No.4. RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが悪いことは食い止めましょう
〔父たる神は生命を育み、母たる精霊は魔法を生んだ〕
〔よんばんめに空と海と大地に生命と魔法の種をまいた〕
〔ごばんめ、育まれた種は芽吹いて命は恵まれる〕
〔ろくばんめに神と精霊の子たる妖精を〕
〔ななばんめに神に似せたニンゲンを〕
〔しかし妖精には生命が、ニンゲンには魔法が、どちらも芽吹かないので世界に馴染めない〕
〔なので、困ったふたつの種族は契約を交わすことにした〕
____世界で唯ふたつ、妖精と人間だけが片方欠けて完成した
この星は運命でできている。だからきっと、それにも何か意味があった。
現れたフィーアにテトラの心中に一番に沸き起こったのは、やはり、シックスを守らなければという意識だけだった。安堵だけを覚えることができないのが彼女の悲しいところだ。左足の痛みを堪えながら転がるようにシックスの前へと躍り出たテトラに、シックスは困惑する。
倒れるサンダーウルフ、自分たちを助けたとも取れる見知らぬ大人。けれどテトラが警戒する大人。
「…たすけてくれて、ありがとう。しょーじき、もうこないんじゃないかって、おもってました。」
テトラの精一杯の皮肉を、フィーアは黙りこくったまま受け止める。やっぱり彼の表情は見えないので、余計にテトラの居心地が悪くなってくる。持て余していた。どう扱えばいいのかわからないのだ。
だってここは
テトラの背中に庇われたままだったシックスがテトラの皮肉にぴんと来たようにはちみつ色の瞳をまんまるに輝かせて、きっと漫画的表現ならば頭上に電球マークでも書かれているだろう様子でにこにこ笑った。
「おにいさん、たすけてくれてありがとー!」
テトラの言葉は裏側を知らなければ皮肉にならない。だから、シックスは双子の姉に倣って素直にお礼を口にした。
こういうところがシックスの良いところで、主人公らしいところだ。散々に人間から酷い目に遭わされたのに、自分以外の他人全てを恨むことはなかった。十人十色の意味をよく理解しているところが、テトラを少しだけ卑屈にさせる。こんなにも素直に受け入れて(とはいえ、シックスはフィーアの存在も所業も何もかも知らないのだけど)素直に笑いかけるシックスに、フィーアはぎくりと肩を揺らして顔を逸らした。
テトラの肩から力が抜けて、行き場を無くした感情は困り果てた笑みへと変わる。
「おれいがいえて、えらいね、シックス。」
「ねぇちゃん?」
どうしてそんなにも困った様子なのかすら、シックスにはわからない。首を傾げるその姿の無垢らしさはテトラには時折眩しすぎる。
(これの、どこが。)
泣き声のように叫ぶ2人の子供の姿は、フィーアにはどう見えたのだろうか。
間違いなくそこにいるのはただの子供だ。大人によって心身を苛まれ虐げられた幼い子供。
____全部全部厄災のせいだ!
____厄災なんてものがいなければよかった!
そうやって妹の死を厄災のせいだと憎んでいなければ彼は生きてはいけなかった。それだけであればきっとただの悲劇で片付いただろうに、彼は見つけてしまった。なんでもしていい憎悪の吐口、正当な理由ぶった言い訳は『厄災のくせに』『化け物のくせに』『真っ当な人間のふりをしてるだけのくせに』の三拍子。
忠義を捧げた王の嘆きを馬鹿馬鹿しいと内心で嘲笑って今まで思い出しもしなかったくせに、今は、彼の罪を突きつけるように鮮明に思い出される。
『この子供の中にはあの日魔王の腹から生まれ出た厄災が封じられておる。とうとう彼ですら討伐は叶わなかった…この子は我々がどうしようもなかった厄災を押し付けられた、器に選ばれてしまっただけの子供じゃ。』
王よ。国王陛下。あなたの言葉は正しかった。
『じゃが……この子をそう見る者は少ないじゃろう。厄災の傷は甚大じゃ…じゃが、この子にはなんの咎はない。故に儂はこの事実を秘匿したい…』
あなたは息子を失った。失ったことに悲しみながら、それでも国と民を想ってそう仰った。あなたの言葉は正しかった。あの日、あなたの瞳は確かに真実だけが写っていた。
『いずれこの子は過酷な運命へと身を投じることになる。だが…せめて。せめて、15の才を迎えるまで。ただの子供として生きる日々があったとしても許されるはずじゃ。それこそが…それこそが、この子供に全てを押し付けた我々ができるせめてもの罪滅ぼしじゃ…』
あなただけが真実を語っていた。厄災を
_____全部全部厄災のせいだ。厄災だけのせいだった。
封印など聞こえが良いだけの、結局はどちらにも対しての人身御供だ。押し付けた。罪滅ぼし。全てが真実だ。
(王よ。王よ。我々は、俺は、あなたの全てを裏切った。妹の憧れを裏切った。これのどこが化け物だった…!)
