神様

 2017年4月15日。私は「神様」に出逢った。


 超有名アイドル・嵐の冠番組である「嵐にしやがれ」四時間スペシャルのラストで、次の番組が始まるのをカウントダウンしていた。その次の番組には、私は全く興味がなかった。しかし、私は冒頭で心を鷲掴みにされる。

 2016年公開の新海誠監督の映画「君の名は。」はきっと誰しも知っているだろう。私もその映画の魅力にはまった者の一人で、もちろん映画館で鑑賞した。また、ノベライズ、いや、原作か、ちょっとそのあたりはわからないが、新海監督自ら書いた「君の名は。」の本も読んだ。

 あの物語のキーになるものは、隕石だ。あの日、「嵐にしやがれ」の直後、隕石の映像が流れた。私は一瞬で「君の名は。」を連想し、うっかり見始めてしまった。思えば、あの時チャンネルを変えなかったのは、「変えなかった」のではなく「変えられなかった」のかもしれない。

 隕石の映像で始まった番組は「ボク、運命の人です。」というドラマだった。主演は亀梨和也さん。

 亀梨さん演じる正木誠が自宅に帰るシーン。玄関を開け靴を脱ぎ、家に上がると、謎の男がいた。誠は腰を抜かす。「お前は誰だ」的な内容の会話をしたあと、謎の男は、自分のことを「神だよ」と紹介した。そのあとも何度か神は登場し、誠との楽しい掛け合いを披露していた。私は謎の男を「神様」と呼び、母におもしろいドラマを見つけたと嬉々として報告した。私にとって、自分からドラマを見始めるということは、この時が初めてだった。

 翌週からは録画し始めた。このドラマは誠と木村文乃さん演じる晴子の恋愛ものだったが、私が楽しみにしていたのはもちろん誠と神様のシーンである。神様のボケと誠のツッコミを観て爆笑した。

 全十話で「ボク、運命の人です。」は完結し、しばらくは神様のことなんて忘れてしまっていた。でも、夏のある日、母が言った。

「今日から神様が主演のドラマが始まるらしいけど、観る?」

 私は喜んで「観る」と答えた。そのドラマこそ、私の人生のバイブルである「コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-」である。「神様」を演じていたのは、山下智久さんだ。

「コード・ブルー」では、山下さんは、おふざけな神様とは正反対のクールな役を演じていた。神様を演じている時の山下さんしか知らない私は、雰囲気があまりにも違って戸惑った。

 山下さん演じる藍沢先生と、新垣結衣さん演じる白石先生と、戸田恵梨香さん演じる緋山先生と、浅利陽介さん演じる藤川先生と、比嘉愛未さん演じる看護師・冴島さん。この五人を中心にストーリーは進んでゆく。当時の私は知る由もなかったが、「コード・ブルー」はシリーズもので、既に二期放送しており、五人の間に絆はもうできていた。


 2017年9月18日。「コード・ブルー」の最終回の日だ。冴島さんのこんなナレーションで、第10話は始まった。

「人はよく人生の苦難を長いトンネルに例える。光の差す出口を目指し、暗闇の中を進んでいく様が、人生と似ているからだろう。

 人はその道を進むために様々な準備をする。ある者は明かりを持ち、ある者は地図を用意し進む。光の先にある、答えを求めて。」

 ちなみに、これを書いている私はドラマを見返してなどいない。完全に暗唱しているのだ。当時の私は台詞を覚えてしまうほど熱心にこのドラマを鑑賞していたし、今でも印象的な台詞は何も見ずに文字に起こせる。これは私の特技だ。

