No.5-3 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが必須イベントをクリアします
森を西方部に抜けた草原に点在する岩窟のひとつに、それはあった。なるほどな、と感心するのは岩窟を入り口に地下へと拠点を隠しているその徹底さだ。手間が込んだ、とまで考えて軌跡を実行してみせる魔法さえあればそうでもないのだろうと思い直す。
元々街の人間は自分たちの世界で完結している。草原に伸びた道も土が露出してある程度平らというだけのもので、月に数回だけしか訪れない行商の馬車輪の跡もまばら。田舎特有のこれでは確かに、襲われるまでそのきっかけすら気づかないだろう。
木々と岩郡の間に上手に体を隠すサンダーウルフの体にしがみつき、その毛並みに顔を埋めながら横目でフィーアを見る。
「あぁ…俺は……幼い子供に言いくるめられて結局連れて…ついて…」
オノマトペをつけるのならば”どよーん”とした、効果イラストをつけるのならば雨天あるいは曇天。自己嫌悪に浸るフィーアには悪いが、テトラには一切の罪悪感はない。テトラの行動心理は結局のところ、すべてが自分たちの平和のためだけに要されている。
(ン。お兄さんの魔法ってほんとに、目視できるの、一方通行なんだな。それに…えぇと、認識阻害の魔法ってのも、すごいな。お兄さんのレベルが高いおかげもあるだろうけど。全然私たちのこと気づかれてないみたい。)
森を抜ける直前でフィーアが慌ててテトラたちにかけた魔法は姿を上書きし存在を覆い隠す認識阻害の魔法だった。幾ら悠々と自分たちのアジトで”その瞬間”を待っている盗賊団とはいえ、流石にそれがなければ体を縮こめて隠れているだけのテトラたちに気づかれたかもしれない。
(約束も取引も私のためのもので、そもそも別に街を襲う
もしかしたら。世界の修正、物語における強制力が存在していて街が襲われることはないのかもしれない。けれどそんな甘くて軽い希望観測は他でもないテトラが信じさせてくれない。だって、すでに原作との乖離はテトラという形で存在している。
(万が一も残すものか)
テトラは無意識にシックスの手のひらを握りしめていた。いささか肉付きが悪くもやわらくて温かい手のひらはテトラにとって安心の象徴だ。
そばに寄り添う荒々しい毛並みは本来ならば救われることも果たすこともなく息絶えるはずだった。
本来ならば呼び声を上げるテトラを迎えに来たグリムノワールの”あのひと”によって、何らかの手段を持って処理される。過去に語られる全てにブルーローズの森は平和である、の一言で終わって裏側に存在していたことすら誰も知ることはない。
(大きな悪いことをしたがる奴ほど、いちばん前に置くのはトカゲの尻尾だものね。…やってることはムカつくし、腹立たしいけれど、その全てを潰してやれるような力はない。塵もいるとはいえ、騎士団は有能なのに、結局物語が始まるまで全容を掴めないままだった。)
結局こんな平和ボケした平凡な街を襲うようなことに回されている人材だ。物語でだって成果を上げれなかったどころか連絡がぷっつりと途絶えた端末のこと、盗賊団の元締めは死んだだけならばとさっさと放棄したに違いない。グリムノワールの”あの人”がどのような形をもって盗賊たちを処理したのかは知りはしないし、そもそもすべて”あの人”の行いかもテトラにはわからないけれど、結果として派遣されていながら成果を上げることのできなかった端末がブルーローズの森付近に拠点を作っていたことだけは事実だ。
ならばどうしてゲームのフィーアは知らなかった?どうしてそこから得られたかもしれない情報はなかった?
つまりはそういうことで、逃亡したとしても、怖気付いて自首したとしても、死んだとしても。元締めにとってはその程度、その程度だったから物語でだってファンブックにだって語られなかった。
(”使い捨ての道具”だと思ってせせら笑ってる奴らの方が”使い捨ての道具”だなんて、笑い話だね。)
それはそれとして。ざまぁみろと笑ってやるつもりではあるのだけど。
思考を巡らせる中ずっとシックスの手のひらを握り締め続けていたおかげか、なんだか自分が思っている以上に思考がクリアになった。あるいはずっと項垂れているフィーアのせいかもしれないし、ヴルヴルと喉の唸りが徐々に大きくなっているサンダーウルフのためかもしれない。
「おにいさん、あのね。こどもって、ときとしてとっぴょうしもないことをしたり、むてっぽうなことをかんがえたり、わがままをせいとうかしたりする、そういういきものだからしかたないとおもってあきらめてね。このままわたしたちのことほっておいてくれても…アー、その。」
「そんなことができると思って…でき…したくないんだよ…!!」
「……わざとじゃないけど、なんかごめんね?」
テトラの頭の中には人に頼る選択肢が極端にない。悪意を持って干渉されるくらいならばずっとずっと放っておいてほしかったという願いもあるのだろう。フィーアの傷を抉るつもりは
「いや…だから、こそ…!あ、危ないんだ、危険、なんだ、だからもど、」
【ヴアグルル】
ふぅふぅと必死に息を吐きながら死にかけにも似た様子のフィーアの声を遮ったのはサンダーウルフの唸り声、先程から湧き上がる怒りを変換させていたのだがとうとう耐え切れなくなったのだろう。サンダーウルフの体の内側が青白く光り、バチバチと電気が弾ける嫌な音が走った。
【グオオアァアアアアアア!!】
バリバリバリッ ドォン!
