No.4-3 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが悪いことは食い止めましょう



「ありがとうおにいさん!…ところで、おにいさん、きずぐすりはもってる?」

「……持ってはいる、が、他人に使えるものではない。」

「うん?よくわからないけど、もってないの?」

「大体は、そうだ。」

煮えきらない返答ではあったが、要するに”持っていない”のだろうとテトラは周囲に視線を彷徨わせる。ないのならば用意しなければいけない。必要なものを頭の中で箇条書きしながらきょろきょろと首を振るテトラとおなじ色の瞳がぱちりと合った。


「おれ、なんかてつだう?」

「んー……うん。シックス、あのね、いまからきずぐすりをつくりたいの。」

「どうぶつさんたすけるため?」

「わるいことしたやつをたおしたいからどうぶつさんにきょうりょくしてもらうため、かなぁ。」

「いたいのばいばいするきずぐすり?えっと、えと…むらさきいろのねっこ、つかうやつ?」

「うん、そう!よくおぼえてたね。」

テトラとシックスの母親が残した本は2人に知識を与えた。きっと母が想像したのとは違っただろう形ではあったが、森で採取できる草花木の実の群生場所とそこから作ることのできる傷薬をはじめとしたアイテムを暗記してしまうくらいには読み耽った。だってそれが一番生きるのに役立った。

元々シックスよりもテトラの方が座学に向いていたが、そこに”わたし”の知識が入ったことであくまでブルーローズの森の素材に絞って記憶されていた知識の制限は大いに広がった。今まではお手伝いの子供みたいに逐一本と睨めっこしながら作成していたものだが、今ならば頭の中で素材と手順を表にできる。


「えーと、ひつよなのはひだまりぐさ、ろーずまりあ、おみず、むらさきごろものねっこ、だね。」

「おれ、とってくる!」

「はなれちゃだめだよ。みえるとこ、いてね。」

「はぁいっ」

「おにいさん。きれいなおみずとごうせいなべとか、もってる?」

「え、あ、あぁ。簡易のものにはなるが。」

「かして?」

テトラは自分の言葉に嫌がれない程度にはフィーアが感情を拗らせていることを理解しながら矢継ぎ早に声をかければ、やはり彼は頷いた。


腹の中から込み上げる苛立ちが都合よく悪しように使われるサンダーウルフに自分の影を重ねたからなのかと問われればわからない。それでも腹立たしかった。例えフィーアによる報告でその盗賊団がいずれ罰を受ける末路があるかもしれなくても、この狼を”それは兎も角”などという枕詞でただ殺してしまうだけで終わらせるのは酷く腹立たしくてたまらない。

だって憎悪も悲痛も誰か他人が成したところで満足しない。自分の手で、ザマァ見ろって思えるだけの何かがないと許せない。どうしてこちらだけが復讐は何も生まないなんてお綺麗な言葉で結末をくくられなければいけないのでしょう?


(殺してしまえなんて無責任なことは言えない。それでもいっそ屈辱的な目に遭うくらいなら許されるでしょ。あは、私ってば性格悪いなぁ。だって私も結局、この子のこと考えてない、腹が立つから、晴らしてやりたいだけだもの。)


「ねぇちゃんとってきたぁ〜、みてみて、えっとね、ひまわりぐさと、ろーずまりあと、むらさきろもものねっこ!」

「ふは、ひだまりぐさと、むらさきごろも、だよ。それに…んふふ、もう、シックスってどうしてほっぺたなんてどろでよごしてかえってくるの。しかたないなぁ」

「きゃぁーっ!」

ぱちん、意識が引っ張られる。にぱにぱと笑って腕いっぱいに草葉を抱えたシックスは頬を泥で汚しているので、なんだか面白くなってしまう。頬を拭ってやるとくすぐったそうにシックスがきゃらきゃらと笑い声を上げる。甘え上手の弟らしい仕草を無意識なのかじっと見つめていたフィーアと目が合ったシックスは挨拶のように笑いかけた。

