第9話 悪い奴は死んで当然。

 俺は石を投げた。

 親父の背後へ忍び寄った入り口の男に命中する。


 ゴッ。


 親父の目線が頭を押さえる外の男へと向いた。


「あ!? こいつ、後ろから俺をヤろうとしてたのか!?」


 倉庫の中にいる連中も注目する。


「あーあ、何やってんだよ。バレてるじゃねえか」

「うるせえ! なんか飛んできたんだよ!」

「なんかってナニ?」


 全員の視線が俺に集まるのがわかった。


「う、ウォルフ!?」

「ん? あんたの子供かい? ねえボク? 今キミ、何したのかな?」


 鋭い目つきの黒い男が、俺に言う。

 俺は応えず、外の男へ駆けた。


「父さん、俺も手伝うから、コイツら全員やっつけよう!」


 言った時には既に、自分の背丈程もあるフォークで男を、突いている。

 普段は刈った草などを集めたりする農具だが、今の俺にとっては三叉の槍だ。大人よりも身長が低い俺には都合の良い武器である。

 刺さった瞬間、思ったよりも手応えがなかった。太い枯れ草の方が、まだ強い。

 


「な!? このガ、キ……」


 その男が崩れ落ちる。

 フォークを抜くと生臭い匂いが昇ってくるが、あまり気にならない。

 自分の強さを証明できた、それこそが重要である。


「おい! 何やってんだガキ!?」


 小太りの男が先程の親父と同じ様なセリフを吐いた。


「俺は知ってるぞ! 泥棒は悪い奴だ! そんな奴らに俺も、父さんも、負けるワケがないッ!!」


 兄貴から聞いて知っている。世の中には良い冒険者と悪い冒険者がいる。兄貴が持って来た本にもそう描いてあった。

 そしてそういう奴らは大抵、正義の味方に成敗されるのである。俺は「チビの槍使い」という物語の主人公に、なりきっていた。


「ウォルフ! 辞めろ! コレはガキが関わる事じゃねえ!」


 辞める? 何故? 

 悪い奴を倒すのは正しい事だし、それをするのは俺や父さんみたいな善良な人間だ。悪党を放っておいて良いわけがない。


「ふふ、悪い奴、ねえ——?」


 鋭い目のくろおとこが頬をさすってニヤリと笑った。


「ウォルフくんって云ったねぇ? 今キミがしたのは人殺しだよ。キミにそのデッカいフォークで刺された奴は、俺達にとっては気の良い奴だった。今のキミは、悪い奴じゃないのかな?」

「悪いワケない! お前らみたいなのは死んで当然だ!」


 俺は即答する。


「くくく、そうかもねぇ? でもキミのお父さんも悪い奴なんだよ? なんで俺達がワザワザこんなトコロで泥棒するのか、考えはしないのかい?」


 親父が悪い奴?


「ウォルフ! 耳を貸すな! 早く家ん中に戻るん——」

「〝フレンモ〟」


 突然、黒男の手に火の球が現れた。それが親父の頭へと飛んで行き、命中する。


「ぶっ——!?」

「父さん!?」


 親父は仰け反り倒れ、動かなくなった。頭を包んでいた炎が消え、焼けた肉の匂いが漂う。


「俺はウォルフくんと喋ってるんだ。お父さんは邪魔だねぇ」


 黒男は尚も、赤黒く焦げた親父の顔へと話している。歪に束になった頭髪がと揺れた。


「お前! 父さんに何をした!?」

「おいおい、わかってるんだろう? キミのお父さんは俺達を『ぶっ殺す』って言ってたんだぜ? なら俺はその前に、お父さんを殺すに決まってるじゃないか」


 親父を、殺した?


「——キミも俺達の仲間を殺したんだ。恨みっこはナシだ」

「そ、そんなのお前らが泥棒なんてするからだろ!?」

「あ、そうだった——」


 黒男は仲間に向く。


「キミらがモタモタするからつまらない事しちゃったよ。早く終わらせて帰ろう」

「そ、そうだな」

「な、なあ、このガキはどうする? 殺っちまうってか?」

「そうだねぇ——ウォルフくん? お母さんはおウチかな?」


 暗がりでもわかる黒男の冷たい眼差しが、俺の足をすくませた。


「か、母さんなんて居ない……!」 

「嘘だろう? そんな事言ったらお母さんが悲しむぜ?」


 黒男が近づいて来る。と——。


「——キミ」


 不意に黒男が顔を背けた。


「ん? 俺?」


 突然話を振られた痩せた男が間抜けな声を出す。

 

「キミは、このウォルフくんのお母さんを探して来なさい。おデブさんは作業の続きだねぇ」

「お、おう」


 痩せ男は小屋から出て行き、小太りは腐ったカコの実の積み込みを再開した。荷車は元々ウチにあるヤツだ。


「か、母さんには指一本——」


 黒男が再び俺に向く。


「大丈夫。キミもお母さんも殺しはしない。


 黒男が更に近づく——俺達を、泥棒?


「マジかよ!? さっさとやっちまってズラかろうぜ!?」

「うるさいねぇ。今イイトコなんだ——邪魔するな」


 その隙に、俺はフォークを突き出して突撃した。黒男目がけて。だが——。


「危ないねぇ」


 黒男は難なくそれを避け、フォークの柄を握り、捻る。

 俺の手からフォークが離れた。


「キミ、けっこう強いねぇ? 力もあるし、スピードもある。だが所詮は、子供の力だ」

「あ、あ、あ……」

「見たところ魔力も相当ある様だが、使い方は知らないみたいだねぇ。くく——」


 突然、腹に衝撃を感じる。

 俺は後方に吹っ飛んだ。

 息が、できない。


「っ……!? ご、はぁ……ゲェッ……!」


 逆流する苦味と酸味が、喉の奥から溢れ出る。


「見えたかな? 今俺は、キミの腹を蹴ったんだよ。キミを黙らせるのに、キミみたいに武器を使う必要はないねぇ」

「う、るさ、い……はぁはぁ……殺、してやる……!」

「良いねぇ、その目。魔法くらいは使ってあげよう」

「ま、ほう?」


 黒男が歩み寄り、俺に右手をかざした。


「〝タイニトロン〟」


 眼の内側で火花が散り、胸に、全身に細かな衝撃が断続的に流れる。やがて辺りは、この夜闇よりも真っ暗に、黒くなっていった。


  

 

 


 


 

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