No.5-1. RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが必須イベントをクリアします



「うーん…さすがにきずあと、のこっちゃったね。てあしのほうは、きれいになおったけど、おなかのとこ…いたいの、のこったりしてない?」

現実の傷薬はゲームフィクションほど完璧ではない。治癒に際して体には痛みにも痒みにも似た不快さが体を駆け巡ることがわかりやすい。そもそもゲームフィクションにおいて傷跡や時間経過における治癒力の低下は存在しない、所詮HPで方がついてしまうからだ。だが現実リアルはそうはいかない。長時間癒えることなく放置されていた傷は傷薬をもってしても跡が残り、場合によっては後遺症にもなる。何にでも効いて何にでもなる万能薬など、それこそ神話級の霊薬でも持ってこなければならないのだ。


フィーアの刃による手足の傷はこそ綺麗に治ったが、長時間剣を突き刺したまま放置され化膿までしていた腹の傷は癒えこそしたがその跡がはっきりと残ってしまったのも、性質を考えれば当然で、寧ろテトラの作った初級の傷薬で治ったことが優秀な成果だろう。


「さすがに、いわかんはまだあるとおもうけど、じかんがたてばなおっていくはずだから…ブルーローズのもりでとれるやくそうじゃ、これがせいいっぱいなの。」

【グル…ギューゥ……ヴッ、ヴルル、ガァウ】

「わっ?も、もふもふ…!」

サンダーウルフは残る違和感を試すようにその場でぐるぐると歩き回ったかと思うと、気にしていないように鼻を鳴らした。それからテトラに近づいたかと思うと、自分の体を彼女に寄り添わせぐるりと囲うように丸まってしまった。

森の中を彷徨う以前から盗賊団によって苛烈な環境に置かれていたうえ、そもそも野生の魔法動物だ。木の実の汁や草花の破片、固まった血や油に絡まる粉塵。荒々しい毛並みはけっして綺麗とは癒えない有様であったが、包まれるとなんともいえない安心感。昔からそばにいるせいですっかり剛毛になって肌触りも硬くなったけれど抱き心地のいいぬいぐるみのような感覚に、つい遠慮もなくもたれ掛かると胸に広がる満足感。もうすっかり扱いが狼じゃなくって大型犬のそれに近い。シックスはというと、ぱたぱた、ゆらゆらと揺れる尻尾に夢中で小型犬みたいな様子でくるくるとサンダーウルフの周囲を回る。


包まれてもたれかかって、いささか気の抜けた態度のままテトラは呟くようにサンダーウルフへと話しかける。


「あのね。わたしさ、きみをきずつけて、きみのいかりをりようしようとしたやつら、つかまえたいの。でもさ、そいつらがどこにいるか。ばしょ、わかんないの。」

盗賊団は国が手をこまねく程にはその隠匿性に優れている。手口は悪質で残虐、何もかもに蹂躙された街や村はと言えば悲惨な有様で、彼彼女たちが憎悪を募ろうにも盗賊団は逃げ仰せ、襲った魔法動物すら被害者だというのだからやるせない。だからこそゲームが始まるまでのうのうと悪事を繰り返し続けれた。

それでも盗賊団は手がかりを残した。本来ならば街を襲うはずのサンダーウルフに、だからこそ自分達に繋がりかねない剣を突き刺したまま。


「きみのおなかにささってたけんをさ、どうせまちをおそうときにかいしゅうしようと、おもってたんだろうね。このもりはちょっととくしゅで、ちゅうふくにわたしたちのこやがあることをみすごしていたから。」

【グルルルルル….】

「これににおいとかさ、のこってたりしないかなぁ。」

【ヴ。ヴー……ぐぎゅ。】

「へんななきごえ。」

ぱたぱたと揺れていた尻尾が地面に伏せる。冷静さを取り戻し、テトラが投げつけたアオイドリアの実も綺麗に洗い流したとはいえ、自分の血を含め多くの匂いが混じったナイフを、いくら嗅覚の発達したサンダーウルフでも嗅ぎ分け追うのは難しいのだろう。


