第35話「だから」俺が相手になる。
「ウォルフくん、その方々は?」
扉を開けると奥のカウンターの更に内側に居るアルさんが白々しく俺に質問した。
俺は知っている。ウォーケンが俺との通話を辞めてすぐにこの地下のベルが鳴ったのを。もしかしたら獣人達にも聴こえていたかもしれない。なんせ「獣」人、なのだから。
「今日お客さんが来るんでしょ? この人達だと思って、俺の判断で地下につれて来た」
「ふむ?」
アルさんは顎をさすった。
「——ウォルフくん、その方々は違うよ」
「そうなの? ごめんなさい」
本当は客人なんて来ない。
しかしアルさんも、俺の機転に合わせてくれている。間違いではなかった様だ。
俺にそんな権限などない事も咎めずにいてくれている。
「すみません、手違いでご案内してしまった様です。お引き取り願えますか?」
アルさんが丁寧に対応する。
ウォーケンからの指示は「こいつらを通せ」だ。だからアルさんはこいつらを帰そうとしているワケではない。
「そうはいかないよ。それはソッチのミスじゃないか」
チビの
「それは、そうですね。ではご用件だけでもお聞きしましょう」
最初から獣人達の話を聞くつもりだというのに、こういう細かな部分を妥協していない。
あくまでも「
「ジジイ、シラバックレルノモ——」
また
「おい、三度目だ。黙れオイタトッセ」
オイタトッセ? コイツらの言語か?
いやたぶん、この短気な角男の名前だろう。変な名前だ。意味もわからない。
「——こちらもすまない。荒っぽい奴が多くてね。そこの坊やも怯えて間違えてしまったのだろう」
あ? 俺は別にビビっていない。
「——だから、正直に答えて欲しい。このギルドに、俺達の仲間を殺った奴がいるだろう?」
兎男の口調は穏やかだ。しかし、ウォーケンの威嚇にも通じる凄みがある。
「いえいえ、むやみに獣人さん達を迫害する様な輩はおりませんよ」
そう言ってニコリとするアルさんにも、それと同じくらいの圧力があった。
丁寧な言葉だが、相手が嫌う「獣人」という言葉を敢えて選んでいる。
「ふー、遠回りな話は嫌いでね。知ってるよ、お宅らが我々を邪魔に思ってるって事はね。でも、あんまりじゃないか。か弱い我々はただ必死に生きているだけなのに、見境なく殺して回るなんて」
よく言う。
ウォーケンからこいつらの事は聞いていた。この街のあるこの領地内では表向き、獣人達の人権を尊重している。だからこそこいつらはそれを利用し好き放題しているのだ。
「ほう? そんな方が居るのですか? 貴方がたの被害に遭った人間は存じ上げておりますが」
アルさんも、よく言う。
ウォーケンにそのシノギを回したのはアルさんだ。
「我々による被害? 何か根拠は?」
兎男の口調は段々と荒っぽくなっていた。
苛ついているのだろう。
そして、根拠はある。しかし、存在しないハズのこの街であっても、獣人達の権利を侵す事はできない。終わった被害は無かった事なのだ。
「これは失言でした、お許し下さい。ですが同じ事を尋ねましょう。私共が貴方達のお仲間を殺害したという、その根拠はあるのでしょうか?」
「……」
兎男はすぐに答えない。
「——まさかその根拠とは、目星をつけた此方の者を襲撃した方々が返り討ちに遭った、というモノですか? 流石にそれは」
……アルさん、すげー。
兎男は、アルさんのその言葉に小さく舌打ちをした。
「……いかに我々でも、そんな事はしない。表立って誰かを襲う権利までは、有していない」
「そうでしょうな?」
アルさんはずっと笑顔を維持している。
しかし、兎男はもう怒りを隠す気はない様だ。
「あくまでも正直に話してくれないみたいだな。我々を襲う権利はソチラにもないハズだろう? 何故、そんな事をする……!」
声が、震えている。
