No.5-4 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが必須イベントをクリアします



______地下には敵意と憎悪が数多の檻に閉じ込められていた。

サンダーウルフの背中にしがみついたままのテトラもシックスも不思議と怯えはしなかったが、代わりに腹の中から込み上げるのはやっぱり怒りの感情であった。


「なんでサンダーウルフがここにいるんだ!」

「あいつは森に放したはずだろ!そもそもどうしてここが…なんで街を襲ってねぇんだよこの役立たずがよ!」

「つかあいつどうやって穴あけやがった、魔法嚢ぐちゃぐちゃにした状態にしてたはずだろ…」

「おい待て、餓鬼を背中に乗せてやがるぞ、誰だあいつら!」

わぁわぁと騒ぐ盗賊たちはお世辞にも綺麗とはいえない格好をしていた。もしかしたら着込む服のそれらは成している悪行に相応しいものであるのかもしれないが、酒のシミや煙草の排煙やらで汚れ切った有様はある種まごうことなく”盗賊”の成りではあった。

テトラの予想は恐らく当たっていて、サンダーウルフの突然の襲撃に騒ぎ立てるだけの盗賊たちはやはり端末でしかないのだろう。もしも”これ”が本体であればゲームの物語においてあれほど巨大な組織になれるとは思えない。


テトラはサンダーウルフの背の毛並みをぎゅっと握りしめながらぐるりと視線を動かす。壁際に乱雑に積まれているのは魔法動物が詰められた・・・・・金属製の檻。テーブルの上に積まれている食料品は食べかけのまま幾つも開け広げられてぼろぼろと散らかしている。そのくせ酒瓶だけは中身が残っているものはきっちりと蓋を閉めて木箱の上に並べていて、空になった瓶は踏み砕かれあちらこちらに放っている始末。むわりと広がる生ゴミと酒、それから獣の匂いがこもっているうえ、いかんせん魔法だろうで周囲が橙色に照らされているせいでくっきりと汚らしい惨状が鮮明に目に映るのが更に不快を煽る。


(………シックス、連れてこない方がよかったかな…)


ここで初めてテトラは後悔した。


(わかってた。わかってたでしょ、私。こいつらは所詮端末、悪行を誇って贅を貪るようなただの小悪党…あぁでもだって、ゲームの盗賊団のアジトはもっと”らしくて”、姿もまさしく小賢しい敵役って感じで…)


シックスを置いていくことが論外である以上、この場所に連れてくることは仕方のないことでもあった。ただ、勿論のことフィーアという手札を手に入れた以上シックスを森の小屋だけの狭い世界だけの子供時代で完結させないで済むと考えていたその第一歩に見た、”森でも街でもない外”の光景が”これ”となると後悔せざるを得ないのだ。


「こんないいとしこいてさけにおぼれたおっさんのごみやしきみたいなかくれがとはおもってなかった…」

「おいそこのガキ今何て言った!?」

「きょういくにわるい、きたない、くず、くさい、さいあくのよんけー」

「テメェ喧嘩売ってんのかァ!」

「シックス、ばっちいのがたくさんあるからめをつぶってるんだよ、きたないし。」

「はーい?」

「こンの餓鬼、さっきから黙って聞いてりゃべらべらと…!」

「おじさんたちだって傷つくんだけどなァ!」


「は?どうぶつたちをきずつけてるぶんざいでえらそうなこといわないでよ。そもそもきたないしくさいしきたないしごみなのはじじつでしょ。」


テトラはひどく冷めた瞳で吐き捨てた。

乱雑に積み上げられた檻の中には魔法動物が詰められていて、そのどれもが赤く光る紋様に縛り付けられていた。

テイムされた魔法動物にはその証として体に“テイムの紋章”と称される紋様が刻まれる。

この紋章だが魔法動物と契約者との関係性、によって色が変化する。ゲームにおいては育てる魔法動物との間に可視化された親密度というわけだ。


赤は最低ランク。場合によっては契約解除、逮捕すらあり得る状態を指す。勿論これは必確ではなく、テイムしたばかりであれば関係性が築かれていないためプレイヤーとしての視点では珍しいことでもない。

