No.3 RPG主人公の双子の姉に生まれ変わりましたが予想外のイベントが発生しました
_____あの日握りめた手のひらひとつ、それだけで、愛するには十分だった
父親が愛人を作ったことは知っていた。
母親がそれに対抗して外で男を作ったことも知っていた。
父親が愛人に子供を産ませたことも知っていた。
愛人が子供を置いて別の男の元へ行ったことも知っていた。
父親も母親もその子供を放置していたことも知っていた。
使用人たちが子供をこっそりと育てていたことも知っていた。
その子供が女の子であることも知っていた。
ほんの出来心。子供の好奇心と呼ぶにはまるで計画性すらない、出来心。
父親とも母親とも、家族のような振る舞いをしたことがなかったから、見捨てられた子供を大切にする使用人たちの姿がなんだか、不思議で。
母親は父親に憎悪めいた感情を持って、父親は母親に腹以外の関心を持っていなくて。なんとなぁく、自分はかすがいなんかですらない程度の自覚もあったから。だから妹という響きがなんだか甘美に思えてしまうくらい、無条件に愛してもいい家族のように思えたのだ。
かわいい、女の子。自分とおんなじ色をした妹。ぷわぷわでふにゃふにゃした柔らかい感触。
差し出した指を握りしめられて、もう、だめだった。
その日俺には妹ができた。
可愛い、かわいい、大切な妹だった。
あの日妹は厄災が起こした土砂で死んだ。
「シックス、そろそろたべものがすくないから、またもりにいこっか。」
「うん!」
小さな体を精一杯伸ばして右手をぴん!とあげるシックスに、テトラはふにゃりと微笑んだ。シックスは全身で感情を表現するので、もみじみたいな手のひらの小ささや幼さゆえの頭の重たそうな体型もあって、なんだか動きが小動物のように思えるのは身内の贔屓目だろうか。
あの日以来、テトラはもう街に降りる気はなかった。
パン屋のおにーさんは今も街にいる。それこそゲームの物語が始まったって、あの街にいる。テトラの毒のパンを渡した男がいる。悪意を持って殺意を込めた毒に善意を被せたおにーさんは、今もいる。
ゲームの物語で彼はテトラという少女の回想には忌々しくも決して外せはしない人物で、テトラが行方不明になったと知ってからは店を畳み家に引き篭もるようになったという描写があった。もちろんその理由も、感情も、”わたし”は知っているけれど納得はしないし理解もしないし許しもしない。
テトラは行方不明にならず、けれどあの日以来街に降りていないのでパン屋のおにーさんが森の双子についてなんと思っているのかはわからない。
でもひとつだけわかっていることは、シックスは生きているし、これから先だってテトラが守るけれど、第二例は起こりうるってコト。
正直なところ既にテトラは街の人間を信用していない。
(フィーア・シャッテンをこっちに引きずり込めれば、話が早いんだけどなぁ。冬が来る前には、なんとか。)
「ねえちゃん、ぼーしかぶったー!」
「ん?はーい。じゃあカーディガンと、てぶくろもつけてね〜」
「よーいした!」
「はーい。」
大きいツバの麦わら帽子、長袖のカーディガンと手袋は草と虫のかぶれ対策。リュックサックの中にはタオルと小さな薬草図鑑、ひとくちサイズのサンドイッチに冷たいお茶が入った水筒と、それからポケットナイフ。それから採取したものをすぐに入れられるようにと、リュックとは別に首から下げた編みかご。テトラとくせい”冒険スタイル”だ。ちなみに、テトラもおんなじ格好ではあるのだけど、唯一リュックの中に入っている図鑑が山菜と木の実の図鑑であることが違いだ。
並ぶとやはり2人は双子なだけあってよく似ていた。
母親に似たグレージュ色の癖っ毛、父親に似たはちみつ色の瞳。まだどちらも性別特有の違いも表面では少なく、身長もほとんど同じなので、おんなじ格好と髪型でもすれば「どっちがどっちだ!」なんてクイズでもできてしまいそうだ。両親が生きていたらそんな悪戯をするコトだってあったかも、なんて。
「シックスいつものおやくそく、わすれてなぁい?」
「うんっ、えっとね。ないふつかうときはきをつけるのと、どーぶつさんにはきをつける!」
「うん、うん。」
「えーっと…あつくてくらくらするときはねえちゃんにいうのと、しらないたべものはいちばんにさわらない!」
「だいせいかぁい。それじゃーね、いくぞぉ!」
「おぉー!」
仲良く手を繋いで森へと入っていく小さな後ろ姿を、陰に潜む青年はじっと見つめていた。
