第一章 夜会での日常④
「ホールには行かれないのですか」
「あぁ……少し
(今日の茶番劇はいつも以上に長かったから……少し疲れた)
「……なるほど」
慣れない会話を試みる気はなく、早々に元居た場所へ戻ろうとした。
「……では」
(早く一人になりたい)
「お待ちをレディ。よろしければ少し話し相手になっていただけませんか?」
「え」
(
予想外の提案にぴくりと
「実はダンスが苦手でして。せっかくの夜会に一人でいるのもなんですから。……よろしければ」
(別に話すことなんてないのに……それに一人って案外いいものなんですよ)
「あ……ご
「……」
(本当は
本心としては一人静かに過ごすことを望んでいたが、あらゆる角度で考えた時、最善は申し出を受け入れることだと判断した。
「私でよろしければ」
(少しの間の
「よかった」
安堵の笑みにさらなる眩しさを感じながら、足をとどめることにした。
「レディ、ちなみにダンスはされましたか?」
「……私も苦手なもので」
「では、婚約者の方としか踊らないのでしょうか」
「まだ婚約者はいないので、踊らずに済んでいます」
(作る予定もないし)
教養として社交界のマナーや作法はもちろん、ダンスも身に付けてはいる。
学べるというありがたい
「おや。婚約するご予定はないのですか」
「姉がおりまして。差し置いてするわけにもいかないので、今は特に何も考えていません」
(それに悪評のせいで貰い手はいないから、婚約の話が持ち上がったこともないな)
「初対面でする話ではありませんでしたね。失礼しました」
「いえ……」
(初対面でする話がわかりませんのでご安心を。話題が
どこにも届かないであろう小さな願いは、心の内側に静かに
会話に集中していると、いつの間にか時間が
「
「そうなのですか」
(それは気になる。機会があったら飲んでみたいな)
もしかしたら緑茶以外にも
夜会も
「……レディ、私の名前はレイノルト・リーンベルクです。最後にお名前を聞いてもよろしいでしょうか」
「失礼しました、名前も名乗らずに……」
(そう言えば名乗ってなかった……!)
「いえ、それはお
「レティシア・エルノーチェです、お見知りおきを」
この時私は名乗っていないという事実に気を取られて、男性の名前を聞いていなかった。
具体的にいうと家名を聞き
その考えが大きく外れることを、私はまだ知らない。
● ● ●
帰宅用の馬車に乗り込む。
「レイノルト、お前どこにいたんだ?
「ああ、すまないリトス。興味深いことがあってな」
「気を付けろよ。いくらフィルナリア帝国がセシティスタ王国より大国でも、いつどこで何があるかわからないんだからな」
そう軽く
「ふっ」
「……は? お前、今笑ったのか? いや、そんなわけない。万年作り笑いしかしないんだからな」
同伴した友人が
「いや。笑ったよ。
「なんだそれ。
話しかけて嫌がられたことから、自分にまるで興味がない様子まで伝えた。
「……
「いや、存在したよ。名前まで聞いたからな」
「でも内心はそうじゃないんだろ?」
「いや。むしろ心の中では
「
姉に悪評を立てられましたが、何故か隣国の大公に溺愛されています 自分らしく生きることがモットーです 咲宮/角川ビーンズ文庫 @beans
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