2023年9月~
UNLEASHED
今日は、私が初めて一人で電車に乗った日のことを記そうと思う。一人で電車に乗るということは、当時の私にとっては冒険に出かけるくらい重大なことであった。といっても、そう大して遠くに行ったわけではない。
行き先は、名古屋国際会議場。地下鉄を利用して、乗り換えもあった。あの日の私は中学2年生で、おそらくその歳の時には平気で一人行動できた人も多いだろう。しかし、私は良くも悪くも幼い頃から習い事などで忙しく、子供だけで出かけることなど滅多になかった。
部活をサボり、ちなみに部活は普段からサボり魔だったが、帰りの会が終わってすぐ教室を飛び出し、全速力で家に帰った。そして玄関を開けてすぐに「友達と遊びに行く!」と母に嘘の報告をし、待たせているから急いでいる、とも嘘をついた。セーラー服から裏起毛のトレーナーとジーパンに着替え、前日のうちに用意しておいたanelloのリュックを乱暴に背負い、黒いズック靴を履いて駆け出した。
地下鉄での話を詳しく書くと住所がバレそうなので、目的地の最寄りである西高蔵駅に着いたところから書かせて頂く。
私が西高蔵に到着した時間はまだ少し早かった。当時使っていた青いガラケーで、地図が映し出されたパソコンの画面を写真に撮っておいたのだが、実際の場所に来てみたらまるでわけがわからなかった。それでもなんとか勘で選んだ道はどうやら合っていたらしい。堀川に架かる旗屋橋を渡ると、それらしい建物を見つけた。かなり大きな施設で、敷地に入ってから建物の出入口まで少し距離があった。正直言って、緊張していたため、歩いた道中のことはほとんど覚えていない。
玄関をくぐると、吹き抜けの空間が広がっていた。うわぁ、と思わず声を上げてしまっていたかもしれない。おそるおそる奥に入っていくと、グッズ販売は終了しました、というようなことが書いた看板が立てられていた。私は買い物のために何千円か持ってきていたが、それは役に立たなかった。
太い柱の傍で、私は周りの様子を見つめていた。私が駅を出てから地図を読むのに手こずっていたこともあり、またドギマギと行動していたこともあり、思ったより時間が経っていたようだ。ちょうどいい頃合いとなり、着飾った女性たちがぞろぞろと建物に入ってきていた。
そんな中で。
くすんだ緑色のトレーナー、古びたジーパン、中学校の白い靴下、そして汚れたズック靴。手には時代遅れなガラケーを持っている。あまりにも垢抜けないその姿は、あの場には相応しくなかったのかもしれない。自意識過剰かもしれないが、妙に周囲からの視線を感じた。居てもたっても居られなくなり、私は来た時とは反対方向に駆け出した。
外にも行列となって美しい女性たちがいた。一人だけ逆方向に走る私は、さぞ不思議に映っただろう。私は一目散にその場から逃げた。旗屋橋を渡る時、心の余裕はないながらも、ふと横を見た。街灯がオレンジ色の光を放ち、美麗だった。駅に着くと、何とも言えない虚しさが込み上げてきた。電車のホームにあるベンチで、しばらくただ座っていた。
あの日は、2018年12月3日だった。
山下智久さんのライブツアー「UNLEASHED」の名古屋公演が、さっきまでいたあの場所で開催されていた。
ライブに行きたいということは元より、ファンになっていたということすらまだ誰にも言えていなかった私は、チケットを持っていないのにも関わらず会場に行き、その空気を味わいたいと思った。欲を言えば、グッズの会場販売で何かしら一つ記念になるものを買いたいと思った。結果的に吸った酸素は決して美味しいものではなかったが、それも含めて、私にとっては甘酸っぱい思い出である。
あれから5年経った2023年。
念願の山Pコンサート参戦を果たした。
自分でチケットを取り、ファンクラブ限定のグッズと張り切って作った手作りのうちわを持って行った。コンサート中のトークで山Pが使っていたタンブラーを会場販売で買った。
ライブに参戦したことも、自力でチケットを取ったことも、会場でグッズを買ったことも、5年前はできなかったことである。何とも言い難い感慨深さを感じた。箱入り娘だった私が、完全とは言えないが自立し、何かが解放されたように感じた。
ちなみに、これを公開する本日9月11日は、第二の誕生日の一週間前である。つまり、6年前の今日は「コード・ブルー」第3シーズンの9話が放送された日。思いっきりネタバレしてしまうが、この回のラストで山Pが演じる藍沢先生は土に埋もれてしまう。新垣結衣さん演じる白石先生の「私が大好きなこのチームは、バラバラになってしまった」というナレーションでこの日は幕を閉じた。
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