No.5-2 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが必須イベントをクリアします
小さな指が指し示す方向はもちろん細長い光の道の先、サンダーウルフとフィーアによって明らかにされた盗賊団へ辿り着くための手がかり。
「ま、ま、まちなさい!」
フィーアは慌てて魔法の表示を消去したようだったが、彼にとっては不幸で、テトラにとっては幸運なことに木々が複雑に入り組むはずの森のなかでは珍しく開けた場所をまっすぐに通っていたので、少なくとも森のどこを抜ければいいかくらいははっきりとわかった。
ブルーローズの森を空から見下ろすと、楕円に似た形をしている。大陸の南端の位置に茂る森は、実は完全に抜けると海が広がっている。そんな場所にある森ならば他国からの密航者の通り道くらいにはなりそうなものだが、厄災の封印児の隔離場所に選ばれたのには訳がある。そんなことしようがないからだ。
というのも、ブルーローズの森の深部(ここでは街に近い場所を浅部とする)には”少々”特殊な事情がある。付け加えておくと危険なものではないが、人間の手には負えないという意味を持っている。この事情の影響で、海に面した森の深部は一切の生命の通行を断じている。これは星に住む生命であれば抗うことのできないルールのようなもので、悪意を持っていようが善意に満ち溢れていようが絶対だ。
さて。森の深部は立ち入り不可。森の中腹に小屋があって、その付近にサンダーウルフは放逐されていた。浅部では街に近すぎる。
森の北東を抜ければ街がある。一方光の線の道が指し示したのは森の西部。なるほど。もういっそわかりやすい。
サンダーウルフがさっさと街に気がつける程度には近い森の中腹東部に放逐し、反面自分達のことは万が一にも気が付かれないように正反対、だが街が襲われれば即座に反応できる程度には近場。
テトラには確信があった。ならば光の線の道が指し示した付近から森を抜ければ、盗賊団の痕跡を見つけることができることを。
考えるのも胸糞が悪いが、別に、剣を刺しっぱなしにしなくたってもっと他の方法で魔法嚢への傷を化膿させつづけることなどできた。けれどそうはせずに、腹に剣を刺したままにしていたくらいだ。その手間すら面倒に思ったのだろうか。理解はしたくない。
盗賊団は今か今かと待ち侘びているのだろう。悲しみ、嘆き、怒り、憎しみ、それらの感情全てすら利用したサンダーウルフが思い違いに街を襲うその瞬間を。それはただの道具でしかなく、サンダーウルフは自分達を見つけるだろうと言う頭もない。それが忌々しくも、馬鹿馬鹿しい。
テトラがサンダーウルフにしたのは救済などではない。
取引だ。テトラは憎悪に苦しむ狼と命を対価にひとつ、取引をした。
「きみ、ありがとうっ、わたしも、シックスもっ、のせてくれてっ」
【グアァウッ】
「ふ、ふふ、にははっ、すごい、すごいよ!すごいねきみ!」
テトラの声が興奮で上擦る。ゲームでだってテイムした魔法動物を移動手段として背に乗ることはあったけれど、それは所詮
「ねぇちゃ、なんであのおにいさん、おいてくのっ?」
テトラが言った通りぎゅうぎゅうとしがみつくシックスは同じような楽しそうに声を上擦らせながらもマイペースに質問を投げかける。テトラは少しだけ、この可愛らしい双子の弟が心配になった。サンダーウルフの背中に一緒に乗ってね、とだけ言って他に何にも説明をしなかったのはテトラなのだけど、「なんで」も「どうして」も何もなく「テトラが言ってるから!」みたいな様子で「うん」と頷く素直さときたら。根本にテトラへの揺るがない信頼やら愛情やらがあるといえばそれまでなのだろうけど、ちょっとばかり、マイペースに比重が傾きすぎている。
(…まぁ。かわいいし幸せだから、いっか。)
ぎゅうぎゅうと抱きつくシックスの可愛らしさに絆されて「まぁいっか」で終わらせている過保護で放任的な寛容が、実のところそれを助長していることをテトラは気づいていない。
「えっと、ね。このこをきずたけたわるいひと、つかまえるのに。おにいさんはこのこをつれていかないし、ほかのきしにおねがい、するつもりだから、かな?」
シックスの問いかけに返事をしていると、頭上からフィーアの叫び声が追いついた。
「テトラ・インヘリットっ!とまりなさいっ、危険すぎる!君は何をしようとしているのか、わかっているのか!」
まるで忍者のように木々を跳んで移動するフィーアはサンダーウルフを連れてテトラが何をしようとしているのか想像がついていた。盗賊団の元へサンダーウルフを、正しい報復と復讐を、悪は自業自得の憎悪によって討たれるべきだという感情はフィーアだってわかる。わかってしまう。それでもフィーアは正しい騎士として止めなければならない。
「君
フィーアほどの実力があれば無理やりに引き止めることだってできるだろうに、説得の言葉を投げるばかりなのはサンダーウルフが病み上がりであるせいか、その背中に双子がしがみついているせいか。わかりはしないがテトラにとってそれはただの好奇でしかない。
___そうとも。テトラはただの子供だ。それも同世代の子供達よりも小さくて力も弱くて体力もあんまりない、ちっぽけな子供。武器はたったふたつ。”わたし”の知恵とよく回る舌。
「ただのこどもで、きずついたおおかみ。そうやっていいわけつけられて、やさしさみたいになぐさめられたって、このこのいかりはだれかにまかせなきゃだめなの。」
上手に刺されたくないとこ突き刺して、触られたくないとこ晒しあげて、その隙間にやわらかな毛布みたいに言葉を紡いでみせよう。
「ほしいのはそんなのじゃないの。だって、しかたなくなんてなんにもない。わたしたち、おこっていなきゃかなしめない。」
元々どうせ
「おにいさん。ねぇ、みたくないの。とうとつでまぎれもないぼうりょくにきずつけられたこのこのいかりでさ、そいつら、みっともないかおしてじぶんたちのせいでみじめになるかお。」
可哀想とか、助けたいとか、悪い人を見逃したくないとか。そんな理由すらないのだ。
テトラがサンダーウルフにしたのは救済などではない。取引だ。彼女は確かに憎悪の狼に取引をした。祈りに似た口説き文句でただ自分勝手で自己満足に満ちた取引をした。
テトラは見たかった。
理不尽な暴力がみっともなく倒される様を。胸が空くほどのその瞬間を。復讐劇なんかじゃない。怒りは怒りでしか晴せない。だからどうか自業自得だざまぁみろ!って過去にすらさせないくらい笑ってやるその姿が、テトラは見たかった。
「ざまぁみろってわらってやったとき、きっと、あおぞらがはれるくらいせいせいする、そのしゅんかんを!」
フィーアはその言葉の真意がわかる。わかってしまう。間違えた彼のはじまりはただの悲しみと怒りだったから。
きっとテトラの顔は親切なくらい”わるいかお”をしていた、ランタンを持った悪魔とか林檎の木に巻きついた蛇みたいなかお。
息を呑む。視界の端で火花がちらちらと瞬いて、ぐわんと揺れる。返す言葉を持っていなかったことだけが全ての答えだ。
フィーアはテトラを引き止めなかった。拘束もしなかった。声をかけることすら忘れて、熱に浮かされたみたいに森を抜けた。
(その瞬間を見てみたい)
はじまりの2人が林檎を食べた時、きっと今のフィーアと同じ顔をしていたに違いない。
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