No.2-3 RPG主人公の生き別れる筈の姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったのでまずは味方を作ります


“フィーア・シャッテン”というキャラクターはゲーム序盤、最初に遭遇する“敵”のキャラクター。王国の騎士に教えられた主人公に封じられた厄災へ明確な憎悪を持って危害を加えようとする人物。


そもそもの憎悪の始まりは彼が義理の妹を厄災によって失ったことであった。


たった1人の大切な家族である妹を厄災によって奪われたフィーアは、その後、子供の護衛任務を与えられる。騎士として。あろうことか厄災を封じた子供を。

王国は知らなかった。彼が妹を厄災に奪われたこと。さしもの身内を奪われたものに任務を振るほど王国が厄災の被害を軽視ししていたわけではあるまい。

彼の妹は義理と言っても、俗にいう妾。愛人の子供。その出自は家によって揉み消され、使用人の子として育てられたほど。家の中の世界は外から見れば宇宙ほどわからないとはよく言ったもので、“妹”という存在は彼の家の中だけで完結していたのだ。


拒否することは、多分出来たのだろう。それでもしなかった。フィーアは引き受けてしまった。


シックスは厄災の封じ子として優秀ではあったが、しかしその器は未熟で幼い。封印の影響で度々熱を出すほどだ。双子の母が生きていた時も、死んだ後も、テトラとシックスが引き剥がされることがなかったのは幼いシックスの精神の安定のため、突き止めてしまえば封印の安定のためだ。


シックスのそばにはテトラがいた。テトラ。双子の姉。幼い少女。つんと尖った瞳を妹に似ていると思ってしまって、だめだった。

テトラという少女に妹の影を重ねた。フィーアが妹のことに口を噤んで任務を引き受けた理由はたったそれだけ。


そうして引き受けた任務を彼が完遂することは、ないのだけど。

同調圧力、流された、言い訳だが事実でもある。報酬に釣られ任務を引き受けた護衛の複数人が怠慢を覚えてしまって、とうとう改竄やら悪性の温床の楽な任務と成り果てた。その後、今より一年前のことであるが王国でとある盗賊団の台頭による“多大なる問題”の発生で、改竄された報告を信じ「フィーア1人でも問題ないだろう」と他の護衛が王国に戻ることになる。


1人になったって、シックスと厄災を同一視したフィーアの憎悪で曇った瞳は双子に降りかかる悪意を当然の報いと、ただ見つめるだけ。


_____それでも妹の影を重ねてしまった少女を、毒を喰み血を吐くテトラをせせら笑って放置してやるほど外道にはなれなかった。


今までのように無視すればよかった。石を投げられていたあの時のように。街の子供に髪を引っ張られていたあの時のように。例え死んだって、それを誤魔化してやれるほどフィーアの手は“そういったこと”の改竄は慣れているのに。

駆けつけることすらできなかった妹の最後への未練が小屋の前にグレイリーフを置かせた。


ゲームの物語ではグレイリーフで一命を取り留めたテトラは、目を覚ましたのち、耐えられなくなって小屋を飛び出しフィーアの目の前で姿を消す。

妖精を呼び寄せるほどの憎悪が、最後の慟哭が、怖いと泣き叫びながらも決して手を伸ばすことのなかった諦めが、フィーアの心に深い感情を植え付けたのは想像に難くない。


覆水盆に返らず。後悔。絶望?

散々見て無ぬふりをした幼い少女の悲鳴を、最後になってようやく理解してからの彼は目も当てられなかったが、テトラを失った後のゲームの主人公シックスほどではない。その姿は決して、厄災などといってやれるような何をしたって大丈夫なものなんかではなかった。


自分はとんでもないことをしていた。気がつくにはいささか、遅過ぎる。けれど気がついてしまったから、腹の底から溢れる悍ましいまでの罪悪感は彼の首を締め続けた。


この罪悪感はゲームの本編が始まるまで、晴らされることはない。

王国の騎士が現れるまで、シックスはずっと1人で生きていた。それは即ち、フィーアはやはり世話役の任務は放棄していたということだ。しかし世話役を含んだ護衛の任務はフィーア・シャッテン以降変わることはない。


フィーアは自分の罪を黙秘し続けた。罪悪感に身を焦がす男に自己防衛の詐称など最早行えまいが、それでも黙秘するしかなかったのは彼の属する隊の長であり任務の前任者である男が起因する。


(…あぁ、嫌なシーンを思い出した。げらげら笑って私たちを嘲笑うあの男。そもそもの元凶はあいつだ。あいつが余計なことをしなければ、私たち、もっと人間として扱われた)

テトラを失踪させた責任はフィーアにある。それに関する聴取という名目で彼を呼び寄せたその男は、フィーアの様子が変わったことに気がつく。罪悪感に身を焦がす彼の様子を見て男は大層慌てたことだろう。


