No.4-2 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが悪いことは食い止めましょう



____”しかし妖精には生命が、ニンゲンには魔法が、どちらも芽吹かないので世界に馴染めない”


魔法の種が芽吹かなかったのは人間だけ。言い換えれば、それ以外の生命はすべて魔法の力を有して生まれ存在している。

それはつまり、このサンダーウルフもおなじこと。彼彼女たちを広く定義すればなんと呼ぶかを思い出せば当たり前のことだ。”魔法動物”、その大小種別は違えど動物たちは魔法の力を持って生きている。先ほど握りしめた火蜥蜴だって炎を吐いただろう。

魔法動物たちはみな魔法嚢まほうのうと呼ばれる臓器を持つ。魔法嚢に自身の魔力を貯蔵し、有事の際に魔法に変換する。人間は妖精という外付けバッテリーを契約によって手に入れることで魔法を使うのとは原理が違う。魔法動物たちは自身の体に元からその器官を有している。


(例え見た目では分かりにくくても、ゲームでだってそうだった。エネミーとしてエンカウントした魔法動物は魔法スキルを発動させてプレイヤーを翻弄させた。なんで思い出さなかったんだろう。この子の名前は”サンダーウルフ”、雷の狼、そのままなのに!)

サンダーウルフはその爪を、牙を、体躯をもって2人を追い詰めた。有り余るほどの人間への憎悪は紛れもなく本物で、憎悪と敵意は確かに殺意となって振るわれていた。嬲っていたとか、遊んでいたとか、そんなもの欠片もなかった。


(生まれつき?ありえない、だってこの子の顔にはちゃんと、名前の由来になった雷の傷跡がのこってた。…あぁ、あぁ、すごく、すごく、むかつくなぁ。)

____ずっとずっとおかしかった。本当は最初からおかしかった。子供2人を執拗に追い詰めるほど見境なく人間への憎悪を燃やすサンダーウルフが理性をもって魔法を使わないなんて、あり得ない。


「だからわたしたちにかみなり、おとさなかったんだ…」

「…これは、むごいな…」

黒い毛並みに隠されたサンダーウルフの鳩尾付近には剣が突き刺さっていた。赤黒い血液の一部は傷跡に凝固し、動いたせいで開いた傷口からは命が流れ出している。痛ましい姿にフィーアですら顔を顰める。


魔法嚢は魔法を使用するにあたって必要な臓器だ。そこに魔力が貯蔵されているからこそ魔法に変換できる。必然的に魔法嚢がなんらかの要因で傷つけられれば魔法を使用することはできない。

一度傷付けば永遠に治癒することができないわけではない。魔法薬での治療、特定の回復効果のある果実や薬草、傷の大小にもよるが自然治癒、そういったもので治療は行うことはできる。しかし傷口に剣が突き刺さったままであれば、ある種止血は出来ていたかもしれないが当然傷は塞がれることはない。挙句サンダーウルフは痛みなど関係なく暴れ回っていたので傷口は抉れるばかり。

柄は短く、仲間がいるわけでもない。いくら賢い狼型であっても爪の伸びた手足で短剣を引き抜くこともできない。それでも彼にあったのは憎悪と執念。自分をこんな目に合わせた人間に一矢報いて噛みちぎってやるという復讐だけ。


____それこそを利用されているなど、知りもしないで。


「ひどい…そもそもテイムしたこは、ちゃんとせらぴーだってして、きずがついたのならてあてをしてあげるのがきほんなのに…」

ゲームにおける”テイム”というシステムは、要するに魔法動物を仲間として手に入れるための魔法だ。

属性は”天”、特定のエピソードイベントのクリアを条件に覚えることのできるタイプのスキルでショップには成功率を上げるアイテムの販売もあった。対象の魔法動物とのレベル差、個々に設定された成功率、あとは運。あらゆる要素が成功に関与するが、そのうちひとつのコツはよくあるパターン。戦闘である程度弱らせることで抵抗が低くなりテイムしやすくなる。