王国の南端、”ブルーローズの森”と呼ばれる森は俗に言う恵みの森だ。山菜、薬草、木の実などといった資源が豊富な上凶暴、高レベルの魔法動物なども生息しない、まさに子供だけで採取散策をするにうってつけの、所謂”始まりの森”でもある。その森の中腹にテトラとシックスの小屋はあった。
慣れた森ではあるが2人はそれでも念のため、迷わないようにとリボンを木に結んでは進んでいく。
意気揚々にと腕を振ってあちこちに視線を彷徨わせるシックスは、封印が幼い体に影響して体調を日常的に崩す。食糧だって足りておらず年不相応に痩せているし幼い見た目をしているが、その割に力の強さや足の速さ、体力といった身体能力は高かった。少なくともテトラよりは断然と、恐らく恵まれた街の同世代の子供よりも。体調を崩すのが封印の副作用であるのならば、身体能力の高さは妖精の恩恵だろう。
そういえばゲーム開始時、初期パラメーターが他キャラクターよりも随分と低かったとはいえ学園に通って授業についていけるだけの能力があったことを思い出した。主人公補正などといって仕舞えばメタ的にそれまでで、でも確かに、妖精の恩恵であったのだろう。
体調を崩しさえしなければ、よっぽどテトラよりも体が強いのだ。だからと言って、石を投げられれば血を流すけどね。なんて。
「ねぇちゃんみて!はなびぐさと、ぐれいりーふと、あ!あと、あおいどりあもあった!えへへ、かごいっぱいなったぁ」
「すごい、すごいねシックス。はなびぐさあふれちゃってるから、わたしのかごにいれよっか。ふふ、いっぱいだね。…あれ?もう、シックス、ほほにどろがついちゃってるよぅ」
「とってぇ」
きゃらきゃらとはしゃぐシックスにテトラの顔が綻ぶ。シックスの笑顔を見るとほっと気が抜けるのだ。あの毒入りパン事件の時では随分と心配させてしまったから、なんにもない日常みたいな瞬間を楽しむシックスの姿はテトラのトゲトゲした感情を落ち着かせる。
”わたし”が思うに、シックスは6歳にしてはどことなく幼児然としている。別にそれが悪いことだとかそう言うわけはなくって客観的に、というだけ。
だって当然なのだ。もっともっと幼いときにいた「おかあさん」の顔を写真以外で2人がもうほとんど覚えていない、それはつまり、そこからずっとふたりぼっちの子供だけで生きていた。手本になる大人はいない。見本になる大人はいない。いるのは罵詈雑言と暴力を与えてくる”恐怖”だけ。
生きているだけで精一杯。食べられるものと食べられないものの違いだけを頭に詰め込むのは勉強じゃなくって生存活動だ。
子供特有のわがままや無邪気さすらなりを顰めることを幸いと思ってしまう程度には悪質な環境。テトラも、シックスも、幼くったって理解していた。なんにも知らなくたってわかっていた。”ねぇちゃん”なんてただの呼び名だ。確かにテトラはしっかりとした子供ではあったけど子供で、無条件に守って欲しい大人なんかじゃない、大切な片割れってこと。
「ねぇちゃん」
「どしたの?」
少し照れくさそうに体を揺らしたシックスがテトラの服の裾を掴む。そっと上目遣いをしながらお腹を抑える姿に、あるはずないうりゅうりゅとしたエフェクトが星を散らした気がした。
「おなか、すいたぁ…」
「…ふは。ふふ、ふふふ、そんなはずかしからなくたって。でも、そうだね、じゃあごはんに」
しよっか。と、後に続くはずの言葉が続くことがなかった。
不気味に木々が揺れ、ちいさな動物たちが蜘蛛の子を散らしたようにたちまちと幼い2人の姿なんて見えていないかのような勢いで逃げていく。風の音に紛れた唸り声。木々の密集した、2人が今は見えないその先に”なにか”がいる、肌をなぞって頭の中に響き渡るのは根拠のない警戒。シックスを後ろ手に庇ったのは無意識だ。
____ブルーローズの森は俗に言う恵みの森だ。山菜、薬草、木の実などといった資源が豊富な上凶暴、高レベルの魔法動物なども生息しない、まさに子供だけで採取散策をするにうってつけの、所謂”始まりの森”でもある。何せ、いちばん初めに”主人公が住んでいた森”だ。レベル設定は一番高くたって2桁にいくかどうか、そもそもシンボルエンカウントの出現率も低く設けられてどちらかといえば素材採取に重きを置いたエリアの、はずだ。
ただメタ的要因を除いて、森に高レベルの魔法動物が存在しない意味も、森の中腹の小屋で安心に暮らせる意味も、ついでに街の人間が森の中腹にまで来ない意味も、これできちんとあるのだが今は別の話。
兎に角、ブルーローズの森はそういうエリアのはず。はず。そう。はずなのだ。本来、ならば。
「は?なんで。」
テトラの呆然としたつぶやきが地面に落ちた。
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