第34話 チビと二本角と馬面。
昨日と打って変わって今日は店が忙しい。
聞いた話によると、この店の場所代などは勿論ギルドに入るが、売上の大半はギリさんのものになる。ギルドに取ってあってもなくても変わらないこの店をギリさんが経営できるのは父親の後ろ盾あっての事だろう。
それでも俺がギリさんを小馬鹿にできないのは、彼女の真剣さのせいだ。
彼女が一生懸命に仕事をするのはきっと、自分の立場に抗おうとする意地、その為である。
勿論彼女がそう言っていたわけではなく、地下に居るアルさんから聞いたのだ。
カウンターの上のベルが鳴る。
「ギリさん! ベル鳴ってます!」
汚れた食器を回収しシンクで洗う俺は、今まさに盛り付けの真っ最中のギリさんに声を投げた。
「聴こえてる! ウォルフくんが取って!」
「まだ教わってないです!」
「良いから! いつも見てるんだから、いい加減覚えたでしょ!?」
いつも優しいギリさんも仕事中は苛烈である。やや理不尽な要求に文句を言う事なく俺は、言われた通りに受話器を取った。
「ありがとうございます〝マディッキュガイディ〟です」
『ウォルフくんかい? 駄目だよ、そんな
聴き慣れた声だ。
「ウォーケンさん? 別に謙ったつもりはないけど」
『連絡したくらいで礼を言ったじゃないか。そこはギリちゃんのお店だよ? そんな舐められる接客はギルドの名にも傷がつく』
受話器越しに説教とは流石にイラッとする——だからあんた、飲食店で働いた事なんてないじゃん!
「コレで連絡してくる人は偉い人だと思ったから機転を利かせただけだ。それより昨日、何かあったのか? あんたがいないと洗濯物も受け取れない」
『変なオリジナリティを機転とは云わないねぇ。いや、悪い悪い。説教臭いのは歳のせいだ』
ウォーケンの歳は知らない。
だが歳のせいにするほどオッさんではないハズだ。
「それはもう良いって。今日は迎えに来てくれるのか?」
『うーん、詳しくは言えないが、状況次第だねぇ』
まじかよ。今日もギリさんの所に泊まるのか。
状況次第、とは言っていたが、このクソ忙しい時間帯にわざわざ連絡してくるという事は、そういう事なのだろう。
その時——。
バァンッ。
店の扉が勢いよく開かれる。入って来るのは三人の獣人だ。背の低いチビが一人、俺と同じくらいの身長である。その両隣で屈強そうな長身の獣人が二人、チビを挟む様にして控えている。
三人はツカツカコチラに向かって来た。
チビが胸元から葉巻を取り出し火を点け、俺に話しかける。細く伸びた耳がまるで兎の様だ。長い前歯も同じ印象を抱かせる。
「坊や、地下に用があるんだが、良いかい?」
チビは獣人らしくなく、流暢に話した。
俺は受話器を顔から離しギリさんに向く。
「……どちら様ですか? 地下へは当店で一度お食事をされた方でないと、お通しする事ができない決まりです」
そんなルールがあったのか。
「オイオンナァ! ダレニクチヲ——」
「黙れ」
チビの一言で声を荒げた右の奴が押し黙った。額の両隣りから曲がる太い角としゅんとした表情が、アンバランスである。ちなみに左の奴は馬面だ。
「悪いね、お嬢さん。私達は食事をしに来たわけでも、仕事を貰いに来たわけでもないんだ。ただ、ギルドには用がある。なに、ちょっと話をしに来ただけさ」
こいつらの用件には検討がつく。どうするべきだろう。いや、俺が決める事でもないけど。
『ウォルフくん』
離れた受話器からウォーケンが呼んだ。
再び俺は耳に当てる。
『どういう状況かは想像がつくねぇ。獣人達が来てるんだろう? 通してあげなさい』
「良いの?」
俺はひそひそ声で訊いた。
『やっぱりか。こんなにタイミングが良いなんて、流石に予想外だがねぇ。元々それを伝える為に連絡したのさ。ああ、この場合はキミの機転に期待する。俺もすぐ行くから待ってるんだねぇ』
そのまま通話を切られた。
機転? なるほど。
ウォーケンに戦いを教わった最初の日に言われた事がある——「疑問を持ち直ぐに質問をする姿勢は素晴らしい。だがもし俺が嘘を教えたらどうする? 疑問を持ったなら一瞬だけでも良い。自分で考えて行動しなさい。訊くのはその後でも間に合う」——と。
「ギリさん。今日三人、偉い人が来るからお通ししろっていう連絡だった。もしかして、この人達かも」
嘘だ。
しかし獣人達は黙っている。地下に降りられるのなら、何でも良いのだろう。
今のこの行動が最適なのかは、結果が教えてくれる。ウォーケンがその結果をどう評価するのか、それも後になればわかる。
「この方々が?」
ギリさんは眉をしかめたが、直ぐに切り替えた。
「ああいえ、そうだったんですね。失礼しました、どうぞ下へ、ご案内します」
察しの良さが俺の比じゃない。もしかして彼女もウォーケンの教え子か?
しかし——。
「俺が案内します」
俺は、彼女の役割りを奪い取った。
「ウォルフくん?」
自分の機転が通ったのである。
普通なら喜ぶべきだろうが、俺は耳が良い。
だからチビの左に居る馬面の獣人の言葉を聞き逃せなかった。こいつは「オキラクナレンチュウダ」とかぬかしやがったのだ。
だからこの連中の「結果」は最大限、俺の望むカタチにしてやる。
俺が、どうにかしてやる。
「俺にはお客さんに出せる料理はまだ作れませんから。あなた達も、良いですよね?」
俺はチビに目を向ける。
睨みつけるわけでもなく、威嚇もせずにただ、普通に見た。
「本当に、そんな連絡はあったのかな?」
「ええ」
「キミが私達を下に行かせたい様に見えるんだが」
「そんな事はありません」
「オイガキ——」
先程黙らされた二本角の獣人が口を挟もうとする。
が——。
「だから、黙れ」
「ウ」
再び黙らされた。
「坊や、中々肝が座ってる。良いだろう、キミの案内で地下に行こう」
「ありがとうございます」
俺は、ビビらない。
もっと恐い奴に、師事しているのだから。
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