ゲームの中じゃそれだけの話だ。攻撃したことで減ったHPもテイムした後アイテムを与えれば一瞬で治る。信頼度だってレベルをあげて、特定の回数使用して、時間をかければ気がつけば”ベストフレンド”。トロフィーだとかのためにテイムするだけしてそのまま放置していたってよくて、そもそも毎日面倒を見る必要もない。ゲームの制限はあるが複数の魔法動物をテイムして保有していようと、それらはメニュー画面に行儀よく収まり続けてお気に召すタイミングの時だけ呼び出せばいい。テレポートしたって勝手に元に戻ってるからその場に置き去りなんて起きない。要らなくなったら”お別れする”を選べば勝手にどこかへ消えていく。


けれどこれはゲームフィクションのようなただの現実であることを、テトラの左足の痛みが証明している。

痛みは痛みだ。悲しみは悲しみだ。憎しみは憎しみだ。


サンダーウルフはそれだけで立っていた。


「成る程な…通りで…いくら小柄とはいえ、あのサンダーウルフが子供2人を追うのに必死だったわけだ。そうか…これが…こんな状態で森に放棄し、利用しているのか…」

サンダーウルフは獰猛な種族で、強力で、だからきっと現実においても“魔法嚢を傷つけ魔法を封じてからテイムする”というのは戦法として理には叶っているだろう。けれどこれは違う。これは確信を持って憎悪を植え付け利用するただの狡猾な悪意。


これはゲームじゃない。だから時間と誠意をもって向き合わなければ魔法動物たちは決して契約者を信頼しない。


襲われ、枷をはめられ、傷口は抉られ刺されたまま。叫びは正しく叫びだった。



「……きずつけて、いためつけて、じぶんのつごうのいいものにして、そのけっきょくぜんぶはじぶんたちのよくぼうのためにりようして……なにそれ、はぁ?…むかつくなぁ……」

ゲームのメタ的視点で見れば、よりイベントストーリーの残忍さを現したかったのかもしれない。この展開を知った時確かに“わたし”を怒りを覚えた。でもそれは、結局ゲームの中の話だった。


現実はこんなにも胸糞が悪い。


「て、テトラ・インヘリットっ、なにを…!」

剣の柄に手を伸ばしたテトラを慌てて止めたのは当然だろう。いくら現状ウィンディーネの水薬で気を失っていようとそこに永遠の効果はない。そして、魔法動物は人間以上に素直な存在だ。社会的理性などがないからだ。

サンダーウルフにとって人間は憎悪の対象、ただの敵生命体。残酷だがそんな存在の動きを鈍くさせていたひとつであるものを引き抜くことを、許容はできない。


「ねぇちゃん、どうぶつさんいたい?かなしい?」

突然、フィーアの背後にお利口にいたシックスがテトラへと問いかけた。テトラは少し首をひねって、難しそうに唸る。


「むずかしいなぁ。でも、うん、そうだね。いたくて、かなしい。」

「テトラ・インヘリットっ、剣から手を離せ。引き抜いた衝撃で目を覚す可能性もある……サンダーウルフは可哀想だが、最早こうなった以上、現状では討伐するしか方法はない!」

フィーアの言葉は騎士として正しい。きっとこのサンダーウルフは目覚め次第すぐさま人を襲うだろう。地面に縫い付ける刃すら引きちぎってでも、1人でも多く噛み殺そうとする。


所詮あらゆる犠牲は正義という言葉で片付けられるものだ。自分自身の正義のため、命を奪って生きている。そうしなければ自分自身が生きてはいけないから。

それでも痛ましげに顔を歪めるフィーアには残念だが、テトラの頭の中にはかわいそうだからとか、たすけたいとか、そういう綺麗な感情はない。


「このけんには、つまり、ろくでなしのくずのげんきょうのてがかりがのこってるかもしれない。そしてこのこはそいつらといちどはあっている。けんのてがかりと、そして、このこがきおくしているにおいさえあれば。そいつらをおえるかもしれない。」