シックスの中でフィーアは目の前で無邪気にテトラに甘えられる程度には警戒心が下げられていた。街の人ではないおにいさん。自分たちを傷つけない大人だと、テトラが判断している大人。笑いかけられるたびフィーアの何かが削れていく痛みはシックスは知らないでいいだろう。


「ねぇちゃんここでおくすりつくるの?」

「このこをおいていくのは、こわいからね。」

フィーアから借りた簡易の合成鍋を用意するテトラにシックスが首を傾げる。いつもは小屋で行っているものを森の中で行おうとしている様子が不思議でたまらないのだろう。

ウィンディーネの水薬の効能は長時間ではなく、あくまで一時的なものだ。傷ついた憎悪の獣が目を覚ませばどんな行動を起こすかなど想像に難くない、何かあった際フィーアは一瞬の躊躇いを持ってサンダーウルフを殺す。そして盗賊の手がかりが現状サンダーウルフしかない以上、子供だけで小屋に戻るのも不安が残る。この場でアイテムを合成するしか選択肢はなかった。




“合成鍋”

素材を特定の組み合わせでセットすることでアイテムを合成することができる魔法道具

ウィッチメタル製で頑丈で割れにくいうえ耐火、耐凍に優れている

ウィッチメタルに貯蔵されている魔力を変換しているため魔力を持っていないものでも使用できる

中央にかけてふくらんだ鉄鍋の形をしているものが一般的で最も流通している

アイテム合成において必要不可欠なアイテムであり、冒険者や旅人用にコンパクトサイズとなった簡易持ち歩き版も販売されている

作成されたものは料理カテゴリーにおいても必ず何かの効能が加わる

ウィッチメタルの純度が高ければ高いほど合成にかかる時間や成功率が上がる

合成に失敗した場合極彩色が混じった黒色の謎物質が出来上がる




エピソードイベント”はじめてのクッキング”で入手する重要枠の魔法道具アイテム。RPGではお馴染みの素材合成の機能は全プレイヤーがお世話になると言っても過言ではない。傷薬、HP回復用の料理、攻撃強化のポーション、たくさんたくさん作った。システムのメモを見ながら作っていたアイテムはゲームの後半になればすっかりと覚えてしまって、そらんじることすらできるくらい。

ゲームの中では重要枠として売ることもできなければ追加で買うこともできず壊れることもない、2度の強化用のエピソードイベントがあるくらいで一度手に入れたらそのままずっとメニューに存在する道具。


元々小屋には2人の母が昔から使っていた合成鍋があって、母が生きている時は母が、母が死んだ後は主にテトラが使用していた。しかし母の死後まもなくしてまるで長く連れ添った母に付き添うようにまっぷたつに綺麗に割れてしまった。もしかしたら付喪神でもいたのかも、なんて思えば直すのも何か違う気がして、割れた鍋は母の墓の横にこっそりと埋めた。

だがそうなると小屋には合成鍋が無くなってしまうことになって、困ったのはシックスが熱を出したり怪我をした時だ。街の住人たちはろくに薬を売ってくれないことなどよくあった。買うよりも作るほうが安くついたのだ。


母からもらったテトラの貯金箱を割って街にやってきていた行商人から購入した新しい合成鍋は中古であったが、それでも、そのおかげで2人は命をつなげたことは間違いない。


「おなべ、おうちのよりちいさいねっ」

「そうだね。たびびとさんとかがね、もちあるけるようにちいさいんだよ。」

「そーなんだ…ちいさいのならおれもごーせいじょうずにできる?」

「んっ、んー…え、えーとね、ちいさいのでも、おおきいのでも、れんしゅうすればじょうずにできるよっむきゃ。」

かつて極彩色の混じった黒い謎物質を作り上げてしまった過去を思い出して項垂れるシックスを傷つけないよう励ましていると、テトラの顔にべちょりと何かが降ってきた。火蜥蜴だ。サンダーウルフから走って逃げていた時も、そういえばシックスの顔に降ってきていた。テトラはすっかり森に慣れているが街や国の女の子なら悲鳴をあげていたに違いない登場の仕方をするので、もしかしたら同一個体かもしれない。