「ええ、ありませんとも。ですから、先程から言っているではありませんか。そんな事をする者は居ないと。まさか根拠もないのに決めつけるのですか? その様な権利まで獣人には許されているのでしょうか?」
「……てめぇ」
兎男が完全に口調を崩した。
アルさんは勝ち誇るでもなく、表情を崩さない。
「オヤジ、スマナイ」
オイタトッセと呼ばれた二本角の獣人がまた、口を挟んだ。
「オレハモウ、ガマン、デキナイ。バツハ、アトデ、ウケル」
筋肉が隆起し、上半身の衣服が破ける。
兎男を「オヤジ」と呼びはしたが、その姿は丸っ切り別の獣だ。
例えるならば、牛。
ブルリザードにも比肩するその肩の筋肉が、そいつの暴力性を物語っている。
「ヴモォオオオオオオオオオオオッッ!!」
オイタトッセが近くの丸テーブルを叩いた。いとも簡単にテーブルが割れ、支えていた脚も折れる。
「……四度目は、黙る必要はない。こいつらに、わからせてやれ」
兎男は咎めなかった。
「おやおや、そんな事をしては、貴方達を守る権利も無くなりますよ?」
「知ったことか。権利よりもチカラだ。我々の強さを思い知れば、我々を舐める連中もいなくなるハズだ」
「やけっぱちはいけませんぞ?」
尚もアルさんは冷静だ。
「ウルセェッ! ブッコロシテヤルッ!」
そうか。
初めは冷静そうに見えていた獣人達は全然、冷静じゃなかった。最初から計算などもなく、ただ暴れる為に来たのである。
コイツらはそれ程までに追い詰められているのだ。ウォーケンによって。
オイタトッセがアルさんの居るカウンターに向けて駆ける。
もう一人、屈強そうな馬面の獣人も雄叫びをあげた。衣服の内側から拳銃を取り出す。
弾を造るのに金と手間が掛かるものの、使い手の魔力などの制限がない武器は、場所によっては魔道具よりも需要があるそうだ。
兎男も、逆立った全身の毛が針の様に衣服を貫いている。
問題はないだろう。
焦る素振りのないアルさんにはきっと、この状況に対処する力がある。
しかし——。
「待てッ!」
俺は精一杯の声で、この状況を止めた。
アルさんも、獣人達も、騒ぎに加わっていない他の連中も、俺に注目する。
「……坊や、今、待て、と言ったのかな?」
依然、兎男の毛は逆立っている。脚からも伸びているその毛針は、床にまで突き刺さっていた。
「そうだよ。待てって言ったんだ」
大丈夫だ。俺はビビっていない。
「待って、どうする?」
「俺は知ってるよ。与えられた権利なんてモノは結局、強い奴に都合良く捻じ曲げられるんだ。俺の村がそうだった」
俺達の村は国から、平等に生きる権利、平等に働く権利を与えられていた。
しかし、状況が悪くなると一転、アッサリとそれを奪われた。ウォーケン達に奪われるよりも先に、その権限を持つ奴に切り捨てられたのである。
「——あんたらのその『権利』だって、それで得をする人間が作ったモノだ。アルさんの言う通り、『やけっぱち』は良くない」
俺が邪魔をしたというのにアルさんは黙っている。目を少しだけ大きくして、興味深そうに俺を見ていた。
「坊や、じゃあ、私達はどうすれば良い? 同胞を奪われた、我々の怒りを」
それはコチラにも言える話だが、恐らく俺達の中で獣人に殺された人間を、同胞、などと呼ぶ奴は居ないだろう。
ウォーケンの「どんな者も人間として扱う」の意味がわかってきた。皆、自分や、自分の身内以外に関心がないのだ。
「あんた達は、凄いね。種族全体が身内、なんだ」
俺にとっての身内は両親や兄貴だけだった。しかし今は元々の家族をも身内とは思えず、ウォーケンやギリさんに同じ様な感情を持っている。
それくらい希薄なモノだ。俺にとっての身内なんてものは。
獣人達のそれと比べるにも及ばない。
「——だから、俺が相手になるよ」
この「だから」は、俺にしか、わからないだろう。
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