盗賊団の目的は何だ。サンダーウルフに街を襲わせ、それを利用し金品や人身を盗み私服を肥やすこと。

ならば必ず近くにいるはずだ。今か今かとサンダーウルフが街を襲うことを期待して、舌を舐めずり待っている。


サンダーウルフだけが知っている。

どうしたって正義は後出しで、結局何かが起きてからでしか動けない。だから魔法動物に襲われ盗賊の手に掛かった村や街を、襲われてから調べに行く。当然逃げ仰た盗賊団は自分たちの痕跡を燃やしたり流したり、そうして隠れ逃げてまた繰り返す。

国でも手掛かりを追うばかりの、ゲームでは本編が始まってからようやく痕跡を得て壊滅に至る盗賊弾の手掛かりは、今この瞬間にだけ存在している。


もしもこのサンダーウルフを手懐けることができれば、街を襲おうとする盗賊を捕らえることができる。そういう、企みに似た感情だけがテトラにはあった。嗚呼念の為、街を救いたいという感情もないので悪しからず。


「…確かにサンダーウルフは賢い生き物だ。理性さえ取り戻し、環境を整えればあるいは……だが、だめだ。あまりに危険すぎる!」

「でもにんげんよりきけんじゃない。このこのいかりはこのこのものなのに、それをりようしたげんきょうがのうのうといきてるなんてだめだよ。」

襲われた時、確かに首元に迫った死は恐ろしかった。けれどテトラにとって、街に降りる行為の方がよっぽど恐ろしかったし、何かに重ねた元凶がのうのうと生きていることの方が腹立たしかった。


「君に妖精はいない!魔法も使えなければ力も弱い!この森にもともといる魔法動物たちが温厚なだけ、君も見て、知っただろう!?本来テイムするのも難しい狼型を、それすらなく手懐けることなど不可能に近い!」

「ふかのうじゃないならやってみなきゃわかんないでしょ!」

どちらが正しいとか、どちらが間違えているとか、そういう話ではなかった。別にどちらも間違えてはいないだろう。ただフィーアは現在の安全を、テトラは先の安全を確立したがっているというだけ。勿論そこに多大なる感情を込めて。


居心地が悪いどころか狼狽えるのはシックスだ。なにせ状況が全然わからない。“わたし”の知識など知らないシックスは盗賊団のことはおろか、そもそもフィーアのことも未だ“なんだか助けてくれた自分を傷つけないテトラが怖がらない大人”という認識だ。それが突然言い合いを始めたのだから半ば泣きそうな心地できょろきょろと2人を見比べるしかできない。


「ね、ねぇちゃ…」

「…う。」

もう今にもはちみつ色の瞳から大粒の涙が溢れてしまいそうで、その顔にテトラは幾許かの冷静を取り戻すと深いため息を吐いた。


「…けっきょく、わるいひとはみつけなきゃだめなのは、そうでしょ。」

「そうは、そうだが……君たちの身を危険に晒してすべきではない…」

因みに付け加えると、フィーアは自分の言葉がそのままひっくり返って棘のように突き刺さっている心地のなか言葉を吐いている。


「…あぶないことはわかってる。でも、それでも。はんだんはおにいさんにまかせる。だからやらせてください、おねがいします。」

その中でテトラに頭を下げられたフィーアの心境はといえば想像に難くない。咄嗟に「やめてくれ!」と叫んだくらいだ。自己満足の罪滅ぼしに対する客観視でようやく立っているような男が、そんなことをされて耐えられるわけもない。


さて。テトラが子供らしい感情でその行動の判断をしたのかは知らない。


「……………………わかった。」


だが長い沈黙の後、結局フィーアが頷いてしまったことが全てだろう。



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