第29話 学ぶべきは「やり方」ではなく「考え方」。
この街に来て、幾日が過ぎた。
今日も俺は朝から拳を振るっている。突き出すだけではなく、下から、横から打ったり、上から振り下ろす様なパンチも覚えていた。
「なあ」
「なんだい? また『蹴りでも教えろ』とか言うんじゃ無いだろうねぇ?」
「そんな事はもう言わない。ただの疑問。今は近い距離で殴る方法も教わってるけど、もっと手っ取り早い方法があるだろ?」
俺が思い浮かべているのは、ウォーケンが獣人を転ばせたり、首の骨を折ったシーンだ。距離が近いならその方がリスクは少ないだろう。
「なるほど、関節技かい? 確かにそうだが、全て教えるとなると、時間が足りない。あと半月もないからねえ。どれ、考え方だけ教えておくかな」
よっしゃっ! 訊いてみるもんだ。
「——何処でも良い。ちょっと俺を殴ってごらん」
「え?」
「何を嬉しそうな顔をしている? そんなに俺を殴りたかったのかい?」
「それは……そうだ。当たり前じゃないか」
嘘だ。
本当は何もない空間にひたすら拳を振るうよりも、何か手応えのあるものに試してみたかっただけである。木の床で擬似的にやるだけでなく。
拳の皮膚が破れて手を洗うたびに沁みたり、寝る時なんかに拳周りがズキズキ痛んだりするが、それにも段々慣れてきた。
「くくく、じゃあ遠慮なく殴って来なさい」
ウォーケンが言うと同時に、右拳を突き出した。魔力も使っている。
だが、難なく躱された。いや、いなされた。
向かって右に動いたウォーケンは俺の手首を左に払いそのまま掴んでいる。
そして、肘に左手をあてがった。
「——まだまだだねぇ。初動が丸わかりだ。まぁそれは良い。このまま手首を引いて肘を押せば、キミの腕は折れる」
その通りだ。そう感じるから俺は、拳を引く事も、腕を動かす事もできない。というか、上半身全体がウォーケンにされるがままだ。
「——基本的に関節は、曲げてはいけない方向に曲げると折れる。それも、筋が伸び切った状態だと相手は力を入れにくいから、簡単だ。むしろ筋を伸ばし切る方が効果的だねぇ」
ウォーケンが手を離した。
すかさず俺は、左拳を振るう。
身体を右へ回してウォーケンの腹に打ち付ける様に。
それもウォーケンは躱した。後ろへ下がり俺に、正対している。
そして左腕を俺の曲がった左肘に引っ掛け、左側へ回りこんだ。
腕が、後ろに引かれる。
だが上体は前のめりになる。
左肩を右手で押さえられているからだ。
「——腕が曲げられているなら、その上の肩を狙えば良い。パンチを打つ時、腕は体軸の横にあるからねぇ、つまり、胸が伸びた状態だ」
伸び切ってはいなかった筋が、後ろに引かれてミチミチ軋む。
「ぐ、うう」
「この様に、その時その時で壊しやすそうな部位を選ぶんだ。そして、バリエーションはかなりある。『一つの関節を壊す』というゴールに対して、色んなやり方があるって感じだねぇ。ちなみに——」
ウォーケンは俺を解放した。
そして、向き直った俺の左手首を掴み——掴み……なんだ?
痛え! 何をしている!?
力が、入らない!?
手首に捻挫したかの様な激痛が走り、腕のどの部分かもわからない内側が、痺れる。そして肩を上から押されるみたいに、腕を真下に引っ張られるみたいに、体が石畳みへ近づこうとし、それに抗えない。
気づけば俺は、四つん這いになっていた。いや、左手首を掴まれたままだから、正確には三つん這いである。
「こ、これは……まほ、う?」
「魔法じゃないねぇ。これが本来の関節技さ。折るんじゃなくて制する、それが極意だよ。コレができるようになるまでには、折る事以上の知識と修練が必要だ」
魔法じゃなくて、ワザ!?
「だ、から、教える時間が足りない、って、事?」
ようやく完全に解放してくれた。だが掴まれていた手首が、まだ痛い。
「その通りだねぇ。キミに教えられるのは折り方の一部だ。あとは知識よりも自分の想像力で補うと良い。これはどんな技にも言える事だが、誰よりも貪欲で狡猾な者が勝負に勝つ。普段から養っておきなさい。パンチやキックの練習をしている時、『どんな事をされたら自分が困るか』想像しておくんだねぇ」
なるほど。「裏ワザ」と云っておきながら、何故あの時俺に獣人達との戦いを見せたのか、わかった気がする。
アレは技とは関係なく、狡猾さだけで圧倒していた。俺が学ぶべきは攻撃の方法、ではなく「その考え方」だったというワケだ。
「……キックはまだ教わってないけど」
気づけた嬉しさと、教えて貰えた喜びを隠す為に、茶々を入れる。
「今日から教えようと思ってたんだけどねぇ? またにするかい?」
「いいえ! 教えて下さい!」
不思議と、俺はウォーケンに教えて貰う事に安心感を持っていた。他の者には冷たいウォーケンも、俺やギリさんには暖かい。
恨みが完全に消えたわけではないが、「船の仕事の期日が来なければ良いのに」と思っている。ウォーケンともっと一緒に居たい、と、思い始めていた。
強くなる為の目的が、揺らいでいる。
「宜しい。ではまず、あてる部位から。あの時俺は硬い靴の爪先で蹴っていたが本来、爪先や足の甲は弱点なんだ。小さな関節達を相手にぶつけたならば、壊れるのはこちらの方。だから足首より少し上の、脛の硬い部分を使う。どんなカタチでも良い。そこで俺を、蹴ってごらん?」
俺は右脚で蹴り上げた。
適当、ではない。ウォーケンの股間を狙った。だが——。
「つぅッッ!」
あてる部位に激痛が走る。
ウォーケンが靴裏で、それを受け止めていた。
「拳と同じさ。相手を壊そうとして蹴るんだから、当然、こちらにも同じ威力が返ってくる。硬いものを蹴ったり、硬いもので叩いたりして神経を殺したりもできるが、痛みに慣れていくのが良いと思うねぇ。鍛えてない部位に当たっても我慢できるから」
これを我慢? 慣れる?
「——あとは威力の出し方だが、蹴る瞬間、軸足を伸ばし、身体を前方に、くの字に曲げる。狙うのは膝や足首、あとは脹脛やアキレス腱なんかの細い筋が良いねぇ。太腿も良いっちゃ良いんだが、よほど威力に自信がない限りはおススメしない。太い筋肉は中々壊しにくいし、相手も我慢しやすい。数発当てないと無力化できなかったりするからねぇ」
ウォーケンがペラペラまくし立てる。
俺は聞き漏らさない様、一生懸命耳を傾ける。そして必ず疑問がわく。
だから質問するのだ。
「あんた、でも?」
「俺でも、オークやオーガみたいなデカい亜人相手だと、流石に難しいねぇ」
「……ふーん?」
普通のサイズが相手なら、一撃で黙らせる事ができるって事か。
俺が質問すると、ウォーケンは嬉しそうに答えてくれる。
苦しかったハズの日課はいつの間にか、毎日の楽しみになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます