No.3-3 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが予想外のイベントが発生しました
______フィーア・シャッテンには妹がいた。
家系図には刻まれず、小さくて絶対的な家の中でしか認知されていない妹。片方の血しか同じではない妾の子供。義理のと呼ぶことすら許されなかった可愛い少女。
それでも何より愛していた家族。
確かにフィーア・シャッテンにはいとおしい妹がいた。
世界のどこもかしこもめちゃくちゃに踏み躙られた厄災の日。もうどこもかしこも崩壊した王都で彼に与えられた任務は民間人の避難で、それが本当に都合が良かったのだ。
彼は騎士ではあったがそれより何よりも兄であったから、見つけた民間人を放っておけるほど自分勝手にはなれずとも、彼は死体を見つけるたび妹でなかったことに一番に安堵したし、小さな子供を見つけるたび妹でないことに心底がっかりとした。ペシャンコの屋敷の跡地にも、避難所にいる使用人の中にも、都市中探したって妹は見当たらない。王国都市には厄災が魔法で作り出した敵生命体がところどころと徘徊しているので、よからぬ想像をするたび頬を叩いた。
もうすっかり頬が腫れ上がってしまいそうな時だ、妹は彼の心配をよそにけろりとした様子で半分崩れた教会の中で膝を抱えて座り込んでいた。
『おまえっ、今までどこにいたんだよ!使用人たちも屋敷から逃げ出した時に逸れたっていって、心配しただろ!?』
『えへ、お兄ちゃんごめんってば。心配しすぎだよぉ』
『怪我は?痛いところは?ひとまず避難所がここからしばらく行ったところにあるから…』
彼の言葉を遮ったのは子供の泣き声であった。瓦礫に押しつぶされて足が潰れ、ひどく血まみれな子供。
『お兄ちゃん、私は大丈夫だよ。だからこの子を先に連れてってあげて!』
『お前も一緒に…』
『あのねぇ。この子はこんなに怪我だらけで、ここにはいろんな怖い生き物がいるんでしょ?2人とも連れてくのは大変だし、危ないよ。だいじょーぶ!この教会には勇者様がかけてくれたお守りの結界も残ってるし、私だってもうお姉ちゃんだよ?』
『いや、でもな』
『いやもでももないのっ。ほらほら、私のお兄ちゃんはこんなにもかっこいいんだって知ってるの私だけじゃもったいないでしょ?騎士さま!』
妹の言葉は間違えてはいないようで、彼は結局その言葉に半ば押し切られるように、でも確かに頷いてその子供だけを抱き抱えて教会を後にした。血まみれの子供の負担にならないように注意を払いながら、それでも足早に。
その教会は確かに敵生命体が近づけないようにと勇者が施した結界が稼働していた教会だった。でも、敵生命体が近づけないことと何の被害も出ないことは全く違う。彼は妹をそこに置いていくべきではなかった。
『大変だ!ガーランド通りが崩落してっ、一帯全部瓦礫と土砂で埋まった!第3部隊は現場に向かえ!』
『おい、ガーランド通りってついさっきまでお前がいた通りじゃ…危なかったな…っておい、どうした?お前、顔真っ青だぞ…!?』
彼は妹をそこに置いていくべきではなかった。
同僚の制止の声も、上司の怒声も彼の歩みを止めることはできなかった。もしかしたらを夢想して、祈った。
崩落なんて言葉で足りるものか。そこには確かに悪意によって崩された悲劇があった。タイルで舗装されていた道は陥没し、パステルカラーで彩られた色とりどりの店々は見るも無惨に崩れ落ちて、洗礼された麗しい教会はただの瓦礫の山と成り果てた。
不思議と涙は出なかったし、喉は引き攣って言葉すら出なかった。瓦礫の山を震える手で退けていく、爪の間に泥と血が詰まって手のひらの皮が捲れ上がった頃だ。
本来人体にはあり得ない方向に曲がった妹の体がそこにはあった。あんまりにも凄惨なので一瞬、作り物を疑った。意味もなく抱き上げたその体を冷たく感じることがなかったのは願望のせいで、妹は確かに死に絶えていた。
____あの日。あの時。妹を一緒に連れて行けば。せめてあの場所から離していれば。
厄災だ。全部全部厄災のせいだ。
たくさんの人を殺して心を奪って都市を崩壊させて国を潰した厄災のくせに、化け物のくせに、真っ当な人間の形をしたら許されるわけあるものか。
だから何でもしていいはずだ。だってあれはたくさんの悲劇と憎悪の原罪で、石を投げられることなんて優しいくらいじゃあないか。たくさんたくさん苦しむべきで、痛い目を見るべきで、そういう存在のはずで。
『まえにいたきしのひとがはなしてた。わらってた。ねぇ。わたしたち…どうしたってつみだった?』
罪のはずだ。罪のはずなのだ。だってあれは彼から何より愛しいたった1人の家族を奪った。たくさんの悲劇を生んだ。たくさんの憎悪を向けられるべき存在だ。
『うまれてくること、そんなにわるいことだった?ねぇ…おにいちゃんも、そう、だった?』
厄災なんて生まれてこなければ良かった!はじめからなければ良かった!