「ごめんね〜。」

ぎゅう、つぶさないほどの力で握りしめられた火蜥蜴は抗議の鳴き声と共に炎を吐く。もしも同じ個体だとしたら同じ目に合っているので、少しだけ申し訳なくなる。手のひらを開くと『まったく酷い目にあったぜ!』とばかりにもうひと鳴きしてサカサカと逃げていった。


「おてつだい、するっ」

「えっとね、だったらね。ひだまりぐさをごりごりってすりつぶしてくれる?んーと…はっぱのぴかぴかがぜんぶなくなるくらい。」

「はぁい!」

シックスが小さな手のひらで一生懸命ひだまり草をすり潰している横で、テトラはムラサキゴロモの根っこを細かくしていく。するとフィーアが居心地悪そうにおろおろと見つめてくるので、”鍋の水の様子を見て沸騰したら2人が細かくしているものたちを入れて欲しい”と頼めばぱっと顔が明るくなる。どちらが年上かわかったものではない。


フィーアが鍋の様子を見ている間に、シックスとテトラはローズマリアの花を千切っていく。ローズマリアの花は花びらが多いので2人がかりで一生懸命一枚一枚ちぎっていくのが地味で地道で大変な作業である。

鍋で煮ていたものたちが土留色から淡い褐色に変化すると、2人で必死にちぎっていた花びらを全ていれて、またかき混ぜる。あとは様子を見ながらかき混ぜるだけだ。シックスがワクワクと期待の表情で鍋を覗き込む。普段家で行っていることを森の中でしていることもあって、ちょっとした非日常感もあるのだろう。


淡い褐色から濁ったカラメル色へと変化したら火を消して完成、成功。鎮痛作用が含まれた広く流通もされている傷薬(ぬりかけるタイプ)が鍋の中でとろりと揺れる。


「…流石、だな。」

「どぉも。」

子供でありながら手際よく傷薬の合成を完成させた様子をみてつい零したフィーアの言葉にテトラの返事はそっけない。ただ純粋に「ねぇちゃんすごいね!」とはしゃぐシックスとの対比が凄まじい。


「それじゃあサンダーウルフに…」

「待ちなさい。」

「え?」

「君の左足が先だ。」

「……はぁい」

わかっていることを親に咎められた子供みたいな態度で頷くと、シックスがほっと安堵に顔を綻ばせる。顔に出さないようにしているだけで、テトラの左足は未だ抉れた傷跡がじゅくじゅくと痛みを訴えている。

缶入りのハンドクリームのような質感をした傷薬を指ですくう、湯気がおさまりつつあるとはいえまだ温かく反射的に「あち」と言葉が漏れる。座り込みながら左足の傷全体へと薬を塗り込むと染みた感触に顔を顰める。


「う、うぅ〜…」

不快に声を押し殺す。傷薬は淡い光と共に裂けた皮膚を編むように癒していく。

魔法の傷薬は程度にもよるがたちまちと傷を治す、だがなんの副作用もないわけではない。傷が長時間放置された後であればどうしたって跡は残ることはあるし、どんな損傷にも効く完全無欠なものもない。消費期限もある程度あるし、飲料タイプはあまり美味しくなくて、それからこの傷が治る瞬間の痛みといったら。長時間正座をして場所を何度も突かれたみたいな痒みににた痺れた痛みを数倍ひどくしたような感覚。


(ここはゲームフィクションのままであってくれたらよかったのに!傷薬に含まれた植物由来の魔力で大半の体力と自然治癒能力を代替わりしながら治すだとかの原理らしいけど、体の欠損を補って戻すのがすっごいびりびりする…!痛いっていうか気持ち悪いっていうか不快…足の傷一つでこんななんだから、もっとひどい怪我の時はどんなにやなんだろ…もっとランクの高い傷薬なら副作用もだいぶ”マシ”らしいけど…う、う、ううううう…!別に私の傷なんてたかだか足が裂けたくらいなんだし、よかったのにぃ…!)

