厄災妖精とゲームの世界

鑽そると

はじまり 森小屋にて少女は記憶の海に沈む

No.1 RPG主人公の生き別れた姉で悪の組織の中ボスに生まれ変わったので生き別れてなんてやりません






______この世界は、ゲームだ。

それを、私だけが知っている。






〔父たる神は生命を育み、母たる精霊は魔法を生んだ

いちばんめは天幕の空と源である海とゆりかごの大地を

にばんめに虚を照らす光の星と安らぎの陰の星を

さんばんめに彩りの花々と巡りの草木を

よんばんめに空と海と大地に生命と魔法の種をまいた

ごばんめ、育まれた種は芽吹いて命は恵まれる

ろくばんめに神と精霊の子たる妖精を

ななばんめに神に似せたニンゲンを


そうして父と母はこの世で最も大きな恵みの大樹のうろにてお眠りになられた

父と母がいなくなった世界で子らは営みを続けた

しかし妖精には生命が、ニンゲンには魔法が、どちらも芽吹かないので世界に馴染めない


なので、困ったふたつの種族は契約を交わすことにした

妖精は人間に魔法の力を与え

人間は妖精に器を共有したので

妖精はうろから生まれることができたし

人間は魔法を使うことができるようになった


神代の時代から続く契約は今もなお受け継がれ

妖精と人間は互いに切ってはなせぬ隣人となっている〕






「ねえちゃっ、ねえちゃんっ」


小さな紅葉みたいな形でふくふくした手のひら、大きな瞳から溢れた大粒の涙がぼたぼたとそれなりに柔らかい頬を伝って床を濡らす。嗚咽に紛れて必死に“わたし”を呼ぶ幼い声に、ただ漠然と「泣き止ませないと」「安心させないと」「なんでわたしがこんなめに」なんて思考が頭をよぎる。


木目の床に這いつくばった体制でげほ、と何度目かの咳き込みをすれば見間違えではない赤い液体がべちゃり。とっくに真っ赤になった小さな手のひらでは受け止められなくなって、とうとう床まで染め始めるのを他人事のように視界に入れた。







_____なんでこんな目に。それを、“わたし”は知っている。





『忌み物グリムと妖精物語コント・ド・フェ』というゲームを知っているか?

ちなみに、“わたし”は知っている。


20××年○月に発売されたオープンワールド系RPG、キャッチコピーは「君が生まれるまでの物語」。多彩なスキルと戦術、アイテムの豊富さ、自由な世界探索とシンボルエンカウント式のリアルタイム戦闘システム。魅力的な複数のプレイアブルキャラクターたちによって数多に存在する策略戦法。ある種RPGの王道要素を詰め込んだと言っても過言では無く、発売前の期待を裏切ることのなかったそのゲームは爆発的な人気を誇った。


このゲームにおいての核、物語の根幹を担う最重要設定はといえばタイトル通り“妖精”。


ゲーム初回起動時のOPムービーで子守唄のように語られるのだけれど、この世界の人間は魔法を使うことができない。世界創世時に神様と精霊様が与えた生命の種と魔法の種のうち、生命の種しか芽吹かなかった、“欠けた”種族が人間なのだ。


魔法であらゆる自然現象が輪転する世界で人間だけが魔法に目覚めることがない。

ならば妖精は?妖精は正反対。魔法の種しか芽吹かなかった。生命の種が芽吹かなかったから、実体を持つことが出来ず概念なような存在で大樹のうろから生まれることが出来ない。


父と母がそう願ったのか、偉大なる神と精霊をもってしまっても生まれたバグなのかは知らないし、結局それはあんまりどうでもいい。大事なのは、片方欠けてしまったふたつの種族が交わした契約の方。

妖精は人間に魔法の力を与えて、人間は妖精に自分の器を共有することで世界を共にする。そういう契約を、人間と妖精は遥か昔に交わした。


この世界の人間は通常15歳の時に妖精と契約を交わす。

そうして、生涯の相棒となる妖精を呼び魔法の力を授かるのだ。




〔街のはずれ。ブルーローズの森と呼ばれる森の小屋で1人住むシックスは勢いよく飛び起きた。彼にとって今日は特別の日。誕生日を迎えた、というのもそうなのだけれど。15歳を迎えたというのが何より特別だった。

今日は年に一度、15歳の子供達を集めて行われる妖精契約の儀式の日だ。今日当日に15歳を迎えたシックスも、もちろん。

シックスはこの日を何より心待ちにしていた。〕


〔妖精契約の儀式を行う教会から追い出される。まるで気持ちの悪い虫を摘み出すみたいな態度。どうして、なんで、何を言っても何を聞いても「お前には必要のない」の一点張り。街の人間はいつだってそうだった。シックスを訳も分からずただ悍ましい存在として扱うばかりで、意味もなく怒鳴られることなど珍しくはなかった。寧ろ、石を投げられたり腕を曲げられたりしないだけ良くて、そういうものだと理解していたけれど、妖精契約すらも拒絶されるだなんて。腹立たしくて悔しくて惨めでたまらない。〕


〔シックスはそれだけしかなかった。このためだけに15歳まで生きていたのだから。だからシックスがその行動を決意したのは当然の帰結でもあった。〕


〔これだ。これ。これこそが、妖精と契約するためのもの。妖精を呼ぶための召喚陣。シックスは震える手のひらで魔法陣に指を伸ばし〕




〔目が醒める。目の前には、シックスでもわかる豪奢な鎧に身を包んだ見知らぬ男。まるで騎士みたいだ。

騎士はシックスの体を拘束していた。〕




シックスには、15を迎えるよりも前に契約した妖精がいた。そもそも、15歳の子供達を集めて妖精契約の儀式を行うというのは、それが一番手っ取り早く管理しやすいからというだけ。15にならなければ妖精と契約できない、というわけではない。ゲームの中でも儀式前に妖精を呼んで契約をした子供というのは、実際、珍しいが稀有ではなかった。