「森の中の痕跡などは流石に消されているだろうな…」

嗅覚が発達したサンダーウルフがそれを辿って盗賊団の元を訪れれば計画が台無しだ。足跡などはさっさと誤魔化されているだろう。現に冷静を取り戻したサンダーウルフが辿ることができていない。


「テトラ・インヘリット。短剣を、貸してくれるか?」

剣を受け取ったフィーアは指先で遊ぶようにしながら口の中で何かをつぶやく。淡い光の膜が体に纏って、揺らめく。


怪しげで幻想的。月光に似た白金の輝きをテトラは知っている。


(魔法だ。妖精から借り受けた魔力が目視できる、魔法発動直前のエフェクト。…“わたし”が知っているよりも、なんだかすごく、懐かしい感じがする。)


「“遺留分析アナライズアウト”」

ゲームのように格好のいい名乗りなどではないただのつぶやき。フィーアの体に纏っていた光の膜は手に持っている剣へと収縮すると、次の瞬間何種類もの色に分けられた半透明のインクのようなものが空中へと躍り出た。


「サンダーウルフ、この剣に蓄えられていた情報を個別に抜き出した。この中に恐らくはキミをテイムし放棄した人間の情報もあるはずだが、わかるか。」

【……………ヴー……】

「……わかる?」

【ワヴ】

テトラのソファクッションにも似た立場に甘んじているのとは裏腹に、フィーアの質問に答えるのは不服だと唸る。挙句、テトラが聞けばお利口に返事までして起き上がって、情報として抜き出したそれらに鼻を近づけるのだ。

何よりもフィーアを“カチン”とさせたのが、のそのそと起き上がり近づいたサンダーウルフと目があった時だ。勘違いでもなんでもなく【フッ】と鼻で笑った、腹の立つ仕草。


確かにサンダーウルフにとってフィーアは、テトラのように気を預けて然るべく存在ではない。シックスのようにとりあえず放って置けるだけの許容を持てるほど、テトラが大切に気をかけてもいない。だが、テトラがそばにいるのを許している、許してもらっている。

元々獰猛と明記され、認めなければ群れの一員として加えないような種族だ。サンダーウルフの中のヒエラルキーは想像に難くない。


元々直情型であるフィーアだが大人だ。そしてすでにみっともない姿を晒している。騎士は感情を律せるものである、訓練時代の教えを反芻することで額に浮かびかかった青筋を押さえ込んだ。


【ヴルルルル……ッ!ガァッグルヴル!】

「なるほど、これか…」

牙を剥き出しにし怒りを露わにして吠えた色の塊はよっつ。フィーアは納得げに頷くと、それ以外のものはぱしゃんと弾けて消えてしまった。


「ねー、おにいさん。それなぁに?」

「うっ!?」

その時、眺めていたシックスが好奇心にはちみつ色を輝かせながら顔を覗かせたのでフィーアの口からぎょっとした声が漏れる。肩を跳ねさせてわざとらしい咳き込みまでする始末。挙動不審に視線を彷徨わせながら言葉を選択するフィーアはよっぽどシックスとの関わり方を模索しているようで、テトラは少しだけ呆れた色を滲ませた。


「ご、ごほん。これは、だな、指定した物質…あー、選んだものに含まれている要素を一時的に可視化…見えるようにする魔法で…」

「みえるよーに」

「あー…そうだな。例えばだが、ついさっきテトラ・インヘリットが傷薬を作っただろう。」

「うん!」

顔いっぱいに「よくわからない」の文字が浮かんでいたシックスに、フィーアは無意味に指で宙に丸を描きながらニュアンスだけで使用している魔法の説明を噛み砕こうとする。


「あの傷薬はひだまり草、ムラサキゴロモの根、ローズマリアの花、それから綺麗な水でできているだろう?」

「うん、うん。」

「だがあの傷薬を見て、聞いて、嗅いで、触って。それでこの傷薬が何でできているかをわかるか?」

「んっと、ねぇちゃんがつくってるのみてなかったらわかんない。」

「あぁ。だが見て、聞いて、嗅いで、触ってもわからないが、ちゃんと傷薬の中には細かくなって、溶けているがひだまり草たちが含まれているだろう?俺が先ほど使った魔法…“遺留分析アナライズアウト”というのだが、この魔法はそれがわかるようになるんだ。」