瞳の曇が晴れれば途端に、もう二度と戻せない全てへの後悔と罪悪感が彼の全身を震わせる。
「……ごめん、な。ごめん。すいませ、ん。もうしわけ、ありません。私は、俺は、今まで取り返しのつかないことを…!」
はちみつ色の瞳を見ることなんてできなかった。フィーアの体は崩れ落ち、頭に地面を擦り付けた土下座のような体制で嗚咽まじりに謝罪を繰り返す。
謝罪など所詮は自己満足で、謝って済むような問題ではないことは理解していた。それでも謝らずにはいられなかった。澱んだ囁き声が『泣きたいのはお前じゃないだろう』と冷静に告げるが、勝手に流れて止められない、だってこんなのあんまりにもみっともない。
ぎょっとするのは何も知らないシックスだ。自分よりよほど大きくて強い大人が泣きながら縋るように謝る光景は幼い少年の瞳には異様にしか見えなかった。
反対に、縋るように服の裾を掴むシックスの手のひらに自分の手のひらを重ねたテトラは湧き上がる悦びに喉を鳴らす。
(あなたは優しいから。そのために自分の身すら犠牲に出来てしまう人だから。必ず”そう”なってくれるだろうと
”わたし”は信じていたよ。)
「おにいさん。くわしいおはなし、あとでしましょう。いまはあたまをあげてください…ねぇおにいさん、きのうのわたしのことば、うけいれてくれるってことでいいですか。」
テトラは言葉にどんな感情を込めれば良いかわからず、妙に丁寧で突き放した口調になった。フィーアはえずきながら首を振り続ける。シックスが怖がっているともう一度頭を上げるように促すが、フィーアは自分の体を支配する罪悪感と後悔で自分の行動の全部に制限がかったような態度でおずおずとそのまま正座して縮こまっている。その姿が妙に居心地が悪い。許しを乞う処刑を待つ罪人みたいな顔で見つめないで欲しかった。
「ねぇちゃん?」
「ん。えっとね…あー、あとでちゃんとおはなしするね。」
「よくわかんないけど、わかった?」
詳しく説明するには登場人物が感情的になりすぎていて、時間に余裕もない。テトラが水薬に昏倒し気を失っているサンダーウルフの方へと視線を向ける。
「まずはこの、サンダーウルフをなんとかしないと…」
「あ、あ”ぁ。そうだ、ずび、な。」
「………はな、かみます?」
「ゔっ、い、いや!だいじょうぶだ…」
気遣いにすら似た視線を向けられ、フィーアの体が跳ねる。”おにいさん”なのになぁ、なんて想ってしまうくらいぐじゅぐじゅと顔を泣き腫らすは全然かっこうつかない。ずびび、と鼻を啜るといささか手遅れではあるが、表情を引き締めフィーアはナイフを取り出した。刀身は鋭く細長く、飾り付けもないシンプルなナイフは騎士の武器というよりも傭兵などが使用するサバイバルナイフのようなもののイメージに近い。
「ゔぅんっ…よし。君たちは後ろに下がって、あまり離れないように。」
咳き込み一つで感情を切り替えたフィーアは2人を背にサンダーウルフへと近づいていく。確かに気を失っているはずなのに魘されるように唸り声を上げる狼の姿は確かに恐ろしくて、同時に悲しかった。
(人間の悪意で勝手に連れてこられて、都合のいい武器みたいに使われて……わかってる。このまま放置しておくことなんてできなければ、救うことなんて私にはできないことも。でも…なんだか…すごく。むかつく。)
鋭い牙。切り裂く爪。空気を震わせる咆哮。雷のような傷跡。それどれもが他者の強欲のために搾取されていいものではないのに。
(…あれ?)
胸に込み上げる苛立ちに混ざった違和感はフィーアが振り下ろしたナイフがサンダーウルフへと突き刺さる直前に形になる。
「まってやめて!」
薄皮一枚すら切ることなく直前で振り下ろした腕を止めることができたのは流石の反射だろう。切り裂かれた左足を引きずった不格好な歩き方でサンダーテトラに近付いただけでなく無造作に手を伸ばすテトラにぎょっとしたフィーアが慌てて制止の声をあげる。
「まっ、何をしてる!?」
「おにいさん、まって。おねがい、かくにんしたいの。」
じっとはちみつ色の瞳に見つめられて、フィーアはぐっと声を詰まらせる。全身を支配する感情がテトラの言葉に否定を許さないのだ。
「ん…たしか、このあたり……あぁ、やっぱり。」
サンダーウルフの黒い毛並みを小さな手で掻き分け、見つけた”それ”にテトラは落胆の声を上げた。違和感は棘に似た形になって姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます