No.3-2 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが予想外のイベントが発生しました
低い唸り声がまるで喉元に突きつけられた刃にもにた鋭さをもって空気を振動させる。小柄とはいえ子供2人よりもゆうに一回りはおおきな体躯を覆うささくれだった荒々しい黒い毛並み。まばゆいきんいろの瞳。頭頂部に立ち上がったふたつの三角形の耳。獰猛な牙と鋭い爪はどちらも敵意を現していた。
そして何よりも目を惹くのが稲妻に似た傷跡。
「さんだーうるふが、なんでここにいるの。」
“サンダーウルフ”
フィールド“雷灯台の麓“”蒼炎の火山“”惑いの森“にて出現する魔法動物。
レベルは高く、弱い個体でも55。
金属性。攻撃力が高い上、麻痺効果のある
非常に獰猛な性格で認めた者以外へは血縁であっても仲間意識がないため、狼型にしては珍しく血縁によって構成される複数の群れを作らない。
視覚が発達していない代わりに聴覚が優れており音に敏感、また狼型特有の嗅覚の鋭さも持っているため一度狙われた際の逃走は困難を極める。
種としての特徴として雷のような傷跡があるが、これはサンダーウルフが産まれた際に産声とともに発生させる雷によってできたもの。
傷跡が大きればそれほど強力な個体である。
ウィンディーネの水薬の成分を吸うと酩酊状態になり気を失うという弱点がある。
(ありえない。有り得ない!だってここはブルーローズの、はじまりの森で…でてくる魔法動物なんてレベル5以下の小動物ばっかり。他エリアで存在するレベルの高いボスエネミーとか低頻度で出現するレアエネミーすら存在しない、神殿のせいでそういう、廃人すら書き込んでないような正しく初心者の採取用エリアなのに!)
偶にある、“いちばん初めのイベント前にレベルを最大まで上げてみた”なんていう企画が鬼畜すぎて頓挫しかけるくらいには、いちばん初めのエリアであるブルーローズの森はゲームクリアした後も平和で、はじまりの森の名に恥じない場所のはずなのだ。
【グォオオォォォッ!】
サンダーウルフの金色の瞳が収縮し、爪が地面を抉る。咆哮には明確な殺意が確かに込められていた。
混乱しながらも頭の中に冷静が残っていたのは自分の背後にシックスがいたからだ。咄嗟に引っ掴んだのはシックスが首から下げるかごにぎゅっと詰まった”アオイドリア”の果実。一心不乱で投げたテトラの力弱い投擲がサンダーウルフの鼻に当たってべちゃりと潰れた嫌な音を立てたのは、ビギナーズラックと言っていいまさしく幸運だ。
“アオイドリア”
乾燥した土地以外の森中で広く群生する棘に似た皮をもつ果物
果実部分が非常に柔らかく、地面に落ちただけで潰れてしまう
名前に”アオ”が含まれるがアオイ属の植物果実であるだけで、皮の色は赤、果実の色はクリーム色
最大特徴は果実部分が火山ガス(腐った卵とも表現される)に似た強烈な匂いを放つことであり、森中の動物たちはこの匂いによって地面に落ちて潰れたアオイドリアを食することはない
ただし火を通すことでこの強烈な匂いは果実らしい甘い匂いに変化する
また、果物としての味は上品で爽やかな甘さが特徴、火を通すことで甘さが濃厚になり一部ではフルーツの王様と呼ばれるほどである
アオイドリアの果実の匂いは人間の鼻でも強烈で、嗅覚の発達したサンダーウルフからすれば劇物と言っても過言ではないだろう。錯乱したように頭を振り苛立ちのまま怒りの方向を上げるサンダーウルフに恐怖を浮かべる時間すら惜しかった。
”わたし”は何度だって倒した相手だ。対抗策のひとつやふたつにみっつ頭にぽんぽんと思い浮かぶ。ちょっとばかりの浪漫を追い求めて適正レベル以下の状態で倒したことだってある。ちっぽけなナイフと初期アイテムだけで倒したことだってある。
それでもそんなものは死が数字でカウントされるゲームの話だ。テトラはちっぽけどころか同世代よりも弱っちい6歳児で、ゲームみたいにコマンド通りの動きだってできない子供。繋いだ手のひらを離さないことに必死になって、必死に走る足がもつれないことを祈るくらいしかできない。
2人の動きに合わせて勢いよく揺れるかごからばらばらと採取した草花実たちが散らばって落ちていくので、サンダーウルフの視覚が発達していないことにいちばん感謝した。
(なんで。なんで。なんで!ブルーローズの森は一番最初の”はじまりの森”でっ、そもそも神殿の影響で攻撃的な魔法動物すら低出現のフィールドのはずでしょ!?主人公の回想でだって一度も!森の中で食糧調達していたシーンにはこんなっ、序盤で出たら即死レベルの敵が出てくるなんて描写もなかった!)