フィーアの罪はフィーアの罪だがフィーアだけの罪ではない。フィーアが裁かれるということは、今まで双子を放置し任務を怠慢した護衛騎士全てが処されることを意味する。

憔悴したフィーアに魔法をかけるのは容易いことだっただろう。挙句彼はすっかりテトラという存在を引き合いに出せば精神が虚弱になるようになっていた。だから、街の人間がシックスに厄災が封じられていることを他者に伝えることが出来なくなったように、フィーアもまた、自分の罪を告白することが出来なくなった。


(シックスに対して罪悪感を覚えた。自分のしていることがどれほど、悍ましい行いを理解した。空回りした憎悪の成れの果てを客観視して、しまった。テトラの悲痛を突きつけられたから…だから、つけ込まれた。)

彼の人生の全ては知らない。けれど彼は後、ゲームの序盤にて現れる王国騎士と入れ替わりに国へと戻ると今までの功績を逆手にとって、王国の後ろ暗い業務を担う暗部の首領へと成り上がる。


そしてその権限を悪用し、ゲーム序章のクライマックス、最初の敵キャラにして人の形をしたボスエネミーとして現れるのだ。それら全てを言葉にするなら自己満足だ、と。彼自身の独白にて語られている。


〔あぁこれは何もかも自己満足。〕


〔自分自身のこの呪いを解くには何もかもが足りない。心は腐り魔力も劣る俺はこんなちっぽけな口封じですら解けない。それでも…これから国へと旅立つ君は、知っていなければならない。君の不幸は全て俺のせいだと。君がそうだったからではないのだと、知らなければならない。〕


〔そして私服を肥やすあの男を引き摺り落とす。罪人と成り果てたこの身にかかった口封じを、罪人の身であることを利用して国に解かせる。君たちを悪辣に扱った騎士もどき総じてに罪を突きつける。それだけしかできない。何もできず自己満足だけを残す俺はなんと無様なことだろう。されど騎士など呼ばれる資格もとうにない俺にはお似合いという言葉すら思い上がりだ。〕


イベント戦闘が終わればフィーア・シャッテンという敵は敗れ、犯罪者として拘束される。罪人となったことを逆に利用し、自分では解くことのできなかった口を封じる呪いの魔法を国に解かせる。王国は初めてシックスが、その時には既に失われたテトラが、王の望みとは真逆の環境に置かれていたことを知る。


_____彼はテトラの悲鳴を唯一知っていた。その悲鳴に、憎悪に、慟哭に、叫びに後悔を抱き、謝ることさえ許されないシックスへの自己満足のために生きて、犯罪者にまで身をやつした。


この人は“そのため”になればそういうことができる。

この人は”そのため”になれば罪人になることすら厭わない。

この人は。この人ならば。



(この人なら、取り込める。)



_____子供でふたりぼっち。街の大人は頼れない。頼りたくない。シックスとテトラには無条件でなくたっていいから、庇護してくれるまっとうな大人が必要だ。


どれだけ性格が悪いと言われたって結構。構わない。“わたし”は所詮記憶だけ、テトラは幼い子供で、なんの力もない。知識があっても魔法は使えないし、所詮ゲームとリアルの境溝は大きい。生活費を切り詰めて貯めた微かな資金では本棚一列も埋めれない。


ゲームの物語が始まって明かされるシックスのパラメータを思い出す。今から育成するのだと考えても、大器晩成型だと捉えても、他キャラクターと比べて著しくシックスのパラメーターは低い。

システム的メタの育成要素といえばそう。じっくりと手をかけて自分好みのパラメータに育てることができる代表格がシックスで、どうしたって性格特有の尖った性能をもつ他キャラクターよりも汎用的。


(設定…なんて言い方は嫌だけど、その理由はシックスがたった1人で生きていたから。…そうに決まってる。だってたった1人でその日暮らし、街に降りてもまともに買い物だってできず、熱にうなされたって自分で薬草を齧ってベットにこもるだけ。お母さんが残してくれたものだって限りある。知識も、学習も、生きるためだけにしか時間を使えない。そもそも文字からして、教えてくれる大人もそばにいない。そんなシックスがどうやって“自分で強く”なれる?)


シックスは必ず未来において戦いに身を投じる。それは、ゲームの強制力とかそういうものを抜きにしたって、シックスの中に厄災が封印されている以上避けることはできない。


(…そもそもテトラがイレギュラーだ。だからこれから先、ゲームの本編がどういうかたちでねじくれるかなんてわからない。それでも、シックスの中に厄災妖精が封じられている以上味方が欲しい。あの…天才児くんのような…味方が欲しい。だから…どんなに非道でも、傷口を無理矢理開く行いでも、シックスのことは私が守る。守るんだ。)


「なぜ、それを。厄災のことを…」

全てを知らないまま迫害されていたなんて勘違いだ。目を見開くフィーアを気遣ってやるほど、テトラは彼への情を抱いていない。


「まえにいたきしのひとがはなしてた。わらってた。ねぇ。わたしたち…どうしたってつみだった?うまれてくること、そんなにわるいことだった?ねぇ…おにいちゃんも、そう、だった?」


