No.2-2 RPG主人公の生き別れる筈の姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったのでまずは味方を作ります
「どうして……俺がここにいると気が付いていた?」
「べつに、どうせそのへんだろうとおもってただけです。」
小屋の影から這い出た一本の夜のように細長い体躯、全身を暗がりに溶け込むような様相で包んだ青年にテトラは冷たく返した。
〔それは突然のことだった。シックスの影から男が飛び出したのだ。
男はまるで一本の夜のような姿をしていた。殺意に濡れた瞳で睨め付けながら、その刃を突きつける。
「随分と、ああ、久しぶりに感じる。お前さえいなければ。お前さえ、お前さえ、お前さえいなければ!お前だ、お前だ、お前が、全ての元凶だぁあ!!」
冷たく張り詰めた声色は徐々に苛立ちを含ませ、最後の方には叫び散らすようになっている。聞きなれた言葉。シックスを化け物だと断言するのは紛れもない敵意、黒色の様相から覗くバイオレットの瞳は確かにシックスを憎悪に映していた。〕
妖精物語序盤、最も最初に明確な”敵キャラ”として登場する男。後の世で表には出せない任を担う暗部を取り仕切る首領となる、王国所属の騎士。”返らずの叢雲”フィーア・シャッテン。
ゲームにおける彼の登場はシックスが自分自身の境遇を知った後。本来ならば、もっとずっと先に出会うはずの相手。けれど”本当”ならばフィーアはもっとずっと前に出会っていなければならない”大人”。
フィーア・シャッテンは国王から指示を受け森に派遣されている。何の指示を、と問うだけ無駄だ。彼はその指示を、任務を、一度だって果たしていない。
シックスとテトラ、ふたりぼっちの子供を生み出したひとり。護衛も世話役も何もかも放り投げてせせら笑うような監視だけ行なっていた1人、だからテトラは彼を睨みつける瞳を和らげることはない。
「いつから……いや…言う気はなさそうだな…」
「……」
「その………大丈夫、なのか。」
小屋の影に佇むせいでフィーアの顔はテトラから見えない。けれど、声色に確かに心配を滲ませるそれにテトラの心は寧ろ逆撫でられた。
何を今更。今までずっと無視してきたくせに。吐き捨ててやりたくなったのは私で”わたし”でわたしだ。
シックスが高熱にうなされていた時。テトラが街で子供に石を投げつけられた時。街の大人に食べ物を売ってもらえなかった時。森で採取した薬草を2人で齧って過ごした時。
大丈夫じゃないと言えばどうなった。泣き叫んだらどうなった。助けを叫んだら助けてくれた?
大丈夫なんかじゃなかった。ずっと。ずっと。ずっとずっとずっと大丈夫なんかじゃなかったわたしたちを化け物たちなんだから”大丈夫”と放置していたのは誰の怠慢だ。
_____きっとこのまま罵声を浴びせて、憎悪を叫んで、悲痛に嘆いてしまったらいい。そうする権利がきっとテトラにはある。少しばかりは胸が空いて、スカッとするだろう。
けれどあの日決めた。“わたし”の決意、自分の何もかも飲み込んでそのためにだけに生きるときめた。何をしたってどんなことをしたって、そのために。
「…シックスがもってきたやくそうは、どくをちょうわしてくれるどくけしのくすりになる。けど、そのべつめいはこかげそう。めずらしいわけじゃないし、もりのおくなんかではえてるけど…すくなくとも、さえぎるものがなんきもないいえのまえにあるなんて、ありえない。」
月光が降り注ぐ小屋の前、遮るものなど何もないそこにシックスは確かに”あった”と言った。テトラが血を吐いて意識すら朦朧とさせていた時に森の奥深くまで実際にあるかも定かではない薬草を探しに行ったとは考えられない。
“グレイリーフ”