たったひとつだけ”わたし”の記憶との相違点は、テトラの存在そのもの。
(私がいなくならなかったことと、サンダーウルフがこの森にいることの、何が関係あるのよっ…!)
必死に走り逃げるシックスの顔に、同じように逃げ惑いながら慌てて木の葉から飛び出したトカゲが張り付いた。慌ててそれを引っ掴んだシックスは、自分の顔に張り付いたのが黒に赤の模様があるトカゲである事に気がつくと、テトラに声をかける。
「ねぇちゃっ、ひとかげっ!」
「え?!」
ぎゅっと握りしめられたことにパニックを起こしたのか、体を揺らしぎゅうぎゅう鳴きながらマッチほどの炎を吐くトカゲをずずいと見せつけるシックスが何を言いたいのか最初は分からず、こんな時に何を、と胡乱な声を出してから、思い出す。もうほとんどがすっかりと地面に散らばって落ちてしまったカゴの中にまだ残る植物。
“
寒暖差がある地域の綺麗な水が流れる川岸に群生する植物
茎に不規則に生えた羽のような形をした葉と綿毛に似た形の花びらが特徴
夏と秋の間のみ芽を出し、春冬の間は地中で眠っている
綿毛のような花弁部分が炎に触れると大きな音とともに弾け火の粉を飛ばす
すり潰して煎じると耐火効果をもつ薬に、丸薬にすると低威力の爆薬となる
シックスと繋いでいた手を離しカゴにあった十数本全部の花火草を石にくくりつける。どちらも互いがしたがっていることをちゃんと理解していた。
「っシックス!」
「うんっ、ごめんねひとかげっ」
謝りながらシックスが力強く
【ヴオ“ア”アアアア!】
「ひっ」
「うあぁっ」
真後ろから響いた咆哮は思っている以上に近く、鋭い牙の衝撃は木々の破片や粉塵と共に小柄なふたつの体を吹き飛ばす。擦り傷だらけの2人が千切れ倒れた大木の影に転がり隠れたのとちょうど同じタイミングで、盛大な破裂音が響いた。
十数本の花火草は連鎖的に大きな音を立てて弾け、火の粉をあちこちに飛ばすので落ち葉や草草が灰焦げた匂いが鼻を刺激する。大木に隠れた2人の姿をちょうど見失ったこともあってか、けたたましい音を立てて弾け続ける花火草の方へと喉を鳴らしながら近づいていく。
(考えて、考えて、考えろ、思い出せ、その知識こそが私の唯一の武器でしょう…!)
・サンダーウルフは種族的にも高レベルの魔法動物である
・ここは始まりの森である
・本来ならば生息していないはずのフィールドに存在する魔法動物
・生態系の異常?神殿の影響は?
