第8話 畑泥棒。

 ある日俺は夜更かししていた。

 ある日、とは云うものの、夜更かしするのはいつもの事であり、一日の終わりに本を読むのがいつしか俺の習慣になっていた。

 冒険から帰って来た兄貴が持って来るのは土産話だけではない。村の外で流行っている本や、高く売れなかった古書などを俺の為に持ち帰ってくれる。この村に住む者達の例に漏れず俺も初めは文字を読めなかったが、幸いな事にお袋が文字を少しだけ読めたし本を読む度に解る言葉も少しずつ増えていったので、この頃には難しい文章もすらすら読む事ができた。

 

 やべ。今日もだいぶ遅くなったな。

 俺の家に時計なんて物は置かれていない。だが日中、仕事の進み具合で時間を計算している様に、本のページの進み具合である程度の時間がわかる。

 俺はランプの灯りを消して布団に潜り込んだ。お袋が毎日干しているので太陽の匂いが心地良い。本の内容のせいでまだ気分は昂っているが目を瞑ればいずれ、いつもの様にぐっすりと眠れる事だろう。


 やがて考え事と夢との境目が曖昧になってきた頃、窓の外から物音が聴こえた。

 かなり遠く——どうやら畑のある方向だ。

 何やら話し声の様なものが聞こえる。たぶん、大人の男達。

 話の内容まではわからないが、男か女かくらいは判別できる。時たま急かす様に怒鳴る声も聴こえた。

 それは下の階に居る親父達にも聴こえた様で、玄関が開く音が鳴る。親父が出て行った様だ。不安がるお袋が、独り言を言う。


 興味が湧いた俺は、パッと目を開けた。

 布団をまくってベッドから飛び降り、を履く。ちなみに朝穿き替えるのが面倒なので、ズボンは常に作業用だ。上は流石に薄着だが。

 そして、窓の外を見る。

 松明を持った親父の姿が見えた。

 俺は夜目が利く。本を読む時は俺もランプを使うが、基本的には暗がりでも物を見る事ができる。

 兄貴にその事を打ち明けた時「一緒に冒険者になろう」と誘われたが、俺は親父の仕事を手伝う事に満足していたので、断った。

 俺が居なくなれば親父もお袋も困る。

 二人は俺の前では言わない様にしているが、俺が居ない所で村を出て行った兄貴の悪口を言っていた。俺まで家を出て行ったらどうしよう、という相談も。

 俺に聴こえないと思っていた様だが、もっと小さな声で話さなければ、俺には筒抜けだ。


 窓を開けた俺は、部屋の方を向いて窓枠に乗る。袖のないシャツから飛び出た腕に当たる風が、心地良い。

 脚を外へ放り出した。

 勢いよく外へ体が飛び出すが、手で枠を掴んでいる。体が振り子の様に壁へ動き、脚を曲げて壁に静かに着地した。そのまま下に飛び降りても良かったが、音を立てればお袋に気づかれる。

 俺は窓枠にぶら下がり、右手を離した。左腕だけが残り、ぶらん、となる。

 窓枠の下には予め降りやすくなる様に窪みを作ってある。そこへ右手を差し込み、今度は左手を離した。体が更に下へ行き、左手が新たな窪みに届いた。それを使って更に降りる。

 そうこうしているうちに、あっという間に地面だ。草も予め刈っているので着地の音も鳴らない。


 その後も俺は、足音が立たない様に親父の後を追う。

 不意に、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に入って来た。腐ったカコの実の匂い——倉庫が開けられている。

 なんだか胸騒ぎがした。

 夜中に家族以外の人間が居るだけでも普通ではないのに倉庫まで開けられているとは。

 俺は親父を追う脚を早める。直ぐに追いついた。気づかれない様にカコの木の影に隠れて、そのまま、追う。

 男達の声も近づき、その内容も段々とハッキリとしてくる。


「——へへへ、まさかこんなトコロにこんな宝の山があるなんてなぁ」

「しっ、無駄口は叩ない方が良いねぇ。早くブツを詰め込もう」

「命令すんじゃねえよ。つーか声デケェって。お前の方が気づかれるから」


 流石に解る。コレは泥棒だ。

 でも大丈夫。親父は強い。強い、ハズだ。

 親父の足音が倉庫に近づく。俺の位置からも男達が見えた。倉庫の中に三人、そして倉庫の入り口付近に一人居る。

 倉庫が灯りに照らされると、入り口の奴が倉庫の影に動いた。中の奴らも気づいて親父を見る。


「お、お前ら! 何やってんだ!?」


 親父が倉庫に向けて怒鳴った。


「あらら、見つかっちゃったねぇ。キミらが無駄口叩くから」

「お前の声がでけえからだって」

「どっちでも良いべ。それよりこのオッさん、どうする?」


 男達はそれぞれ違った風貌をしていた。

 鋭い目つきをしたねちっこい喋り方の男。煤けたコートの上からでもがっしりとした体つきがわかる。親父と同じくらいに黒い肌は闇に溶け込んでいるが、その鋭い目つきと、植物のつるの様に何本も垂れ下がる頭髪が印象的だ。

 背と声が高い痩せた男は泥棒のクセにフワッとしたシャツに皮の胸当てという子綺麗な格好である。

 もう一人の小太りも痩せた男と同じく無邪気な口調で話すが、その声は野太く身なりは汚い。ボタンが外れてはだけたシャツの内側でと汗が光っている。


「何やってるって言ってんだよ!? ここが俺の畑だって知っててやってんのか!?」


 親父はさっきよりもハッキリと怒鳴った。


「ん? 見りゃあ、わかるよ。持ち主以外が俺らに気づくわけないっしょ。てかよ、あんたも見て気づけって。俺らはドロボー、ガキが見てもわかるんじゃない?」


 男達がゲラゲラ笑う。


「てめえら、ぶっ殺してやる!」


 親父がズンズンと中へ入って行く。


「ひゃー、向かって来た! 怖いよー、見逃してー!?」

「あははっ、だってよ? オッさん、俺らの事見逃してくれる?」

「ダラダラしてると他の連中も来るねぇ?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」


「て、てめえら! ふざけんじゃねえ!」


 親父がもう一度怒鳴った時、外で隠れていた奴が、親父の背後に忍び寄っていた。

 

 

 

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