダーウルフが鳴いた。
「じゃあ、あのこは?」
ぐるりと腰に巻き付いた尻尾はテトラを離すことなく、まるでアピールするようにテトラの頭に頬ずりまでする始末。フィーアは頭が痛いと額を抑えた。
魔法動物を野生のまま家庭で飼育すること、また都市へと連れ入れることは国際法で禁止されている。
ただしそれは”野生のまま”であるという前提を覆せば一転する問題でもある。
何故”テイム”という魔法が広く普及しているか。テイムという魔法を使用するための魔法道具が汎用しているか。仲間、相棒、友人、家族、関係性の名前は様々違えど迎えたいと願うものは少なくない。魔法動物とテイムの契約を結んでいること(加えて関係値の色の条件などは場所によって異なるが)、それこそが前提を覆すたったひとつの”一手”である。
無責任を無責任なだけで終わらせないための契約。人間にだけ都合のいい言い訳で魔法動物を傷つけさせないための紋章。テイムという魔法は本来、そういう意味が込められた対等な契約だ。
話は戻るが、つまり現状サンダーウルフが例えどれほどテトラに懐いていようと連れ帰り、あわよくば小屋に迎えることは不可能だ。ブルーローズの森は指定都市ではないがサンダーウルフの本来の居住区画でもない。
フィーアの頭が痛くてたまらないのは先述のその一点、”テトラに懐いている”こと。尻尾をテトラの腰に巻き付けぎゅっと離さない姿、森の中で憎悪に狂った姿を思い出せばなおのこと。
例えどれほどテトラに懐いていようと、彼女の言葉に従っていようと、サンダーウルフは定義では野生だ。
テトラには契約妖精がいない。シックスは厄災の関係で妖精がいるとは現状しない。
「おにいさん。」
サンダーウルフの尻尾になすがままになっていたテトラが、ふとフィーアへと声をかけた。
【ゥゥゥゥゥゥ】
「ばいぶれーしょん。」
サンダーウルフは残像が見えるほど震えていた。もちろん恐怖でなどではない。喉を唸らせぎらぎらと睨め付けるきんいろの瞳を一心に受けるフィーアはぐっと顔を顰めた。
「だー、かー、らーぁ!さっき説明しただろ!」
【ヴヴヴヴヴヴ】
「威嚇をひどくさせるんじゃない!」
テトラの体に自分の体を巻き付けるように寄り添いながら唸るので、まるでフィーアが悪者のような構図だ。頭を掻きむしり深いため息を吐きながら文句を口にしないのは、フィーアの意地だろう。
『おにいさん。あのね。』
サンダーウルフの扱いに手をこまねいていたフィーアに声をかけたテトラは、わざとのようにはちみつ色の瞳をじっと向けた。ぎゅっと拳を握り締まる仕草は子供らしいのに、見つめる瞳から放たれる威圧のような色は他人を気押するおそろしい光を含んでいる。
『わたし。ほんとうはずっと、たんじょうびプレゼントがほしかった。だからいまほしい、いまちょうだい。これからさきいっしょういらないから、いっしょうぶんのプレゼントをいまちょうだい。』
幼い少女が言うには憐れましくささやかで、そして強欲な願いであった。テトラはちゃんとわかっていて口にした。子供の発する「一生に一度」の言葉ほど信憑性の低いものはないが、フィーアはこれが正しく本心であることがなんとなく理解できた。
『このこといっしょにくらせる、けんりがほしいの。おにいさんならよういできるよね。おにいさんなら、そうできる、しゅだんをてにいれられるよね。』
フィーアならばできる。その手段を用意することも、用いることも、すべて。
天に属する魔法である”テイム”を使用するだけで使役できる魔法道具の名を”テイム紋章の証”と呼ぶのだが、この魔法道具は比較的安易に入手できる。片田舎の街に販売こそしていないが、王国騎士であるフィーアであれば端金でさっさと手に入れることができた。
勿論高価になればなるほど複数回使用できたり魔法の成功率が上がったりと付加価値もつくが、現状求められる効果を考えれば一回使い切りの最もスタンダードなもので十分だろう。
テトラには彼女自身が果たさなければならない責任がある。
サンダーウルフの復讐を共に果たした共犯的責任。人間に対して背に乗せることを許すほど慣れさせた物理的責任。心を寄せた感情的責任。その罪と命と咎は無責任に放棄して、子供であることを都合のいい言い訳にしていいものではなかった。
それから______
(ああ。私って本当に自分勝手だ。それでも、思ってしまったんだもん。)
テトラはあの日決めた、決めてしまった。どんな手を使っても自分たちは幸せになること、どんなことをしたってシックスを守ること。だから思い浮かんだ画策は罪悪感を理由に蓋をされることはない。
(この子はきっと私を裏切らない……厄災を理由にシックスを傷つけない。あぁ、こんなところで”
自傷的に上がった口角は笑顔になることすらなかった。サンダーウルフの尻尾にじゃれつくシックスの姿をこの時だけは直視できなかった。きっとこれからサンダーウルフの姿を見るたび、無邪気なシックスに名前を呼ばれるときと同じような苦さがどろりと込み上げるに違いない
フィーアが即答できなかったのはテトラの願いが難しいせいでも、受け入れ難かったせいでもない。ただ、虚しかった。悲しかった。自分の罪をむざむざと突きつけられた気がした。誕生日のプレゼントが欲しかったと言わせたこと以上に、一生分のプレゼントを天秤にかけた”わがまま”の体裁でなければ願いに耳を傾けてももらえないと思わせていること。