・高レベルの魔法動物と本来の出現設定が低レベルの場所
・ゲームの回想において主人公が高レベルの魔法動物に遭遇したという過去はない
・ゲームとの大いなる差異は”テトラが存在している”
(…高レベルの魔法動物が、本来なら生息していない地域…それも…はじまりの森だとか、そういう、出現エネミーのレベル設定が低い場所に出没する……違う…そうだ……私たちの監視が、フィーア・シャッテン1人だけになった理由はなんだった。)
本来、シックスとテトラにあてがわれた護衛兼監視兼世話役の騎士は複数人いた。だが現在においてその役割はフィーア・シャッテン1人のみがになっている。
シックスの封印が安定していること。フィーアが功績によって階級が上がったこと。偽りの報告によってフィーアひとりだけであっても問題ないだろうと勘違いされたこと。それから。
__その後、今より一年前のことであるが王国でとある盗賊団の台頭による“多大なる問題”の発生で、改竄された報告を信じ「フィーア1人でも問題ないだろう」と他の護衛が王国に戻ることになる__
(盗賊団。そうだ。そいつらだ。)
“わたし”は思い出す。記憶の知恵に残るとある悪意の顛末を。
厄災の傷が癒えない混迷した王国の頭を悩ませる厄介な盗賊団による問題解決のために、ほかの騎士たちは王国へと戻る事になる。厄災を封印した子供の護衛と監視の役目を任されるだけあって、元々の実力は認められていた騎士だったから。だって王国は彼彼女たちがしていたこととしていなかったことを知らないから。
(高レベルの強力な魔法動物をテイムして、低レベルの魔法動物たちの生息地に勝手に捨てる。主要都市から離れたあの街みたいな、騎士たちがすぐに助けも来ない、平和ボケした場所にわざと傷つけた状態でテイム契約を破棄して…襲わせて…そこに窃盗を企てる…そういう、マッチポンプの火事場泥棒みたいな盗賊団…)
違法投棄。人間による生態系破壊。
テイムとは魔法による魔法動物との契約だ。ゲームの中じゃテイムしやすいようにダメージを与えたって時間とアイテムを使えば勝手に親密度が上がっていったけれど、ここは現実。生き物と生き物のお話。痛めつけられ弱ったところを無理やり”テイム”なんていう力で縛り付けられ、ろくに手当てもされずに見知らぬ場所へと放棄される。
苛立ち、憎悪、ストレス、悲痛。その近くで、おんなじ種族のいきものが集まった街や村があったら?
(襲わない方が、おかしい。こんな田舎、高レベルの魔法動物なんて数年どころか数十年も出てない、ろくな旨味もないから冒険者だって滅多にいない。護衛役やらがいたって実戦経験も少ない、それこそ…あのサンダーウルフが街に降りたら、あいつらきっと、どうしようもできずに襲われるだけ…そこに盗賊団がやってきたら、もう抵抗もできない…)
この盗賊団の存在はそれこそゲームの物語が始まる前から存在しているが、ゲームの物語には中盤ほどでようやく絡んでくる。エピソードイベント名は”はぐれの動物たち”。このイベントの間だけ魔法動物たちの出現場所のパターンが変化するので、よく覚えている。今はまだ王国の頭を悩ませる程度だが、そのイベント時点では国際指名手配をかけられるほどの巨大な組織に成り果てていたはずだ。
(サンダーウルフが森にいたのは、多分、その盗賊団のせいだとして、でも、だったらなんで”
ゲームの主人公は盗賊団の存在を、このイベントで初めて知る。回想でもそうだったように、サンダーウルフが街を襲ったという事実もない。
(ゲームのフィーアが倒した?可能性はある。シックスが知らないうちに裏側で片付いてた?盗賊団が襲おうとしていた街に、厄災を封じている子供をそのままにしておしまい?騎士のひとりも増やさずに?でも最後までフィーア1人だけになってから補充はなかったって。国に戻ったあのクズが止めた?増やすことを止めるなんて怪しくてたまらないし、この仕事が楽でたまらないってしていたあのグズならむしろ有り難がって戻りたがったりするはず…)
荒い息を整えながら必死に必死に思考を回す。無意識にぎゅっとシックスの手を握りしめていたテトラの手のひらから、ふと、じんわりと冷えた汗が流れた。
(…森の中腹に私たちの小屋があるわけで、このサンダーウルフがいるのは順当に行けば街に近いけど、襲うならもっと近くにある私たちの小屋が一番はじめのはず。サンダーウルフが放逐されたことに気が付いてたならその時点でフィーアが倒すはず。つまりゲームも現実もおんなじで、フィーアはサンダーウルフの存在を知らなかった。ゲームじゃテトラのいなくなった森にシックスは毎日のように行っていた、と、そんな描写があったのに、偶然会わなかった?だったら他に理由がある?…私がいることで、起きなかったことはなんだ?)
