No.3-4 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが予想外のイベントが発生しました



テトラは瞳に涙をたくさん溜めてぎっと睨むように見つめるシックスに驚いて目を丸くさせる。


「ねぇちゃんもいっしょにかえる!かえるの!」

「なにいってるの…」

「ねぇちゃんといっしょじゃなかったらおれはやだっ、やだもん!おれ、べつにだいじょーぶじゃないもん。ひとりじゃかえらないっ、ひとりじゃだめだもん!」

「な、なんで。どうしてこんなときにわがままいうのっ!おねがいだからいうことをきいて…!」

シックスがわがままを言ったことなど数えるほどもない。わがままと言ったって今日はこれを食べたい、眠れないからぎゅってして、頭撫でて本読んで!そんな可愛らしくいじましいもので、テトラを困らせるようなことをシックスはしたがらなかった。双子だから。姉だけど、同時に片割れであるからかもしれない。

だからこそテトラはこんなタイミングで駄々をこねるように騒ぎ立てるシックスに困惑しか浮かばなかった。


「ねぇちゃんだってだいじょうぶじゃないくせにっ!ちをはいちゃったときとおんなじかおしてるくせに!ひとりじゃおれはだいじょうぶじゃないもん!やだやだやだ!いっしょにかえる!!」


騎士に憧れる子供は多いが、フィーアが騎士になりたがった理由は憧れとは少し違う。もっとシンプル、単純な話だ。

おままごとのごっこ遊びでした騎士の姿を妹があんまりにもかっこいいと褒めて、それから何かの役をはめて遊ぶときには決まって彼に騎士の役をねだるくらいには気に入っていたから。妹の憧れの兄の姿を守りたかった。

騎士は国の花形で由緒ある役職でもあった。妹を認めない両親だって文句を言わせないくらいの騎士になれば認めさせることができるだろうという下心も少しだけ。


彼にとって妹はたった1人の大切な家族だった。愛おしいくらい大切な存在。

騎士の礼服を着た彼の姿を、あんまりにも妹が誇らしく褒めてくれるから、自分はそんなに素晴らしくて憧れられる存在になれたのだと。たったそれだけが彼にとっての誇りだった。

何をしても。何があっても。彼にとっては妹がいたから大丈夫だったのだ。



もしもあんな風に言えたら。あんな風に気がつけたら。

大丈夫ではないから。だからもっと他の方法を見つけてあげれれば。

妹をひとりぼっちにすることはなく、彼はひとりぼっちにはならなかったのだろうか。



【ヴルルルルルルル………】

花火草の音が完全に沈黙し、サンダーウルフが憎らしい人間を探すためにと唸り声を上げる。繋いだままの手のひらをテトラは離そうとしたが、反対にシックスは離さなかった。シックスはテトラのカゴの中に残った残りひとつのアオイドリアを奪い取るように掴むとサンダーウルフの近くへと投げた。べちゃり。潰れた音と強烈な匂い、サンダーウルフの視線がそちらへと逸れる。


「えっ!?」


その一瞬の隙に繋いでいた手を引っ張るとシックスはあろうことか、テトラを背負って走り出した。


「ば、ばか!シックスおろしてっ、い、いくらシックスがわたしよりちからがつよくて、あしがはやくたって、わたしをかかえたままこんなもりのみちっ、はしってにげれるわけっ、ないでしょっ!?」

「うるさいばかっ、ばかテトラっ!あ!あし、ひだりあしけがしてるのかくしてた!やっぱりだいじょーぶじゃないじゃんかばかぁっ!」

「ば、ば、ばかはシックスでしょぉっ!ひ。き、きてるっ!みぎ!そのきのみぎによけてっ!」

ぎゃあぎゃあと喧嘩をしたのは多分これが始めてだ。枝を踏む音、ぶつかった葉のガサガサと揺れる音、サンダーウルフが気が付かないわけもなく4本足で瞬く間に2人との距離を詰めてくる。息を荒げながらもシックスはテトラを背負いながら逃げるだけではなく、テトラの指示に従って道をジグザグと走っていくのだから感嘆する。

しかしそれは牙が体を切り裂かない方が奇跡なほど間一髪なもので、掠れたテトラのグレージュの髪がはらはらと幾数本も千切れては舞っていく。


「シックスっ、もういい!もういいからおろしてシックスだけにげて!」

「やだ!ぜったいやだぁっ!おれはテトラのいないあしたならいらない!」



(これの、どこが。)

泣き声のように叫ぶ2人の子供の姿は、フィーアにはどう見えた?







_____あぁそうだ。そう、だった。俺もそうだった。

今からでもあの子が憧れてくれた、俺に。もう一度なれるだろうか。







サンダーウルフは非常に強い種族だが、完全無欠であるわけでは当然ない。

視覚が発達していないため匂いと音で判断できなければ真正面からでも攻撃されてしまうこと。それから、ウィンディーネの水薬というアイテムが苦手で近寄ることは愚か、それを被ってでもしまうと酩酊状態になり気を失ってしまうということ。

もちろんゲームにおいてレベルが上回っていれば俗にいうゴリ押しでも倒すことができるが、反対にレベル差があったとしてもこの水薬を用意さえできれば倒しやすい魔法動物でもあった。



頭上から影色の刃が複数降り注ぐ。刃は的確にサンダーウルフの4本の足を地面に縫い付け突き刺さる。自身の手足を貫通した痛みにサンダーウルフは咆哮をあげ、頭を揺らし地面を揺らすので、その衝撃で元々足をもつれさせつつあったシックスは地面に転がり、背負っていたテトラも前方へと投げ出された。


地面に転がった姿勢で、けれど確かにテトラは見た。

必死に刃から逃れようと体を揺らすサンダーウルフの頭上から水色の液体が全身にと降り注いだところを。それを”わたし”は知っている。粘性が強く独特の香りを放つ水薬を、テトラは知っている。


「うぃんでーねの、みずぐすり…」


ぐらりとサンダーウルフの体が揺れる。痛みですらその酩酊には敵わず、サンダーウルフは噛み殺すような悲痛な鳴き声をあげながらそのまま気を失い地面へと倒れ込んだ。




痩せっぽちの身体中擦り傷や枝葉による切り傷だらけ、地面に転がる幼いだけの子供2人の前に降り立ったフィーネは俯きその表情を隠したままだった。




(RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが“フラグ回収に悉く失敗して死にかける”予想外のイベントが発生しました)

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