こころ

実朝さま

 2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第35話「苦い盃」の中盤に、こんなシーンがある。

 源実朝が歩き巫女と話しているものだ。歩き巫女は、まずシュンとしている実朝に「悩みがあるようだな」と切り出した。実朝は「妻をめとった。私の思いとは関わりないところで、全てが決まった。」と話す。それから何ターンか会話したあと、歩き巫女は実朝にこう語った。

「これだけは言っておくよ。お前の悩みは、どんなものであっても、それはお前一人の悩みではない。はるか昔から、同じことで悩んできた者がいることを忘れるな。この先も、お前と同じことで悩む者がいることを忘れるな。悩みというのはそういうものじゃ。お前一人ではないんだ、決して。」

 これを聞いた実朝は、一粒の涙を零した。


 このシーンを観た私は、実朝さまに悩殺された。美しい、美しすぎる。こんなに純美な涙は初めて見た。すぐに実朝さまを演じている俳優について調べた。まず、このドラマは録画しながら視聴していたため、あとから出演者やスタッフの名前が流れるオープニングを確認し、名前は柿澤勇人さんであることを知った。次にネットで検索した。年は34歳(当時)。主にミュージカルで活躍している方のようだ。劇団四季に2年間在籍していたらしい。その頃の私はタイトルだけ見てもさっぱりわからなかったが、主な出演作に「フランケンシュタイン」、「スリル・ミー」、「デスノート THE MUSICAL」、「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」があるらしい。また、かつて私が観ていたドラマ「ネメシス」、「未満警察ミッドナイトランナー」、「軍師官兵衛」に出ていたということを知った。私は、今まで気がついていなかっただけで、既にこんなに素晴らしい俳優さんに出会っていたということがわかって、何とも言えない感慨深さに浸った。


 以上が、私が柿澤勇人沼にはまったきっかけである。


 画面越しに実朝さまに会える日曜日を、毎週心待ちにするようになった。柿澤さんの公式Twitterと「鎌倉殿の13人」公式SNSをフォローした。写真がアップされたことに気付いたら、すぐさま保存した。柿澤さんのツイートにリプをした。そして、自分のアカウントのプロフィールに、柿澤さんのファンであるという文言を追加した。私は当時高校3年生で大学受験を控えていたが、柿澤さんを見ている時は自然に笑うことができた。ドラマの中で実朝が命を落としてすぐの頃、私は2023年4月に上演され、柿澤さんが主演を務める公演のミュージカル「ジキル&ハイド」のチケットを買った。「4月にはジキハイ!」と思いながら、受験をなんとか乗り切った。


「苦い盃」が放送されたあの日から九ヶ月。受験期の私を支えてくれた人のうちの一人は柿澤勇人さんである。何かと話題になりがちな「推し」だが、私にとっての柿澤さんは「支え」という意味が大きい。

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