テトラは結局自分のことは鈍感になるようにしている。傷跡が残ろうと今更だとも考えていたので、正直、少しばかり・・・・・痛い傷くらいならば我慢してもいいかな、だって足がちょっと裂けたくらいだしね、その程度にしか捉えていないからこそ自分の傷に”別に”とか”たかだか”の言葉で片付けてしまえるのだ。


閑話休題、淡い光が収まりテトラが身悶えていた不快な違和感がようやくと静まっていく。

「う〜……」

「ねぇちゃんきずなおった!いたいのない?」

「う。うん。だいじょーぶ。えっとね…ほら、ちゃんとたてるよ。」

それでもただただ無邪気に片割れの傷が治ったことに喜ぶシックスを見ると、あの不快さにも価値があった。テトラが立ち上がりくるりと回ってみせると、シックスはわぁっと手を叩く。


「それじゃあどうぶつさんにもきずぐすり、ぬるの?」

「うーん…そのまえにね、わたしいまからおおかみさんとおはなししないといけないの。きずぐすりつかいたいですっておはなし。だからね、シックスはちょっとだけはなれてて?」

「……なんでぇ。」

自分を置いてシックスだけ逃がそうとしたことを思い出したのか、シックスの頬が不服に膨らむ。シックスは真剣に怒って疑っているのに、風船みたいに膨らんだその顔が可愛らしくてテトラはついうっかり吹き出してしまったので、ますます頬が膨らむ。


「ふ、ふふ。ちがうよ、シックス。おおかみさんはね、いまとってもかなしくておこってるの。だからおはなしするの。かなしくておこってるのに、いっぱいひとがめのまえにいたらおどろいちゃってきになっちゃうでしょ?だいじょうぶだよ。このおにいさんがね、なにかあったらたすけるっておやくそくもしてるからね。」

にこにこと嘘偽りなく微笑むテトラの言葉にシックスは一度首を傾げる。ある程度簡単な言葉に噛み砕いたが難しかっただろうか。シックスを危険な目に合わせたくないのも本当だが、サンダーウルフを丸め込むために1対1の構図で交渉を仕掛けた方がやりやすいというのもあった。うーんと唸ったあとシックスは「わかった!」と右腕を挙げる。


「ねぇちゃん、だいじょーぶそうだからわかった!」

シックスは幼いだけで、よく人のことを見ている。彼のいう”大丈夫”と”大丈夫じゃない”の判断は不思議なくらい的確だ。ぴょんと飛び跳ねるように少し離れた場所で木陰から顔を覗かせるシックスにほっと息をつくと、当たり前の顔をしてそばにいるフィーアに「おにいさんもだよ」と促す。


「え?」

「おにいさんみたいにわかりやすくじぶんにきずをあたえられるひと、みたいなひとがちかくにいたらサンダーウルフがそっちにきをとられて、おはなしなんてできるようすじゃなくなるでしょ。ただでさえ、きがたってるのに。みずぐすりのおかげでまだきゅうかくとか、ほんちょうしじゃないはずだし。おにいさんはきのうえにかくれてて。」

「い、いやしかし、だな。」

「それとも、なぁに。おにいさんはきのうえにかくれたままじゃなんにもできないのに、おそわれるわたしたちをただみてたの。」

シックスにかけた優しい言葉は一片もない。テトラにとって”おにいさんフィーア”は”わたし”の信用ができる人物で、自分たちを見捨て続けた信頼を預けれない大人でもあった。


しつこいくらいの八つ当たりであってもさっさとそのスタイルを切り変えることができるほど、テトラは聖人君子ではない。痛いところをつかれたフィーアは喉を詰まらせ、言い訳もできずに姿を消した。恐らくはテトラの言った通りの木の上だろう。もちろん、万が一があった時は瞬時に命を奪える準備は万全。ナイフが陰でぎらりとひかる。


「……よし、それじゃあ、いくね。」


これはテトラのわがままだ。腹が立って仕方ないからと通したエゴだ。だから絶対に短剣を抜いてサンダーウルフと対峙するのは自分たった1人だと決めていた。言いくるめられたフィーアがもしも言いくるめれなかったとしても絶対に譲らない。

さぁ人に植え付けられた憎悪とご対面だ。



「ぇい、っ!」



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