「それじゃあおうちにあるほかのくすりとかが、なにでできてるのかもわかるの!」

「あぁ。それだけじゃなくて、魔法を強くさせると誰がつくったかみたいなこともわかるようになる。」

「うん、うん。」

「俺が今この剣にしたのは、それを使って、この剣がもっている情報…えーと、例えば、このナイフを使っていた奴が誰かみたいなのをこのインクみたいな形にして抜き出したんだ。」

「おおかみさんにきいてたのはなんで?」

「えっとだな。この魔法で調べた情報には本みたいに名前が書いてるわけじゃないんだ。さっきの傷薬に使っても五つの色が違うインクが出るだけで、名前がわからないから、おんなじ色をしているものを見つけて、ようやくこの傷薬はひだまり草と、ムラサキゴロモたちとでできてるってことがわかるようになる。」

「うん、うん。」

「同じようにな、この剣に魔法を使ってでてきたたくさんの情報の中で、どれが剣をつかってサンダーウルフ…狼を傷つけた奴の手がかりかわからないんだ。だから、それを知ってる狼に匂いを嗅いで当ててもらったんだ。」

「そうなんだ!すごいねぇ。」

口を挟まずに様子を伺っていたテトラは内心関心する。流石妹がいただけある。面倒がることも、”そういうもの”で片付けることもなく、丁寧に言葉を噛み砕いてわかりやすく説明する姿は流石の一言に尽きた。なんなら、テトラもシックスと同じように「そうなんだ」と改めて理解したくらいだ。


(ゲームじゃ作成系アイテムのレシピが調べれるっていう魔法で、攻略サイトやファンブックなんかのおかげでほぼほぼ枠圧迫系の無駄魔法スキルだったくらいだけど、そんなもの存在しない現実リアルじゃ、便利で、ちょっと怖い魔法だよね。)

鑑定ともまた違う、まさしく遺され物に留まった情報を分析する魔法。生命が存在する過程で、自身の痕跡を完全に消し去ることが魔法を用いたとしても難しい理由のひとつを挙げるならばこの魔法に違いない。


(……あ、だから取得条件のレベルが40ってかなり高めの設定だったのかな。条件がそれなりに高い割にぶっちゃけ使い道ないとか散々言われてたけど、うん、現実ならほんと、それくらいあっても当然かな?サスペンスの鑑識とか、科学捜査の科捜研とか、やってること、それに近いもんね。)

内心で密かに思考をずらしていると、再びテトラの元へと戻ってぐるりと体を囲んだサンダーウルフが【ヴギュル】などと不服そうな鳴き声をあげる。フィーアの魔法の説明に「すごいねぇ」と手を叩くシックスの様子を見て、半ば手柄を取られたように感じたのだろう。

宥めるように手を伸ばすと、耳が垂れて頭を下げたのでそのまま毛並みを撫でる。随分とテトラはサンダーウルフに気に入られて許容されているらしかった。


「ねぇおにいさん。それで、けんからぬきだしたじょうほうのを、どうしたらはんにんつきとめられるの。」

「あ、あぁ。付近でこの情報と一致するものがあるかどうかを逆探知…えーと、調べることで見つけることができる。」

「いっちするもの。」

「あまり遠かったり、時間が経ちすぎると反応しないんだが……盗賊団は少なくとも街の近くにいるだろうし、そこまで時間も経っていないだろうからすぐに見つけられるだろう。」