____さぁ思い出せ、思い出してしまえ。

妾の子供として生まれただけの少女を。父親の愛人の子供としてまるで”罪”みたいにと存在を隠して育てられた妹を。使用人の”誰かしら”の娘として書き換えられた子供を。たった1人、フィーアだけが家族として扱った、そのために騎士になった妹の存在を。


(生まれたその時から、生まれなければよかったとばかりに存在を疎まれたあなたの妹を、それでも愛して過ごした日々の幸福を、そうして失われた”傷”を”わたし”は知っている。あなたの妹への、確かな愛を。あなたは結局、シックスを人間として見た。例え始まりはテトラへの罪悪感で罪滅ぼし、シックスの世話役の名前を後悔から放棄したって、あなたは。あなたはシックスの苛まれた日々が、シックスのせいではないのだと伝えるためだけに生きた。)


「ただしあわせに、なりたいの。ただふつうに、あたりまえにいきて、いたいの。そんなことすら、おもっちゃだめ?ばけものなんかじゃ、ないよ。わたしも、シックスも。ただなきむしで、ちょっとからだのよわいわたしのたいせつなかぞくのこと、たいせつにすることも、ゆるされない?」


その傷につけ込んであなたをこちらに連れて行く。

優しいあなたは小さなぬくもりの指ひとつ、絆されればもう切り捨てることなんてできやしない。


テトラはわかって、フィーアの傷を刺激した。妹を思い出させる言葉を使った。

この瞬間、テトラは紛れもなく1番の悪女だった。


「……っ!」


どろりと青年のシルエットが崩れる。言葉の代わりに悲鳴の鳴り損ないみたいな息がひとつ、瞬きの前にフィーアの姿は影に溶けて消えた。

現れた時のように、あるいは違った方法で、突き止めれば彼の妖精魔法によってどちらかにへと消えたのだろう。


(まぁ……そう、だよね。そんなすぐに、切り替えたりなんてできるわけ、ないか。)

そんなすぐに切り替えることができなかったからこそ、ゲーム本編でだって彼は敵キャラクターとして現れたのだから。


(あなたは優しいから、テトラの言葉を無視できない。……毒を盛られたのは、あなたの方かもね。)

解毒の薬草のお返しにしては、随分”仇”じみている。自分への嘲笑を含めてフィーアがいた影に視線をやる。


その時ガタガタと物音が響いた。最初は小さく、徐々に何かをひっくり返したり動かしたりしているように大きくなっていって、恐る恐ると小屋の扉が開かれる。開けたのは当然シックスで、蜂蜜色の瞳は微睡にとろけて足をふらつかせながらもテトラを見つけると安心したのか「ねーぇちゃ」と舌足らずにテトラを呼んだ。


「な、で、おそといるのぉ」

「おきちゃったの?ごめんね。」

「んーん……」

寝ぼけながらもテトラにぎゅうと抱きつくシックスを抱きしめ返すと、突然体が緩んでいく。気持ちごと張り詰めていたことに、そうしてようやく初めて気がついた。


フィーア・シャッテン。ゲームでよぅくと知っていた、幾度も繰り返した物語の初めに出会うキャラクター。ゲームの回想、DLC、ファンブック、その人となりは知っていて、彼の過去なんてすらすらと思い出せる。それでもテトラにとって、今まで自分を見捨てていた人間、初めて接触した、敵になりうる人。

例え善人になりうるきっかけを持っていたとしても、性根は腐っておらずただ巡り合わせが悪かっただけだと”わたし”が知っているキャラクターでも、正しく悪意を持って双子を見ていた人間。


__それでも”わたし”が一番初めに引き込もうと、味方にしようとおもったひと。

キャラクターとか、そんな感情論を抜きにしたって味方になればゲームの物語が始まるまでの間、どれだけの恩恵があるかと打算を込めて。


(………私って実は、役者だったんだね。あは。)


「ねぇちゃ…?」

「ん、ごめんね。めがさめちゃったから、ちょっとおつきさまみてた。」

「……もう、いたいとこない?」

「うん!シックスのくれたくすりのおかげでばっちり!」

ぎゅっと抱きしめれば、眠たいせいもあってかいつもよりもぬくもりは暖かくて、だから何だか、泣きそうになるくらい安心する。


「そうだ、シックス。なんだか、よるにめがさめちゃったからさ。きょうはちょっととくべつしよ。」

「…?」

「ここあいれちゃおう、はちみつもいれて。あとまえにつくったシュトーレンののこりも!いっしょにえほんもよんだげるね。」

「そ、そんなぜーたくいいの!?やったぁ…!ねぇちゃん、はやく、はやくっ」

「ふは、じゃあシックスにはどのえほんにするか、きめてもらおっかな。」

「わーい!」

微睡にとろけていたはずの蜂蜜色の瞳が一気に覚醒して、ぴょんこと飛び跳ねながら小屋へと走っていく姿はやっぱりとても愛おしくてたまらないから。


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