様々な場所で広く群生し最も流通されている薬草
比較的栽培もさせやすい一般的なものではあるが日光を含めた光に弱く影でしか生息できない、そのため自然では木々の密集した森中の木陰などに生えており、この特性から別名では木陰草とも呼ばれている
毒を調和させる効能があり、すり潰して水に溶かすだけで解毒作用のある薬になる
珍しい薬草ではない。それこそ、始まりの街の道具屋で安値で販売しているくらいポピュラーなもの。けれど小屋の前で
「……たすけてくれたこと、ありがとう。かんしゃしてる。でも…ねぇ、じゃあどうして?どうしていままで、シックスのときはたすけてくれなかったの」
テトラの命を助けたのはフィーアが小屋の前に置いたグレイリーフのお陰だ。それでも納得なんてできなかった。命の危機があったからだけでは、到底納得なんてできなかった。
シックスの幼体には厄災を封じている影響が表面に露発しやすく、度々高熱でうなされることが多かった。勿論高熱で苦しみに喘ぐシックスを必死に看病していたのはテトラだ。街に降りて罵声を浴びせられながら薬を買いにいったこともあった。石を投げられるだけ投げられて薬を売ってくれなかったこともあった。そもそもお金がなくて熱を下げる薬草を探し森の中を彷徨ったこともあった。”わたし”なんて覚えていない、ただの子供だったはずのテトラは文句も言わずにただ”愛”だけでそれを成した。
シックスの看病をしていたことを恨めしく思ったこと、なかったなんて言えない。ただしそれは、体を崩しやすいシックスになんかではない。
どうして誰も助けてくれないんだろう、どうして私ばっかり。なんで私はこんなに苦しい思いをしてるんだろう。
_____テトラはずっと誰かに助けて欲しかった。でも。誰も助けてくれなかった。双子の弟がずっと譫言のように「ごめんね」「ごめんね、ねえちゃん」と言うのを聞きながらお粥を作る日々は惨めにも覚えた。
ずっとずっとシックスは悪くなかった。でも。テトラだって悪くなかったはずだ。
「アレは毒を食んでない。そもそも、勝手に治るだろ。」
「アレじゃない!」
テトラは必死に取り繕っていた冷静を殴り捨て怒鳴り声を上げる。
確かにシックスは、封印の影響で体調を崩しやすい一方で契約の恩恵を確かに受けている。それは傷の治りやすさだったり、年や環境不相応に力が強かったり、身体能力が高かったり。けれど痛みを感じないわけでもなければ、高熱で頭が茹る苦しみを感じないわけじゃない。
「わたしのたいせつなおとうとよ!シックスって、おとうさんとおかあさんがつけてくれたなまえもある!」
大好きで大切でほんの少し憎らしくて、でも結局愛している弟を”アレ”などと呼ばれた挙句、放っておいてもなんでもいいもののように扱われて許せるわけもない。睨め付けるテトラにフィーアの影が激情のままぶわりと膨れ上がる。
「君は知らない…知らないからだ!あの化け物の正体を、あれが引き起こした厄災を、アレが殺した、悍ましい罪を!」
「シックスのなかにやくさいがふうじられてることなんてとっくにしってる!」
フィーアは驚きに言葉を詰まらせた。
”わたし”だけではない。本当はテトラも知っていた。知らなかったのは正しいことだけ。
張本人であるシックスすら15歳を迎え、王国騎士から話を聞くまで知らなかった事実。自分たちを放棄した騎士のひとりがゲラゲラと笑って街の大人に話しているのを、本当に偶然聞いてしまったその時から知っていた。勿論テトラは幼いながらに賢いが、全てを理解できていたわけではないけれど、でも、ずっと、ずっと、知っていた。わかっていた。
それでも愛していたから一緒にいた。幸福だと思えていた。けれど愛だけで幸福になれなかった。甘くて苦いパンの味に血を吐いて、もう耐えられなかった。
