No.1-2 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったので生き別れてなんてやりません



今より5年前。ゲーム開始時で言えば15年前。

厄災が現れた。それも、世界をひっくり返すほどの大厄災。


強大な魔力と強力な魔法を正しく悪意を持って降り注がせて甚大な被害を齎したそれは、恐怖と悲劇を一通りの生き物に与えた果てに、とある王国の某最強騎士によって討伐された。それでめでたしめでたし、と終わればよかったのだけれども。

魔王だなどと呼ばれたそれは元はただのニンゲンであり、すなわち、妖精と契約を交わしていた。この契約が、契約を交わしていた妖精こそが問題となる。問題。どころか大問題!


妖精が人間と契約を交わすのは器を得るためだ。契約を交わし魔法の力を与える代わりに、その人間の内側にて器を共有する。簡単に言い切って仕舞えば、体の内側で行動を共にし、人生を見、そしてごく稀に意識を共有する運命共同体のようなものだ。

何せ妖精は通常であれば器がなく大樹のうろから出ることもできない。それはつまり、世界の何もかもを見ることは愚か、聞くことも触れることも何もなく魔法という概念的形でしか存在できないと言うこと。人間にとってもそうであるように、妖精にとってもこの契約は非常に有用なものであった。


そして、すなわち契約者である人間が死亡した瞬間妖精は再度形を失う。妖精にとっての一度の死である。これは当然の摂理で、妖精は契約ありきで大樹のうろより星の表側へ呼ばれ、人間と器を共有し存在している。最終的にただの魔力と溶けて人間の死体が土に還るように、妖精の存在は魔力として世界へと、星の巡りへと循環される。そういう自然の摂理を持つ。


だが魔王と呼ばれたそれの契約妖精は、すでに妖精ではない別の何かへと成り果てていた。魔王と呼ばれた人間の感情に汚染されていたのか、同調したのか、はたまた最初から逆だったのか、もはや理由はわかるまい。過程など既に重要でもない。齎された結果だけが全てだ。


それは魔王の死後、本来ならば今を生きている人間との契約がなければ存在し得ない形をもち、妖精は厄災へと姿を変えた。


恐怖だ。魔王を討伐したと世界はハッピーエンドに向かうはずだったのに、その死体から這い出てきたのが、魔王よりもさらに手の負えない正しく厄災だったのだから。

グリム恐ろしきなどと名前をつけられた厄災はとうとう討伐が叶わず、条件の合ったというだけの当時生まれたばかりのとある赤子に封印され、世界はひとまずの平穏をようやく掴み取ることとなる。




その赤子の名前を、シックス・インヘリットと云う。

すなわち後に王国騎士によって告げられるシックスの中にいる契約妖精の正体。今この瞬間にもテトラの双子の弟の腹の中には”厄災”が眠っているのだ。




この事実は、本来の子供ならば妖精と契約する15歳をシックスが迎えるまで本人を含め秘匿される運びとなる。回想によって語られる国王の言い分曰く、厄災の封印子などとは関係なく普通の人間として暮らせるようにという配慮だった。護衛をつけさせ、国の外れにある母親の故郷の街で、国王の身分すら責任の天秤においてまで。


けれど、人間全てがそんなに”できた”人間だったならきっと魔王なんて生まれなかったし、戦争なんて起きていない。


厄災を宿した・・・子供を街の人間も、誰も受け入れはしなかった。封印されているんだよ、なんて側から見れば一緒だ。大人が受け入れなければ、口をつぐんでいたって子供だって同じことをしていいと判断する。


そうしてシックスと、その双子の姉であるテトラは街を囲む森の木造小屋でたった2人。愛してくれた親はすでに死に、頼れる筈の大人からは化け物扱い、子供達からは石を投げられる。

繰り返し苛まれる日々で絶えない生傷を負って、ゴミ箱をひっくり返しては街の人間の”おこぼれ”をもらうばかり。それでも2人、互いが魂の片割れとして寄り添いあって生きてきた。何も知らない、知りもしない、勝手に押し付けられた罪の仕返しとばかりに踏み躙られて。



Q.では。物語が開始した時点でシックスは森小屋で1人で生きていた?

Q.では。物語中盤でテトラはアノンとして現れた?

Q.では。なぜふたりぼっちの双子は生き別れの敵になった?



テトラはシックスの双子の姉で、家族で、その日まで確かに魂の片割れだった。しかし忘れてはならない。テトラの中には、妖精はいない。テトラは厄災の封じ子ではない。ほんの少し年不相応に賢くて、要領が良くて、記憶力がよかっただけの子供。


ゲームにおいて、シックスは幼少期体が弱かったと語っている。のちにそれは元々小さい子供の体に封印が大きく影響していたとされ、挙句日々まともな生活をできていなかったこともあって熱を出しやすかったのだろう。

ふたりぼっちの小屋で熱を出したシックスを看病したのは?食事を用意したのは?