勿論それはゲームプレイヤーの目線において。盗賊団のしていることを振り返れば、檻の中に縛りつけるこの赤色の意味はわかりきっている。


唸り声をあげることすら出来ず胡乱な瞳で身動きもしない子。どろどろと憎悪に毛並みを逆立てながらひゅうひゅうとか細い息を吐く子。赤色に塗れ倒れ伏す子。締め付ける鉄の枷を爪で掻ながら体を揺らす子。


「…ああ、ほんと。いまいましくてしかたないね。わたしたちのゆいいつのすくいのいかりとかなしみすらりようするおまえたちの、その“らしさ”には。」

「何をぶつぶつ言ってやがる。ここまでコケにしてタダで済むと思うなよ、餓鬼がっ。」

「子供は痛い目見ないと分かんねーんだよナァ!」

「所詮はむざむざ捕まった間抜けな狼が、わざわざ檻に戻ってきて何しようってんだよ!」


目に映るは一度御したサンダーウルフ使い捨ての道具とちっぽけで痩せぎすの子供2人、下卑た笑い声をあげてナイフや銃をちらつかせる盗賊達はまともな思考回路を持つべきだ。



「くさってもとうぞくだんのとこのりこむのに、こどもとやみあがりのこのこだけでくるわけないでしょ。そんなこと、ちょっとでもかんがえられずにつごうのいいあたましてるからざこなんだよ。おまえら。」



テトラの苛立つだけの口の悪い罵りなど無視するべきだった。サンダーウルフがなぜ憎悪を纏いながら威嚇するだけにとどめているのか理解するべきだった。

そもそもどうしてこのアジトを突き止められているのかを考える頭を持つべきだった。


(そんなんだからさ。)

影が忍び寄る。怪しげな月光がナイフに映る。存在は上書きされ、姿は影の中に溶けて、物音ひとつ呑み込まれたフィーアは今この瞬間盗賊達にとっての“死”であった。



_____フィーアン・シャッテンの契約妖精の属性は月である。

影の操作や他者に対する能力低下や探索を主とする属性であるが、その中でも隠匿と幻惑においてフィーア・シャッテンは王国の騎士の中でも随一。

それこそが彼が若い見頃ながらシックスとテトラの護衛兼監視に当てられた才だ。


夜闇に紛れて月影に潜む、星の灯りすら目眩しにし密やかにその首へと刃を突き立てる。彼は騎士であったが、戦い方は実のところ忍やらのそれに酷似していた。


「え?」

盗賊のうち1人が、身に起こった出来事を理解できずに一言だけ発した。


「ぎ、やああああああ!」

それから首を掻き切られる痛みに襲われ意識を失い倒れ伏した。不思議なことに手のひらで抑えた首からは一滴の血も流れてはいなかった。


「おい、な、なんだ、何が起きてる!」

「うああああ!腕が!腕がぁぁぁ!」

「助けてくれぇっ」

「こっちへくるなぁ!」

鞭のようにしなる影が次々と盗賊達を襲うのだが、そのどれもがテトラ達には見えていない“何か”に怯えていた。五指満足であるはずの右腕が無くなったと叫ぶもの、おぞましい“なにか”に体を飲み込まれると必死に腕を振るもの、あまりの恐怖に引き攣った悲鳴をあげ足を震わすもの。


フィーアの姿は影に潜んだまま。テトラは漠然と(月のまぼろしだ)などと考えたが、それにしてもここまで怯え恐れるとはどんな“幻覚”に惑わされ、襲われているのか気になってすらしまう。影の刃はひとり、またひとりと幻惑に囚われた盗賊達を襲い意識を刈り取っていく。


「こ、こ、この餓鬼ィ何しやがったぁっ」

錯乱した盗賊のひとりがテトラの方を睨みつけふらついた足で駆け出した。ひぃひぃと潰れた悲鳴を喘ぎながら襲ってやろうとするが、それは考えなしの特攻と言わざるを得ない。彼女がしがみつく黒い獣の姿が見えてもいないのだろうか。


間抜けな獣などとせせら笑う暇があるのならばウィンディーネの水薬を用意すればよかった。あるいは原初の炎でも焚べていればよかった。

幼体であることも、一度捉えられてしまったことも、果たしてサンダーウルフを見下し舐め切ってしまえる理由になったのか。


【ヴルア”アァアァアアアアアア】


蒼炎の火山に住まう雷の落胤。生まれ落ちたその瞬間から稲妻の証を身に持つ雷雲の化身。霆穿つきんいろの瞳。水の精霊の呪いさえなければほらこの通り。間抜けな風穴を開けた撃墜の鳴音を聞いていなかったのか?