・テトラは”わたし”を思い出した
・テトラはシックスを置いて森へと飛び出していかなかった
・テトラは呼び声をあげて妖精を召喚しなかった
・テトラは妖精の力に飲まれかけなかった
・テトラはフィーアに助けを求めた
・テトラはグリムノワールに連れ去られなかった
(テトラが憎らしい、疎ましいとあげた呼び声は妖精だけじゃなくって、グリムノワールの”あの人”も呼び寄せた。まだ骨組み程度しかないグリムノワールは自分たちの”同士”を作るために、”そういう”感情を露発させる人間を探していて、だから、テトラは見つかって連れて行かれた……つまり、“あの人”は元々この森にいたりして、偶然テトラを見つけたワケじゃない…もしも…テトラの呼び声に気がついてこの森にやってきた”あの人”が、順番が先だろうと後だろうと知らないけれど、邪魔だからだとかそんな理由で、たまたま森にいた盗賊団を殺してたら…ゲームの過去であの街に盗賊団が現れなかったことに辻褄が、合う。)
偶然と片付けるよりもよっぽどそちらの想像の方が辻褄が合って、しっくりときた。だってそれならば、”テトラがいる”こととの因果性がしっかり繋がる、繋がってしまうのだ。
(私は呼び声をあげなかった、妖精を呼ばなかった、私を連れていくはずの”あの人”は私の存在なんて知らずに、気づかなかった、現れなかった!だから、盗賊団は計画を実行しようと、サンダーウルフを森に、放った…!)
その途端ゾッと背筋が凍りつく。正直、”テトラがいる”という一点においての影響がこんなにも早く、それも明確な敵意と命の危機を持って訪れるだなんて想像をしていなかったのだ。
(油断した、油断した、油断した!そうだ、”テトラの喪失”っていう主人公にとって重要なフラグを折ってる以上、何がどんなきっかけで起きるかなんてわからない!本来のイベントがゲームが始まってからだとか、そんなの、もうとっくに”わたし”の知る妖精物語じゃなくなってること、わかってた、わかってた、はずなのに!)
「ねぇちゃ…」
ぎゅ。手のひらを握り返されて、テトラの意識が思考の海から浮上する。途端にびりびりとした足の痛みを思い出す。泣き虫なはずの双子の弟は、こういう時ばかり、涙を堪えながらテトラを見つめていた。おんなじはちみつ色の瞳が不安で揺れているその姿に頭の中に冷静が戻っていく。
気がつけばあんなにもけたたましかった花火草の弾ける音はほとんどおさまっていた。
(もう使えそうなもの、何にも残ってない。アオイドリアたったひとつだけ、投げたってもう逆上させるだけ……痛いなぁ、左足、ミスったなぁ…元々テトラは、シックスに比べて体力もないし足だって遅いのに。)
テトラの細い左足には鋭く深い傷がサンダーウルフの爪によってつけられていた。流れる冷や汗は焦りだけのものではあるまい。
小柄で動きも鈍いテトラなんて、たった一噛みでおしまいだ。
(…どれだけ憎らしいと思っていようと、どれほど今まで怠惰に放置していようと、あのひとはシックスを助けざるを得ない。だって
もっと早く”わたし”を思い出していればよかった?
いっそ同情をもっと誘ってやればよかった?
傷口を抉ったのにいっぺんも悪意を込めなければよかった?
もっと上手に兄妹ごっこみたいな関係性を築けるようにすればよかった?
たった1日だけ。ほんの二、三言交わしただけ。わざとらしくトラウマを抉っただけ。治っていない傷をほじくり返しただけ。
所詮”わたし”の知恵があるだけの、魔法も使えないちっぽけな子供の浅知恵。サンダーウルフを格好良く倒してやることも、助けてって誰かに頼れるくらい憎しみを捨てきれもできなくて、小さな手のひらを握りしめて息を潜めることだけで精一杯。
「シックス。…シックス、あのね。」
「ねぇちゃん?」
「…だいすきよ。わたしのシックス。」
それでもあの日決めた。あの日決めた。あの日、それだけは決めた。
可愛くて、大好きで、ほんの少し憎らしくて、結局は愛している
本当ならば、一緒に生きていたいけれど。それでも。どんなに残酷なことだろうと、あなただけは守ると決めた。
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