第30話 汚い親から産まれたメス豚。

 朝の日課が終わり、掻き込む様にメシを食う。宿を出る時間が迫っているからだ。

 汗で失った水分は果物が満たしてくれる。


「なあ? なんで宿、なんだ? ギルドに部屋をあてがって貰ってる奴もいるんだろ? あんたもそうすれば良いのに」

「以前はそうしていたさ。だが、留守の間に火をつけられたら困るだろう?」

「まじ? そんな事があったのか」

「いいや? 俺が他人にそれをした」

「……」

「人にされて困る事はしないのが一般人の考え。だが、俺達は人が困る事をする。なら、他人から困る事をされても文句は言えないよねぇ」

「あの獣人達みたいにか?」


 ウォーケンは毎朝、俺をあの店に送る途中に必ず仕立て屋に寄る。衣服を直したりするだけでなく、洗濯もしてくれるのだ。

 店主のオッさんは毎回汗でベチャベチャになった俺の服に顔をしかめるが、沙汰袋に入れたウォーケンのコートや衣服を受け取る時は、それ以上に渋い顔をする。

 返り血の生臭い匂いが漏れ出ているからだ。

 アレから毎日、獣人狩りをしているのだろう。


「そうだねぇ」

「犯人は見つかったのか? ホラ、娼婦を殺した奴とか、色々なやらかしをした奴らとか」

「そんなのは最初からわかってるよ」

「は?」

「アルさんからリストを貰ってある。そいつらが何処に住んで、どんな生活をしているのかも、ある程度書いてあるんだ」

「それなら、そいつらだけを、それで良いじゃないか。何故わざわざ知らないフリをして、違う人達まで……」

「メンツ、だねぇ。俺じゃなくてギルドの——いや、この街のメンツさ」

「メンツ?」

「俺達の顔を潰す様な事をするならタダじゃおかない。それを徹底的に解らせてやるんだねぇ」

「でも、誰の仕業かわからない様にしてるって」


 だから獣人達の息の根を止めたのだと思っていたのに。


「検討ぐらいはついてるだろうねぇ。だが証拠がない。表立ってギルドに楯突けばリスクがあるし、裏でウチのメンバーを闇討ちなんてしたなら、こちらは何かの理由をつけて。力はこちらが上なんだ。もうすぐこのシノギも終わると思うぜ?」

「もし終わらなかったら?」


 どう終わるのかはわからない。ウォーケンがどんなを頭に描いているのかも。


「続けるだけだねぇ。その分の金は既に貰っている。今は追加料金を請求する為に、営業努力をしている所さ」

「追加料金?」

「キミが居るうちに見せてあげたいねぇ——さて、そろそろ時間だ。ああ、出ていく前に歯ぐらいは磨いた方が良い」


 やがて俺達は宿を出た。

 まだ数日しか居ないが、この街の雰囲気には慣れてきている。


「やあおはよう。朝からせいが出るねぇ」


 ウォーケンは朝からドブさらいに汗を流すオバさんに挨拶をした。


「おはようウォーケンさん。まったく、皆んなここにゴミを捨てるんだから、嫌になっちゃうよ」


 ゴミ捨て場は一応、ある。しかし、収集されるのは週に一度らしく、ゴミ捨て場が溢れると皆その近くに捨てるか、ドブに捨てる。

 だからこの街は汚い。


「今の仕事、不服かい?」

「いいや、街を綺麗にするのはやっぱり、あたしみたいに心が綺麗な女じゃないとね!」


 心が綺麗かどうかは知らないが、このオバさんの見た目はとても汚らしい。

 掃除で汚れているのもあるが、元々のシミが付いてるのだろうか、そういう見窄らしい衣服を纏っている。

 でも、その笑顔は爽やかだった。


 その後もウォーケンは、色々な人達に挨拶をする。剥がれた石畳みを補修している男達や、古い建物を取り壊している人達。屋台や露店に居る人達までにも。

 付いて歩く俺もニコニコ、愛想良く振る舞う。


「良いねぇ、キミも立派にこの街の住人だ」

「もうすぐ居なくなるけどね」


 俺は口を尖らせた。


「拗ねるなよ? キチンと帰って来たら、ちゃんと住人らしい仕事をあげるからねぇ」

「今のままでも十分だ。昼は料理屋の見習い、夜はあんたの雑用」

「おいおい、俺を超えるんだろう? 満足するんじゃないぜ?」

「当たり前だ」

 

 そうだ。その為に俺は、もっとウォーケンの近くに居たい。なのにもうすぐ離れてしまう。正直言って、寂しかった。

 何故だろう? 間違いなくウォーケンは、親父のカタキなのに。


 店に着くとウォーケンは去り、俺はタダ働きを開始する。ギリのお陰でできる事が大分、多くなっている。

 でも今日は暇みたいだ。人が少ない。


「ギリさん、忙しい日と暇な日の落差が激しいね?」

「うーん、下は毎日混んでるんだけどね?」

「もしかして、ギルドに来る人達のせい?」

「あはっ、そうかも。だってここに来る人達皆んな、ガラが悪いもの」


 そんな事を言って良いのだろうか?

 良いのだろう。ギリさんが言うのなら。

 気づいた事がある。

 ここに来る連中は、人相の悪い連中ばかりだが、ギリさんに強気な態度を取る者はいない。何か理由があるのだろうか。


「ねえギリさん?」

「なあに?」

「ギリさんはここに来る人達よりも、強いの? ウォーケンさんよりも」


 率直に訊いてみた。


「まさか! そんな事ないわ。皆んなが私に良くしてくれるのは、きっとパパのせい」


 大袈裟に驚いて見せたギリさんの後ろ髪が揺れる。料理に毛が入らない様にしっかりと縛っている髪はとても綺麗だ。


「パパ?」

「うん、パパはね? 下のギルドのオーナーなの」


 まじか。こんなに綺麗な人の父親が、ウォーケンよりも上の立場で汚い仕事をまとめているなんて。


「あ、その顔。私の事を汚い親から産まれたメス豚だと思ってるでしょう?」

「違うよ!」


 そこまでは思っていない。

 

「あはは、気を使ってくれなくて大丈夫。だって事実だもの。パパ達がどんな仕事をしてるのか、私はちゃんと知ってるから」

「……ギリさんのお父さんは、その、ウォーケンさんよりも、悪い事をしているの?」

「悪いわよー? だってこのギルドのトップだもの。でも、汚れ仕事はいつも、ウォーケンさんがしてくれてるわ。パパはほとんど何もしない」


 ギルドのトップが、何もしない?


 興味深そうに見る俺に、ギリさんは更に続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る