No.4-4 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが悪いことは食い止めましょう
非力な子供の力では深く突き刺さった短剣を引き抜くのは精一杯で、ずっと剣が抜けた瞬間その勢いに負けて転がる。皮肉にも突き刺さったままだった短剣のおかげで抑えられていた赤黒い血液が抉れた傷跡からどぷりと溢れて地面を染める。
【ッヴグァァオオォオォォォ!!!】
憎悪と執念が麻痺させていた痛みが酩酊した意識に突き刺さり、悲鳴にも似た咆哮と共にサンダーウルフは目を覚ます。きんいろの瞳がぎらりと鋭くひかる、手足を縫い付けるフィーアによる魔法の刃のせいで身動きが取れないことに苛立ちながら体を震わせるサンダーウルフは、今、目の前に存在している人間を噛み殺さんと牙を剥き出しにする。
「サンダーウルフ、きいて、おねがい。わたしはあなたに、はなしがしたい。」
___憎らしくてたまらない。自分をこんな目に合わせた人間が、憎らしくて、腹立たしくてたまらない。その首を噛みちぎってやる。その胴体を切り裂いてやる。それだけのことをした人間が憎らしくて、腹立たしくてたまらない!
サンダーウルフはがりがり4本の手足を動かすので刃が突き刺さった傷が開いていく。このまま千切ってしまう勢いだ。
テトラは顔を恐怖に染めもせず、ただ、はちみつ色の瞳を向けたまま凛と立った。
「あなたがこきょうをはなれここにつれてこられたのは、にんげんをおそわせるため。あなたのかんじょうをりようするために、ひどいことをした。あなたのいかりとにくしみすらりようしたいために、あなたにそのかんじょうをいだかせた。」
サンダーウルフの故郷は蒼い炎を吐く火山だった。空からは雨のように雷が降り注ぎ、獰猛で強力な多種族が棲む死と隣合わせの自然。死に絶えた生き物は大抵虫に食い荒らされるか火山の炎で焼けて灰になった。縄張りを争うのは日常茶飯事で、棲家を奪ったこともあったし、奪われたこともあった。
”彼”はまだ種族では小柄であった、それもそのはず、まだ幼体であったからだ。幼体でありながら成体の多種族と争うだけの実力があったのは、彼には仲間がいなかった。群れに属さず互いだけで生きていた彼の両親は、彼を産み落としてすぐに火山の噴火で死んだのだ。
サンダーウルフは強者のみが群れに認められる。だから一匹だけだった。やがて蒼い火山で生き抜く力を得ても、最早群れへの渇望も枯れ果てた。
小柄な一匹など、悪意を持った者からすれば格好の的だった。しかもサンダーウルフには確定の弱点がある。今も残り香が調子を狂わせる粘性のある液体をかけられた瞬間彼の意識は酩酊し、その隙を狙って雷を放出するための腹の貯蔵袋に剣を突き刺されたのだ。痛みに喘ぐサンダーウルフに追い打ちをかけるようにもう一度液体をかけられ、今度こそ気を失った。
目を覚ましたサンダーウルフの体は全身を覆う枷によって拘束されていて、牙も爪も、剣が突き刺さったままのせいで雷だって、なにもできなかった。何もできないのに憎らしく腹立たしい人間がいる。彼の何もかもを傷つけた人間がいる。
何やらごそごそと移動した人間たちはサンダーウルフを指差し『あれにしよう』『あれをつかおう』などと話し、また、あの液体をサンダーウルフにかけた。意識を失う最後の瞬間までただ憎悪だけがあった。
そして再び目を覚ます。閉じ込めていた檻も枷もすべてがなく、彼は見たこともない森の中にいた。
自由への喜びへと震えるよりも前に、彼が悦んだのはその憎しみの振るい先を見つけたことだ。
______ニンゲンだ、ワタシをこんな目に合わせたニンゲンだ!
そのやわい肌を切り裂いてやる。その首を噛みちぎってやる。手足を引きちぎってやる。
あぁ憎らしい、腹立たしい、何よりも何よりも憎らしい人間だ!
「ちがうよ。」
目の前のはちみつ色の瞳の少女はただ、まっすぐサンダーウルフを見つめていた。
「あなたのそれはね、やつあたりだよ。ちがうもの。そういうものをりようしようと、しているの。あなたをきずつけて、かせをつけて、こんなところにつれてきたやつらはあなたをね、ただのぶきみたいにつかおうとしてるだけ。」
テトラの言葉は存外とひどく淡々としていた。表情も声色も、哀れみや同情の色が全く含まれていなかった。
地を這うように唸るサンダーウルフは未だ、ただの敵意と殺意を持って体を揺らしてはテトラを睨みつける。木の上、フィーアのナイフを握る手に力がこもる。
「それともさ、ちっぽけなこどもふたりなぶってさ、あそんだらまんぞくするの?たったそれだけでおわらせられるくらいかんたんなものじゃあ、ないでしょう。あなたのほこりは、ぷらいどは、いたみは!」
テトラはあろうことか一歩前へと踏み出し、その眼前にまで近寄った。これではもう手足が縫い付けられていることなど何の意味もなさない。サンダーウルフがその気になれば鋭い牙をもって、そのやわい体など噛み砕いてしまえる。
「ちがうでしょう。ちがうでしょう?だってわたしたちはゆるせない。ゆるさない。なにもかもをなんてきれいごといわないでさ、にんげんならばなんでもとかこころがひろいこといわないでさ、もっともっとさ、すなおになったっていいはずだよ。」
【ガアァアァァァァ!!】
サンダーウルフはつんざく咆哮をあげた。剥き出しになった牙がガチガチと音を鳴らす。ナイフを構え降り立とうとしたフィーアの判断は、守るべき騎士として正しい。だがそれを制したのは今まさに危機に陥っているはずのテトラの眼光だ。
子供の無責任な”だいじょうぶ”ではない。確証もない無駄な自信でもない。聖人君子のような自滅的救世願望など一切ない。
「あなたをきずつけたやつらぜんぶぜんぶ、ざまぁみろってわらってやろうよ。」
そのはちみつ色にあったのは覚悟すら気圧する怒りがあった。
【グルルルル…】
ぺそりとサンダーウルフが寝そべるような体制で頭を下げる。わざとらしく顔を背けて、テトラを害する気はありませんみたいな格好で鼻を鳴らすので、木の上で緊張感をもってナイフを構えていたフィーアは目を疑った。
テトラは一瞬目を丸くして、それから表情を緩める。
「あは。あなた、やっぱりかしこいね。ねぇ、きずのてあてをさせてよ。あ、どくとかじゃないからね。ほら、わたしのあしにもおなじにおい、するでしょ?」
鼻をひくひくと動かした後、好きにしろ、とばかりに視線をよこしたサンダーウルフにテトラはますます口角が上がる。今更ながらに、自分に使う気もなかった傷薬を、使っていたことが交渉のテーブルに置けたので役に立ったな。なんて。
ずっと離れた場所から様子を伺っていたシックスはぱっと顔を明るくさせて半走りで近寄ってくる。やっぱりシックスは幼いけれど賢くて、いつだって”大丈夫”と”大丈夫じゃない”の判断が不思議なくらい的確だ。
____さぁ。にくらしくってはらだたしくって、そんなやつらをざまぁみろってわらってやろう。
(RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが”腹が立つのでざまぁみろって笑ってやるために”悪いことは食い止めましょう)
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