びりびりと空気を震わせた咆哮はそれだけで折れかけていた心にぽきりと哀れな音を鳴らさせたが、それだけでは飽き足らず正面から叩きつけられたような強力な痺れる衝撃に盗賊はぶくぶくと泡を吹いて倒れた。ぴくぴくと痙攣している姿から体の部分部分を焦がして煙をあげてはいるが死んではいないことがわかる。


「ばーかばーか。ここにあなあけたのだってこのこのかみなりだもの。ばーーーかっ。」

「ねぇちゃんおこってる?」

「むかむかしてるかも。」

「そっかぁ。」

律儀に手のひらで目を覆ったまま呑気な声をあげるシックスは大物だ。


圧倒いう間に戦意喪失意識不明に戦線離脱。等しく拘束された盗賊たちにテトラのはちみつの瞳が白んでいく。


(こんなにこんな・・・な癖に、なんであんなに自信満々だったんだろ。あーあ、ほんと、ただの実働部隊の尻尾って感じだし、情報もろくに持ってなさそう。…これ、結局将来のシックスが盗賊団の相手、することになるのかな。勇者なんて・・・もの、させたくないけど、厄災が封じられてる以上避けれない問題だし。騎士の人たちがさっさと捕まえてくれればいいけど。)

テトラにとってゲームの物語などどうでもよかった。”わたし”の好きなゲームフィクションは結局テトラの現実リアルで、原作はすでにテトラの存在をもってして崩壊されている。


どうして主人公シックスってだけで、国の問題ごとを率先して片付けに滅私奉公に努めなければならない。当然の義務のように無償の善行を求められ続けなければいけない。ゲームフィクションだったらその言葉で片付けてしまえるような思考の停止を、現実リアルにも当たり前に当てはめられてたまるものか。


(したくなくてしなくくていいことはしなくていい、で終わればいいのに。……まぁ今回のこれは私の八つ当たりみたいなもので、しかもお兄さんとこの子に任せきりにしちゃったのはよくなかったよなぁ。それを思うと本体のことなーんにも知らないくらいの末端が相手だったの、逆に良かったのかも。)

逆上せ上がった悪人のテンプレートといっても過言ではない侮り方に、小屋にためた初級の魔法薬などでも用いればフィーアが活躍しなくてもあるいは…と思い上がってしまいかねないほど。悪意は軽くてハリボテ、街の人間のほうがよっぽど”おそろしい”存在に見えてしかたなかった。


(この子がテイムされたの不思議に思えちゃう。んー、でも多分この子まだ子供だろうし、水薬にこいつらには身に余るくらいの魔法道具とか使われたのかなぁ。適正もないだろうに、腐っても悪人らしい非合法な手段使ったんだろうなぁ。)



【ヴヴヴ…】



ぼんやりとしたテトラの思考をはっと遮ったのはサンダーウルフの地を張う唸り声。ぐん、と小さな体が揺れて目を手のひらで覆っていたシックスはテトラの背中に顔を倒れ込ませて「うや」と驚いた声をあげた。

未だ意識を失ってはいなかった盗賊の数人が青褪めた顔で喉で悲鳴を潰す。人間にとってただの末端で与えられた兵器おもちゃを振り回すだけ、情報も引き出せない”程度”であったとして、そんなもの関係がない。関係ないのだ。憎悪と復讐にはそんなもの、なんにも。


ようやく盗賊たちは理解した。檻の中で光を持つ赤色は正しく彼彼女たちの感情を表して、暗がりから凄惨な怒りを突き立てる。

傷つけられたものには許されるべきだ、傷つけた相手を等しく傷つける権利を許されるべきだ。


生殺与奪の権利は今この瞬間、既に獰猛に牙を剥く雷霆の狼にあった。




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