風の音がそよぐだけだった片田舎の草原では聞いたこともない轟音がサンダーウルフの咆哮と共に響き渡る。稲妻は大気ごと焼き焦がし、弾けた雷鳴は岩窟にへと降り落ち、ぽっかりと穴を開けた。
焦げ臭い匂いが風に乗って離れて隠れていたテトラたちの鼻にも届く。少しの爽快感と、背筋を伝うちょっとした恐怖。サンダーウルフを襲った盗賊の行いは腹立たしいが、もしも森で追われていた時体が全快だったらと考えるだけでゾッとする。
サンダーウルフは器用にテトラの服を襟首を噛むとぴょいっと自分の背中に彼女を乗せた。それから少し考えて、同じようにシックスも乗せた。2人を乗せるとじりじりと体勢を構えぐわりと駆け出す。
「かみころしちゃだめだよ。」
それに納得をしたのかはわからない。ただ三角の耳が後ろに傾き一声だけ吠えたサンダーウルフは、苛立ち混じりにぽっかりと開いた穴から盗賊団の拠点へと飛び降りた。
さて。とっくに置いて行きぼりにされたフィーアの髪を風だけが哀れにも揺らした。悲しいかな、今この瞬間の中で最も発言権も影響力もない人物こそ彼であった。
そもそもテトラがおかしいのだ___というのは流石に言葉にはしなかったが、事実として、そうだ。
ここでひとつ妖精について話すべきだろう。妖精には属性がある、世界の眷属として種族、区分けされた名称。
天幕たる空の眷属、風は全てを巡りその息吹は他者すら干渉する“天”
ゆりかごたる大地の眷属、星より力を授かり植物の恵みを散らす“地”
虚を照らす光の星の眷属、極光は癒しを与え闇すら浄化する“日”
安らぎの陰の星の眷属、影に紛れ安堵と恐慌は夜を映す“月”
源たる海の眷属、静寂の凪と獰猛な嵐を従え全てを飲み込む“水”
始まりの焔の眷属、紅き行燈と蒼き燭台に宿るは恐れを知らぬ“炎”
最も新しき眷属、天よりそそがれた神秘たる雷鳴は神外と生った“金”
ゲームのメタ視点で言うならば所詮はゲームバランスを含んだ、ただの”属性”である。ジャンケン的要素を含んだ相性要素。
ここで大事なのは妖精の属性によって魔法の方向性にある程度の固定がある。付け加えれば魔導書、スクロール、魔法薬などといった魔法道具を用いれば他の種類の魔法を扱うことはできる。しかしそれは用いなければ自身の妖精の魔法では扱いない種類の魔法があるというのも同義である。
フィーアで言えばその属性は月の妖精。隠密系統や
ここで話は最初に戻る。テトラがおかしいと思わざるを得ない理由。テイムの魔法は”天”に属する。先述通り属性が違う妖精と契約していてもよっぽど相性が悪かったりしなければ魔導書やスクロールといった魔法道具を用いてテイムを使用することはできる。ただしそれは持っていれば。勿論フィーアは持っていない。
サンダーウルフは種として獰猛な生き物だ。自身の群れと認めなければ血縁であってもその牙と爪を持って許さない狼。彼彼女たちを従えるにあたって最も必要なのは武力と暴力。そして何よりも感情を。「従わざるを得ない」ではなく「従っても良い」と思われるだけの信頼を。
(それを僅か6歳の舌足らずの少女が、言葉だけで背中に乗ることを許されて、”おねがい”だけで使役されているように見えるほど従うなんて……あぁ…とはいえ俺も下手なことはいえないよな、だって俺こそあの子の言葉に確かに頷いちまったわけだし…)
『おにいさん。ねぇ、みたくないの。とうとつでまぎれもないぼうりょくにきずつけられたこのこのいかりでさ、そいつら、みっともないかおしてじぶんたちのせいでみじめになるかお。』
悪魔が誘う。蛇が囁く。少女が、わらう。
『ざまぁみろってわらってやったとき、きっと、あおぞらがはれるくらいせいせいする、そのしゅんかんを!』
____みたい、みてみたい。
その欲望をはきちがえたからフィーアは幼い子供をふたりぼっちで殺しかけた。
妹が誇ってくれた兄でいたかったくせに、その信頼を裏切ったのは騎士もどきのクソッタレ。
願いは確かに願いで、少女は絶対に救済感情を持ち合わせてなどいなかった。みてみたいのはサンダーウルフでフィーアで、そして何よりテトラだ。怒っているのだ、怒っていなければ悲しめないから、ずっとずっと。テトラ・インヘリットはそうやって生きている。
元々そう言う役目だった。裏切り続けた彼にいちばんはじめに与えられたのは、そういう役目だった。
理不尽で、無垢で、無邪気で、わがままで、きらきらしていて、突拍子もなくて、無鉄砲で、メンドクサイ生き物。そんな子供が絶望も知らないありきたりな子供時代を送れますようにと願われたのが”フィーア・シャッテン”と云う騎士だ。
「いちばんはじめに叶えられるワガママにしてはちょっとばかり血生臭いけど、まぁ仕方ないよな。」
使う機会に恵まれなかったナイフは懐の中に仕舞われたまま、フィーアは暗がりに溶けるように穴へと飛び込んだ。
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