 あの日の藍沢先生は、いつも以上にかっこよかった。ネタバレしないで語るのは難しいので、ただそれだけ書いておく。

 しかし、なんとも悲しいことに、最終回に限って録画に失敗してしまった。その日は山下さんたちが「ネプリーグ」というクイズ番組に「コード・ブルー」の番宣で出演しており、また、母が長時間の歌番組を録画していたため、機器の容量が足りなくなってしまったのである。私はその時、絶望に似た気分になった。そして、何週間かしてその絶望から立ち直ったころ、ネットでならもう一度かっこいい藍沢先生に会えると考えた。それ以前にもネットを使ったことはあったが、スマホは当時持っておらずパソコンしか使える機器がない。しかし、キーボードなどほとんど覚えていなかった。よって、「コード・ブルー」と検索窓に入力するだけで一苦労だった。

 なんとか自力で検索すると、おびただしい量の情報が出てきた。しかし、もう放送から何週間か経ってしまったため、配信サービスでの期間限定無料配信はもう終わってしまっている。でも、たまたま見出しに惹かれてクリックした先はTwitterで、いろんな人の「コード・ブルー」の解釈が飛び込んできた。そして私は思慮を深め、さらに「コード・ブルー」沼の奥深くへと入っていった。また、TwitterからGoogleに戻り、また気になる見出しをクリックすると、今度はYouTubeに飛んだ。今思えばあれは違法アップロードだったが、最終回放送当日の「めざましテレビ」の一部がアップされていた。「コード・ブルー」のクランクアップの時の映像で、山下さんが声を震わせながら話していた。山下さんはまっすぐで、心が清美な人なんだろうな、と思った。なんて素敵なんだろう、と思った。

 そして、自分の気持ちに気がついた。

 あれ、これって、もしかして、恋? そういえば、パソコンを開いてからずっと、顔はニコニコしている。心臓が高鳴っている。山下さんを見ているだけで、幸せを感じる。

 ああ、私、好きな人ができたんだ。

 そう思った。

 もし、9月18日に録画に成功していたら、この時インターネットを使ってみようなどと思わなかっただろう。「コード・ブルー」の沼にさらに深く入っていくことはなかっただろうし、私自身が山下さんに対して恋心を抱いていることには気がつかなかっただろう。

 今では、あの時録画に失敗したのは、運命だったのではないかと思っている。


 話は変わるが、私が高校生の頃使った倫理の教科書(「高校倫理新訂版」実教出版)に、こんな文章が載っている。

「心身ともに大きく変化するこの時期を、フランスの思想家ルソーは『第二の誕生』と表現している。第二の誕生を迎えた青年は、知的にも感情的にも大きな節目を迎え、これまで体験したこともない未知の世界を経験する。」

 実は、私は「コード・ブルー」の最終回が放送された9月18日に、将来は医師になろうと決意していた。中学入学後、成績がガタ落ちし、それまでもっていた薬剤師になるという目標を見失ってしまっていた。そんな時に「コード・ブルー」を観て、新たな夢を見つけた。医師になるという夢をもてたことで、「死ぬ気で」勉強を頑張ることができた。ドラマ放送前は34だった内申点は、中学卒業の時には43になった。その成績を持って高校受験に挑み、晴れて地元で最も偏差値の高い学校に合格することができた。

 中学時代、成績が上がり始めた頃の私は、決意を固めた9月18日を、第二の誕生日と定めた。あの日、私は変わったから。だから、それから数年経ち、倫理の授業で「第二の誕生」を習った時、私は、間違いなく自分にとってのそれは2017年9月18日だと思った。

 残念ながら、今や医師になるという夢は叶いそうもない。しかし、これだけは確かなのは、もしも「コード・ブルー」を観ていなかったら、「ボク、運命の人です。」を観ていなかったら、今の私は存在しないということ。「死ぬ気で」勉強した中学時代、苦しんだ高校時代があってこその、今の私である。


 山下智久さんには、本当に感謝してもしきれない。彼に出逢わなかったら、私は今の場所にいないのだから。およそ二千年前、ローマ帝国による過酷な支配に苦しんでいたユダヤ人のもとにメシアたるイエスが現れたように、夢を失って迷走していた私を、山下智久さんは救ってくれた。イエスは死後、神になった。私にとっての山下智久さんは、いつまでも、隣人愛によって繋がった大切な「神様」だ。

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