いくら平和な、ゲームにおける始まりの街の周りの森とはいえ子供の身で満足のいく自給自足なんてできるわけもない。熱を出したならば薬だっている。そうなれば街に降りるのはテトラしかいない。


例えテトラ自身は何もなくても、テトラの片割れは厄災を宿した・・・子供だ。

きっと当時のテトラはシックスよりも自分たちの立場をちゃんと理解していた。知らなくたって理解した。それでも、辛く立って悲しくたって恨めしくたって双子の弟のことを嫌いだったわけではなかったから、熱でうなされる弟のためにと街に降りて薬を買いに行くことだって、した。


(そうして石を投げられて、虫みたいなものを見る目で見られて、たべものも、ろくにちゃんとかえなくて。お金を出したって、お前なんかに売るものなんかないとか、言われたこともあって。店の商品を見ることすら砂をかけられて。正規の価格で物を売ってくれたことなんてほとんどない。)


テトラ・インヘリットは本来今日死ぬ。今日死ぬはずだった。命が尽きるとか、そう云う意味ではない、でも正しく今日死ぬはずだった。

街にあるパン屋のおにーさんはいつも、テトラに優しくて、優しくしてくれたから。だからテトラは街に降りるたび彼だけは信頼してしまった・・・・


(いつもシックスのために偉いねと、大人が子供を当然に可愛がるみたいな顔で渡されたぱん。ひとつだけじゃなくて、ふたつ。この人はシックスのことも考えてくれてるんだなんて思ってしまった。)

シックスと一緒に食べようと思った。だから持ち帰った。優しい優しいおにーさんがくれたふわふわのパン。


そのパンは甘くて、苦い、毒の味がした。



(おにーさんは、さいしょから、このつもりだった。私のことけっきょく、厄災の姉としかみてなかった。)



おにーさんはパン屋のくせに、優しい笑顔をして頭を撫でたくせに。悪意まみれの手のひらでテトラに毒の入ったパンを渡した。

不思議と冷静な頭をすることができたのは”わたし”を思い出したおかげだろう。”わたし”はだって、ゲームを知ってるから。


それでも、とても悲しかったのには変わりない。

だって“わたし”もテトラで、私だ。


知っている”わたし”だってこんなに苦しくて悲しくて憎らしくてたまらないのだから、何も知らないゲームのテトラが限界を迎えるのは想像に難くない。だって知らない。正しいことなど何も知らないし、教えてもらったことなどないし、お前たちは生きてるだけで罪なんだ!なんて大人たちに袋叩きに遭わされるべき正しい理由など果たして一体何だ?

そもそもまだ6歳の子供が、体の弱い片割れの面倒をひとりぼっちで診ながらそんな生活を送るなんてストレスで精神が病んでしまっても当然だった。




〔目を覚ましたテトラは自分の体の痛みに全てを思い出して泣き叫ぶ。

『…の、せいよ…!あんたの、ばけもののせいでっ!なんで、なんでっ?なんでわたしばっかり!』

憎悪の咆哮にシックスが掴んでいた手のひらを離してしまうと、テトラはその幼い体を押し除けて小屋から飛び出した。シックスの声なんて聞こえていたけれど無視をして、そうしてとうとう声は聞こえなくなった。


テトラはそれから2度と帰ってくることはなかった。

シックスの双子の姉はその日死んだのだ。〕



残酷で、悲しくて、それでも仕方なかった末路だった。テトラの辿った悲痛は誰もが当たり前に無視した子供の叫びだ。


彼女の叫びが“わたし”にはよく理解できる。


ゲームにおいてその後、小屋を出しだし森の中へと消えたテトラは慟哭とともに呼び声をあげ、幼い身では持て余すほどの膨大な憎悪とともに妖精を召喚し、契約を果たす。その呼び声が、当時はまだ名のしれていない厄災復活を目論む組織である”グリムノワール”に見つけられ連れ去られることとなる。

所詮厄災の封じ子の”姉”でしかなかったテトラは草の根をかき分けてまで探されるなんてこともなく、簡単に捜索は打ち切られ…そうして10年後。物語の中盤でアノンとして立ちはだかる。


そこにいるのはシックスの双子の姉なんかではなく、正しく世界を呪った”グリムノワール”の幹部、ゲームにおける中ボスだ。




『どうしてあんたは受け入れられるのよ!』




何もなかった。ただ、“テトラ・インヘリット”として生まれただけで疎まれて毒によって殺された。その元凶の厄災を封印されてるだけで宿した・・・といわれたくせに、そうやって踏み躙られて搾取されて意味もなく苛まれ続けたくせに、勇者じゃなくちゃあ生きていけないって思ったことすらあるくせに。それがどうしたとばかりに隣に立つきらきらした仲間を引き連れる”シックス・インヘリット”に憎悪を叫ぶ。

それが”テトラ・インヘリット”というキャラクター。



「ねぇ、ちゃん?ど、したの。」



潤んだ、同じ色をしたはちみつの瞳。

可愛くて、大好きで、ほんの少し憎らしくて、結局は愛している私の片割れ。


_____それでもテトラアノンは、いつもいつだってこれから先だって一度たりともシックス自身を化け物とは呼ばなかった。


「ううん、なんでもない。シックス、あのね。」

「うん?」

内緒話をするように声をひそめる。耳元で囁くと、くすぐったそうにシックスが頬を緩ませた。


「…おねえちゃんが、ずっと、これからも。一緒にいるから。だから、しあわせになろうね。」

「…?んと、むすかしことわかんないけど…うん!おれ、ねぇちゃんといっしょにいる!」


_____テトラ、もうひとりの私。

任せて、あなたが望まなかったあんな未来なんてしてやらないから。



『私は……ほんと、は…あんたの…おねえちゃんでいたかった…』

『俺のっ、テトラはずっと!俺の大好きなねえちゃんだったよ…!』

『は、は……なきむし、なおっ、て、ないじゃん…しっく、す……ごめ、…ね』



雨の中で後悔と悲痛に満ちた2人ぼっちの仲直りなんてしてたまるか。





(RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の“最終的に弟に殺される”中ボスに生まれ変わったので生き別れてなんてやりません)

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