一生に一度でなくたっていいよ。来年の誕生日にはそんなこと忘れたみたいで何かねだっていいよ。そんなことを言ってあげられる資格も権利もフィーアにはない。ふたりぼっちの双子の誕生日をかつて祝った父親も母親もずっと前からこの世のどこにもいなくて、双子はいつも歪な形をもって互いの誕生日を祝い合うことで生まれたことを許し合っていた。
『……あぁ。わかった、ほんの少しだけ時間がかかるがいいか?』
悲しむ資格はなかった。だからこそ、安堵の笑みを浮かべるテトラの顔に嬉しく思うと同時にひどく虚しかった。
_____しかし。ここでひとつだけ問題があった。ある意味もっともたる問題だ。
”テイム紋章の証”は魔法道具だ。正確には外部魔力使用型の魔法道具だ。
魔法道具には2種類存在する。使用者の魔力を込めることでスイッチが入り道具が使用できる外部魔力使用型と、内部に埋め込まれた魔力結晶がスイッチを入れることで道具が使用される内部貯蓄魔力使用型。前者は魔力を持つ(つまり妖精と契約した)者でなければ使用できず、後者は魔力を持っていない者でも使用できる。
テイム紋章の証は使用するにあたって術者の魔力と対象動物の魔力を結び紋章を刻むため、術者本人の魔力を用いなければならない。それ故に術者は絶対に自分自身の魔力を持っていなければならない。
テトラは呼び声を上げずアノンにはならなかった。彼女の体内には妖精はいない。
シックスの中にいる妖精は厄災で、幼い子供の体は熱にうなされながら封印の影響を受けている。
【ヴヴヴヴヴヴ】
森の小屋へサンダーウルフを迎え入れるための条件において必須の”テイム”を成すことができるのはフィーア以外いないのだ。
と、説明した瞬間のサンダーウルフの絶望の表情は忘れることはできないだろう。以下詳しい回想。
『あのねサンダーウルフ、いっしょにおうちにすめるかも。』
(喜びの表情)
『サンダーウルフにとってはやないんしょうしかないだろうけど、あのね、テイムはほんらいね、なかまでともだちでかぞくの…おなじむれにいるっていうあかしなの。あいつらはね、くずでちょっとあれだから、つかいかたをりかいできてもいなかっただけなの。』
(なるほどと納得した表情)
『だからね、テイムのまほうでけいやくをすればね、サンダーウルフのことおうちにすんでいいよーってできるの。』
(再度喜びの表情、尻尾が風を巻き上げるほど揺れている)
『それでね、テイムのまほうつかえるのがおにいさんだけだからおにいさんとけいやくしてほしいの。』
(尻尾の動きが停止する)
(絶望の表情)
(そっとフィーアを見る)
(テトラの背後に回るとぎらぎらとフィーアを睨みつけながら唸り声を上げる)
(悲しみと怒り)
以上回想終了。
「テトラが
サンダーウルフが”群れ”として認めているのはテトラとシックスのみで、フィーアはその”おまけ”に過ぎない。純粋に自分自身の手足を刃で縫い付けたからかもしれないし、もしかしたらテトラの内心にあるフィーアへの感情を見抜き寄り添っているのかもしれない。
「いいか。」
フィーアは額を抑えながらもう片方で2本の指を立てた。
「ひとつ、この後やってくる騎士団にここにいる他の魔法動物たちと共に国の専門機関に保護される。ひとつ、俺にテイムされることを許容する代わりにテトラと共に生きる。どちらかだ。人間の都合で振り回されたお前に言うことではないが、それでも、そうしなければお前だけではなくテトラ・インヘリットが責任を問われる羽目になる。」
「サンダーウルフ。ごめんね、きみはもともとテイムのせいできずつけられたのに。きみがいやならうけいれるひつようもないんだよ。」
サンダーウルフは唸りを止めると、宥めるように頬を撫でたテトラの手のひらに頬をすり寄せる。フィーアは少しだけ、顔つきから違うんだよなァと思ったが言葉にはしなかった。諦めを含んで撫でた手のひらを離そうとしたテトラに、慌てて体を更に屈めてもっとを促すように寄り添うサンダーウルフはしばらく黙って撫でを享受していたが、それから決してテトラには見えないようにフィーアにひどい顰めっ面を向けた。
____後日の話をするとしよう。
件の盗賊はあの後駆けつけた騎士たちによって残らず逮捕され、不当に囚われていた魔法動物たちは王国の専門部隊騎士主導の元保護される運びとなった。たったいっぴきの狼を除いて、だが。
ブルーローズの森の中腹には丁寧に櫛が通された黒色の毛並みに、光をあびるきんいろの瞳をもつ狼が住んでいる。双子の少年少女と騎士の男と共に小屋に住むサンダーウルフの体には青色の紋章が淡くほのやかな光を灯していた。
(RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが”幼少期の安全のための”必須イベントをクリアします)
[イベントクリアに伴い”サンダーウルフ”が仲間で友人で家族になりました]
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