『ただしあわせに、なりたいの。ただふつうに、あたりまえにいきて、いたいの。』
___あの子供たちは、いずれ必ず自身の運命に翻弄される。殉じることを強要される。ならば子供の間でだけ、何も知らずに普通に過ごすことを許されたっていいはずじゃ___
忠義を捧げた王の言葉。騎士が賜った命は祈りの形をしていた。
『そんなことすら、おもっちゃだめ?ばけものなんかじゃ、ないよ。わたしも、シックスも。ただなきむしで、ちょっとからだのよわいわたしのたいせつなかぞくのこと、たいせつにすることも、ゆるされない?』
妾の子供。生まれることを望まれなかった娘。父も母もそう断じた少女はひっそりと大切にされて、狭くて絶対の屋敷の中じゃあ存在を表に出すことすら許されないような空気が流れていたけど、でも、大切で大事で愛している妹だった。
『お兄ちゃん』
『ねぇ、おにいちゃん』
顔も姿もどこにも似ていないのに。だったらどうして彼は馬鹿馬鹿しいと心の中で笑ったはずの王からの任務を金も昇格も関係なく引き受けた。
厄災の姉だと血を吐いた、毒を盛られた少女が目を覚ました時、どうしてあんなに安堵した。
___騎士としてはあまりに怠惰で感情的、点数をつければ減点だらけの失格。落第、劣等以下。
ブルーローズの森は王国随一といってもいいくらい平和な森だ。子供だけで採取するには最適な安全な場所。
だったら何だというのだろうか。
彼は本来ならば幼い子供2人の護衛で、監視で、世話役のはずだ。そのための給金も評価も得ているくせに、ただ厄災憎らしやと悲劇に浸って怠惰に過ごすばかり。平和ボケと呼ぶのすら烏滸がましい。テトラが彼の存在に気がついていたからって何だというのだろう。跡をついていくことに怖気付いたなど言い訳にすらなりもしない。
森から響いたのは本来ならばこの森で聞こえるはずのない獰猛な唸り声。
彼は知っているはずだ、王国に仕える騎士である以上知っている。実践経験のない街の門番やなりたての冒険者でもあるまいし、この世界において、絶対的な大丈夫なんて存在しないこと。彼は自分の身を知って知っているはずなのに。
なぜ現在において護衛兼監視兼世話役の任がフィーア1人だけになっている?
ほんの数ヶ月前まで同じ任に当たっていた騎士たちはどうして国へと戻った?
傷つけられ、乱雑に扱われ、そして本来の生息地ではない場所へと放逐された凶暴な魔法動物たちが小さな村や街といった抵抗する術を持たない場所を襲うという事案が多発したからだ。詳しく調べれば襲われた村や街は疲弊し切った折盗賊に襲われ、金品だけでなく大切な家族を拉致された者までいる始末。一連の事件は魔法動物との契約魔法”テイム”を悪用した同一の盗賊団によって引き起こされた事案だと判断されて、フィーアをのぞく他の騎士たちは国へと戻った。
そういう事件があったこと、そういう盗賊団がいること、フィーアは全部知っていた。知っていたのに忘れていた。
(俺は馬鹿か…何で今日に限って…いや、違う…今日だけなんかじゃなく…こういう事案が起きかねないことくらいわかってたはずだろ…)
巨木の枝に猫のように乗り地上を見下ろす。大きな音を立てながら弾ける花火草と草葉の焦げた匂い、苛立ちながら爪を振り回すサンダーウルフと、倒れた木の幹の影に隠れる幼い子供2人。
(サンダーウルフとは、厄介な奴を放ってくれる…!まだ小さな個体のようだが、随分と荒れ狂っているな…一撃で仕留める必要がある、流石に、雷の広範囲攻撃を繰り出されたら子供2人を庇うのは難しい…そうだ…このまま放っておけば、間違いなく、あの2人は…)
耳元で、澱んだ囁きが幻聴した。いいじゃあないか。なんて。
だって彼は今まで今までずっとずっと幼い子供2人を見殺しにしてきたようなものだ。石を投げられた時、打ちどころが悪かったらなんて考えもしなかったくせに。
厄災の器が壊れるっていうのならば少女の方だけ無視して仕舞えばいいじゃあないか、どうせ昨日死んでいたはずの命さ。なんて。
だって彼は血を吐いて倒れた少女を直接助けることを怖がった。小屋の前にグレイリーフを置くだけなんて、シックスがそれを理解してなかったらどうするのだ。
傷ついたって今更さ、あれは今まで大丈夫だったのだから死ぬ前に助ければいいじゃあないか。なんて。
だって彼は確かに少年少女を化け物で何をしてもいい作品みたいに無視し続けていた。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、そうだったくせに。
『アレじゃない!わたしのたいせつなおとうとよ!シックスって、おとうさんとおかあさんがつけてくれたなまえもある!』
厄災と比べれば小さな悪意に震えて怯えるアレらが、彼には何に見えた?