〔『ぜんぶぜんぶあんたのばけもののせいよ!』
叫び声をあげて小屋から飛び出した少女を追う影が一つあった。
森の奥、わんわんと泣きじゃくる少女は草葉を踏む足音に顔を挙げるとその影を睨みつけた。はちみつ色の瞳は子供らしからぬ怒りや憎悪を滲ませている。
「なに…なによっ、いままで、いままでずっとずっとなんにもしてくれなかったくせにいまさらでてこないでよ!」
「!……気が、ついていたのか。」
影は男だった。バイオレットの瞳が見開かれる。その顔すら少女にとっては神経を逆撫でするばかり。
「あなたのことなんてしらないわ、でも、いっしょでしょ、みんないっしょ…まえにいたひとはわらってた、たのしそうだったわ、いいわよね、わたしたちのことむししてるだけでおかねがもらえるんでしょ!」
「それ、は」
青年は言葉を詰まらせた。言い返すことなど何もできはせず黙りこくる青年に、少女はさらに叫んだ。
「そんなにあの子のなかにいるばけものがにくいわけっ。たおせないから、いしをなげてあざわらうのが、そんなにたのしいの!あの子はなんにもしてないのに!なんにもしてないできないこどもをいじめるのって、そんなにたのしいの!どっかにいって、どっかいけぇっ!どうせ……わたしたちのこと、なんにもしてくれないくせに……!たすけてくれないならほうっておいてよぉっ!」
森の様子がざわめく。まるで少女の叫びに連動するように木の葉が揺れ、怪しげな風が少女を中心に吹き荒れる。
「なんだ?何か…何か様子がおかしい!一度ここから…」
「うるさい!あの子がねつでくるしんでるときも、わたしたちがいしをなげられたときも、くすりをうってくれなかったときも、ずっとずっとずっとずっとなんにもしてくれなかったくせに、いまさらしんぱいしたふりしていいひとぶらないで!わたしたちのこどくはあんたたちのせいよ…みんな、みんな、みんなだいっきらい!」
泣き叫ぶ少女の悲痛な叫びは、大人たちが寄ってたかって虐げた子供の正しい悲鳴だ。
____その悲鳴は憎悪と共に呼び声となり、大樹のうろから妖精を呼び寄せた。
少女の感情に寄り添い現れた妖精は契約と共に彼女に魔法の力を与えた。しかし、幼く感情を暴走させる少女がその力を早速使いこなせるわけがない。
「え、あ、うう。うぅぅ」
「まずい、しっかりと気を保つんだ…妖精に飲み込まれるぞ!」
「う、うぅ、うあ、うるさいぃ…!」
少女は小さな腕をぶん、ぶん、と振り回す。頭の中に何重もの誰かの声が低く響いて痛みと苦しみにうずくまった。青年は少女に手を伸ばすが弾かれる。
そのとき、ぞろりと背筋に冷たい風が走った。
【おいで、おいで、私と一緒にこちらにおいで、憎らしい全てを殺し尽くすその術を君に与えてあげる】
金切音にも似た不快な声がどこからともなく響く。びしりと空中に走った亀裂から死者のような手が複数現れ、少女の体を掴むと引き摺り込もうとした。
「え……あ…い、いや……なにこれ、ひぃっ、きゃあああああああ!!!」
「テトラ・インヘリット!!」
青年が伸ばした手を、けれど少女は掴むことはなかった。
亀裂に飲み込まれる恐怖に叫びながら、それでも少女は決して青年を信頼などしなかった。助けてすら言わず、手のひらを伸ばすことすら厭んだ少女の悲鳴は確かに青年に傷を植え付けた。
傷は確かに膿んで、青年の体を蝕んでいく。
罪悪感と後悔、未練、自業自得の果てに青年はその傷に徐々に心を病んでいく。〕
_____そうして心が病んだ果てに、空回りした憎悪は罪悪感と成り、彼の人生は転落する。
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