(えっと、つまりレーダーみたいなことができるのか。…なるほど、ね。)

テトラはもう一度、サンダーウルフの頭を撫でてからフィーアの方へと近づくと、幼いくらいの笑顔を浮かべた。


「よくわかんない。おにいさん、ねぇ、みせてみせて。」

まるで子供がおもちゃをねだるみたいに(とはいえテトラは正真正銘少女なのだけど)手を伸ばしてじっと見つめる。フィーアは本当に、目を見つめられるのが苦手らしい。それが彼由来の元々なのか、それとも、テトラだからかは知らない。ただ、見つめられると目を逸らすこともできず、徐々に追い詰められる心地に陥るようだ。


フィーアがテトラのはちみつ色に白旗をあげるのはそう遅くはなかった。「見せるだけなら」と言い訳じみた枕詞を用意した後、彼が魔法を発動すると盗賊団の情報とされていたインクから一直線に線が伸びていった。細長い光の道だ。

 

「このせんって、とうぞくたちにばれたりしないの?」

「基本的に本来ならばこの魔法は術者…えーと、魔法を使った人間にしか見えないんだ。よっぽと目が良ければ話は別だろうが。」

「わたしたちはみえてるよ?」

「見たいと言っただろう。だから君たち2人も見えるように設定をした。」

魔法の基本設定を自分でカスタマイズしてしまえるのは流石だ。その理由が、テトラが見たいと言ったからというのが少しばかりの哀れみすら思い出される。


「ひとまずはこの情報を近辺にある駐屯地の騎士に報告をあげて……何をしている?」

ぶつぶつとこれからすべきことを呟いてまとめていたフィーアは呆気にとられた声を上げる。


さて。思い出すべきだがフィーアに課せられた役目、任務、役割はなにか。正解はシックスとテトラの世話役と護衛役と監視役だ。

世話役で護衛役で監視役の騎士が颯爽と盗賊団の元へと赴いて倒してみせるというのは大変よろしくない。何せこの役についているのは彼1人。小屋にふたりぼっちで置いていく訳にもいくまい(もちろん。今までのことを棚に上げて何を今更、というのは一旦置いておく)。


森を抜け街をでて路を進んだ少々離れた場所にある駐屯地の騎士に文書鳩でも送って対処させよう、念のため国の方にも報告はあげておいて、万が一がないように魔法動物の扱いに長けた部隊にも……などと頭の中でブロックみたいに積み上げていたこれからの手筈がなんだがぐしゃっと倒されそうとしている心地に襲われる。

何故か。テトラがサンダーウルフの背に跨っていた。現実逃避のように乗りやすいようにと姿勢を下げる姿に「ア、すっかり懐いてンなァコリャ!」と三文役者じみた台詞が頭をよぎる。


サンダーウルフという種族の中では小柄、幼体のような体躯ではあるが、テトラだけではなくシックスも軽々と背に乗せる様は見事であった。

なんだか冷や汗が一筋背中に走った。虫の知らせが警報音をあげる。姿だけ見れば別に、仲良くなった魔法動物ときゃっきゃと遊ぶ様でもあるだろうけれど、なんだか、全くそうには見えないのだ。


「テトラ・インヘリット?その、どうしたんだ?」

「おにいさん。あのね。」

「あ、あぁ。」

「こどもって、ときとしてとっぴょうしもないことをしたり、むてっぽうなことをかんがえたり、わがままをせいとうかしたりする、そういういきものだからしかたないとおもってあきらめてね。」

その台詞こそ子供らしくないと思ったが、口にできなかったのは罪悪感由来だろうか。


「シックス、ちゃんとおねぇちゃんにぎゅってしてるんだよ。」

「うん!」

後ろからテトラにぎゅっと抱きつくシックスの姿は和ましいが、フィーアにそれに口元を綻ばせる余裕はなかった。




「ごー!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る