「シックス、あのね。」
小さな声だ。サンダーウルフには聞こえないように、もう静まりつつある花火草が弾ける音に紛れるように、ひそひそとした内緒話みたいな声。フィーアには少女の言葉が妙にクリアに聞こえた。
「このままね、ひとりでおうちまではしってかえれるよね?」
「え?」
シックスは一瞬、テトラの言葉が飲み込めなかったのか呆然とした一音だけで返事する。それをいいことに、テトラはどんどんと言葉を重ねていった。
「おうちにね、うぃんでぃーねのみずぐすりっていうくすりがあるの。あおいろにかいがらのまーくのらべるがはっているびんだよ。」
「ね、ねぇちゃ?」
「あのくすりはね、あのおおかみがきらいなものなの。だからおうちのまわりにぐるっとまいて、たぶん、りょうはたりるはずだから。」
「なに、いって?」
「それでね、すぐにおうちのなかにかくれてるのよ。おうちはおかあさんがまもってくれてるからだいじょう」
「ねぇちゃんはっ」
とうとう言葉を遮ったシックスの声に、テトラは微笑むばかり。シックスは背筋に氷を放り込まれたような心地になった。
「ふたりだとね、おねえちゃんあしおそいから、おいつかれちゃうだけになっちゃう。シックスのほうがあしがはやいから、さきにおうちにはしって、いまいったこと、してて?だいじょうぶ!おねえちゃん、さっきじょうずににげれてたでしょ?のこってるやくそうとかでちゃーんとじかん、かせぐから。」
「ほんと、に?」
「おねえちゃんうそついたことないでしょ?」
あ、と気が付く。シックスの目線では見えないように隠しているテトラの左足の様子がおかしいことが遠目でもはっきりとわかった。鋭く抉られたような傷跡は赤黒く血を流している。あの足では走ることは愚か歩くことだって難しいだろう。
あんな状態で一緒に逃げれば間違いなく足手纏いになるのは明白だ。けれど決して自分の怪我なんて言いたくなかった。そのことで心配をかけたくなかった。
だから嘘を吐いた。だいじょうぶだと自信満々で胸を張って、嘘をついて置いていかれたがった。
_____本来人体にはあり得ない方向に曲がった妹の体がそこにはあった。あんまりにも凄惨なので一瞬、作り物を疑った。意味もなく抱き上げたその体を冷たく感じることはなかったのは願望のせいで、妹は確かに死に絶えていた。
抱き上げて、気がついた。妹の右足の違和感。土砂に埋まったせいでぷらんと垂れた妹の右足は、間違いなく獣のようなものに噛みちぎられたような傷跡があった。
そうして思い出した。膝を抱えて教会に隠れていた妹に怪我や痛いところはないかと聞いた時何かを答えようとはしていなかったか?へにゃへにゃと笑っていた妹は座ったまま、見つけた時から一度も立った姿を見ていないこと。
妹はわかっていた。わかっていたから嘘をついた。
血まみれの子供と足を怪我した自分、2人を抱えて危険な場所を通って避難場所へと向かうことはいくら兄でも難しいこと。自分が足手纏いになること。わかっていたから、だいじょうぶだと嘘をついた。
彼は気づかなかった。妹の嘘にも、妹の怪我にも、全部気が付かずに置き去りにして後悔した。
気づきたかった。気づいていれば、もしかしたら。ずっとずっと胸を締める後悔と罪悪感を厄災への憎悪に塗り替えた。
「やだっ!」
だいじょうぶなんかじゃないと、気が付きたかった。気が付かなくたっていい。
置いて行きたくはないと、そう、言えばよかった?
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