故に、シックスに契約を交わした妖精がいたとしてもおかしい話ではなかったのだけれど、おかしいのは、それをシックスが知らないということだ。


ことの顛末は既に契約をしていた妖精がシックスが召喚魔法陣に触れてしまったせいで魔法の力を暴発させた際、街にやってきていた王国騎士(目を覚ましたシックスの目の前にいた男である)が対処し、拘束したというわけである。



王国騎士に告げられた自分自身の契約妖精について、シックスはまるで知らなかった。知らないから教会に忍び込んで魔法陣に触れた。

当然知るわけがない。シックスは自らの意思で契約を交わしたわけではなく、記憶にすら残っていないほど幼い頃に妖精はシックスと器を共有したのだから。





〔それを罪と呼ぶには哀れだろう。無知も無自覚も、それすら少年にはなかった。だってその罪は、少年のものではない。けれどあらゆる者はそれこそが少年の罪だと突きつけた。〕





目を覚ます。ぐずぐずと鼻水を啜る音の方へと目を向ければ、涙焼けした目尻を痛々しいまでに赤くさせた”双子の弟”。弟は少女が目を覚ましたのだと理解した瞬間に再び泣き喚きながら少女に抱き付いた。


「ねえちゃ、ねえちゃあ!」

「わ」

「ね、ちゃ、ねぇちゃんっ、よか、よ、がった。め、も、おきない、かも、て。う、う、うああ」

「……うん。うん。ごめん、ごめんね。しんぱいさせて…だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。だからもう、なかないで…ね、シックス・・・・。」

するりとその名前は口から違和感なく紡がれる。抱きしめる弟ごしに見える、窓に映る少女の姿。母親に似たグレージュ色の重く伸びた髪、父親に似た蜂蜜色の瞳、不安げに下がった眉、不機嫌そうに吊り上がった眦、むっつりとした口元。


____私の姿。

____”わたし”の知ってる、彼女の姿。



『あんたのせいよ、あんたの、化け物のせいでっ!』

『どうしてあんたは受け入れられるのよ!』

妖精物語の主人公、シックスは物語途中、唸りの森にてとある女と敵対する。RPGではお決まりに存在するラスボス以前の中ボスというやつで、物語中盤から後半にかけて主人公が倒すべくものとして登場する世界崩壊の厄災復活を謳う組織”グリムノワール”の幹部がひとり。名をアノン。


主人公は、シックスは。物語の過程で出会った同じ形をした仲間を信頼と共に背を預けて旅を進めていくが、彼女はまるで正反対に森の動物たちだけしか信じずたったひとりで現れる。

重たく伸びたグレージュの髪は敵意の象徴。蜂蜜色の瞳は憎悪に濡れて、眦は苛立ちと共に釣り上がり、口角を下げた唇は悪意を吐き散らかす。


_____それは平和が作り上げた憎悪である。無責任が押し付けた憤怒である。与えられた名はアノン。少女を悪意たらしめたのは世界のすべて。あの日テトラ・インヘリットを殺したのは、パンに仕込まれた毒だけであるものか。


主人公と物語中盤で敵対する中ボス。

世界崩壊の厄災復活を謳う組織の幹部。

”魔獣将軍”アノン。


〔シックスは悲嘆に暮れながら彼女を呼ぶ。ずっと。ずっと。呼ぶことなどできなかった彼女の名前。

「ねえちゃん…テトラ……!」

同じ色をした、とっくの昔に生き別れた双子の姉。〕



アノンとは、主人公シックスが幼少期生き別れた双子の姉テトラ・インヘリットの成れの果てであり

(………いっつ、みー…???)


状況は混乱を極めた。


泣き喚く”弟”、双子の弟、生まれた時からずっとずっと一緒の弟の頭を慣れた手つきで撫でるのは半分現実逃避の意味が含まれている。(いっそもう一度意識を失っちゃおっカナ…)なんて。


”わたし”の記憶はありふれてありきたりの女だった。漫画はそこそこ読む方で小説も嫌いじゃない、最近流行りのゲームにミーハー気質でのめり込んでファンブックなんてものを買った日に家で「ふむふむ」「なるほどね」なんて読み耽って、それから。


(トラックに撥ねられた?猫を助けた?屋上から飛び降りた?通り魔に刺された?どれもまるで覚えもない!)

当たり前のように脳裏に流れ込んできた”わたし”の記憶に、”テトラ・インヘリット”として生きていた全てが塗り潰されることはなかった。テトラとして生きてきた性格も、性質も、彼女を構築する自分自身に”わたし”としての記憶を「そういえばそんなことあったなぁ」と言わんばかりに、忘れていたことを思い出しただけのような感覚。


ぼんやりと流れ込んだ思い出した記憶を巡周させていると、とうとう泣き声すら掠れたシックスが半ばベットに乗り上げるようにして抱きつく。


「ねぇちゃ、が…ねぇちゃんが、もってかえってき、て、くれたぱん、たべて、ち。ちをはいて、ね。いえのそと、にっ、どくけしの、くさ、あったから、それを、それ、ね、ねぇちゃに、ぐす、ぐすっ。」

「ぱん…」


___あ、今日だったのか。漠然とそう思った。



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