第一章 夜会での日常④

「ホールには行かれないのですか」

「あぁ……少しつかれてしまいまして」

(今日の茶番劇はいつも以上に長かったから……少し疲れた)

「……なるほど」

 慣れない会話を試みる気はなく、早々に元居た場所へ戻ろうとした。

「……では」

(早く一人になりたい)

 しやくをして立ち去ろうとすると、何故か引き留められる。

「お待ちをレディ。よろしければ少し話し相手になっていただけませんか?」

「え」

いやです、めんどうなのでお断りします……どうやって断ろう?)

 予想外の提案にぴくりとひだりほおが動く。少し表情がくずれて本心が表れてしまった。その変化に驚いたのか、男性も目を丸くしてしまった。しかしそれもいつしゆんで、再び微笑ほほえみをかべながら言葉を続けた。

「実はダンスが苦手でして。せっかくの夜会に一人でいるのもなんですから。……よろしければ」

(別に話すことなんてないのに……それに一人って案外いいものなんですよ)

「あ……ごめいわく、でしたかね」

「……」

(本当はうなずきたい所だけど我慢しよう。また姉につかまったり、断って場所を移動したりするのは面倒だから、嫌だけど付き合おう)

 本心としては一人静かに過ごすことを望んでいたが、あらゆる角度で考えた時、最善は申し出を受け入れることだと判断した。

「私でよろしければ」

(少しの間のしんぼうよ、レティシア!)

「よかった」

 安堵の笑みにさらなる眩しさを感じながら、足をとどめることにした。

「レディ、ちなみにダンスはされましたか?」

「……私も苦手なもので」

「では、婚約者の方としか踊らないのでしょうか」

「まだ婚約者はいないので、踊らずに済んでいます」

(作る予定もないし)

 教養として社交界のマナーや作法はもちろん、ダンスも身に付けてはいる。

 学べるというありがたいかんきようは、利用しないともったいないというのが私のスタンスだ。

「おや。婚約するご予定はないのですか」

「姉がおりまして。差し置いてするわけにもいかないので、今は特に何も考えていません」

(それに悪評のせいで貰い手はいないから、婚約の話が持ち上がったこともないな)

「初対面でする話ではありませんでしたね。失礼しました」

「いえ……」

(初対面でする話がわかりませんのでご安心を。話題がきたならこの場から解散していただいて構わないのですが)

 どこにも届かないであろう小さな願いは、心の内側に静かにしずんで消えた。

 おそらく社交辞令のはん内で、当たりさわりのない会話を目指しながら言葉をわした。最近の天気から始まり、お茶の好みなどが話題に上る。

 会話に集中していると、いつの間にか時間がっていたことに気が付かなかった。

が国には、緑茶以外にも珍しい茶葉があるんですよ」

「そうなのですか」

(それは気になる。機会があったら飲んでみたいな)

 もしかしたら緑茶以外にもなつかしい味に出会えるのでは、というあわい期待をする。

 夜会もしゆうりようの時間をむかえ、この場も解散することになった。

「……レディ、私の名前はレイノルト・リーンベルクです。最後にお名前を聞いてもよろしいでしょうか」

「失礼しました、名前も名乗らずに……」

(そう言えば名乗ってなかった……!)

「いえ、それはおたがい様ですから」

「レティシア・エルノーチェです、お見知りおきを」

 この時私は名乗っていないという事実に気を取られて、男性の名前を聞いていなかった。

 具体的にいうとを聞きのがしたのだが、もう関わることはないだろうと思いかくにんすることをしなかった。

 その考えが大きく外れることを、私はまだ知らない。


    ● ● ●


 帰宅用の馬車に乗り込む。

「レイノルト、お前どこにいたんだ? ちゆうから姿が見えなくなってあせったぞ。仮にもフィルナリアていこくの大公でらいひんなんだから、変に目立つなよ」

「ああ、すまないリトス。興味深いことがあってな」

「気を付けろよ。いくらフィルナリア帝国がセシティスタ王国より大国でも、いつどこで何があるかわからないんだからな」

 そう軽くとがめるのは、パーティーにどうはんさせた友人のリトス。こうしやく家の次男として生まれた彼は割と自由に生きている。商会を立ち上げた彼は、今回セシティスタ王国に特産品の緑茶を輸出するためにこうしようしにきた張本人だ。

「ふっ」

 さきほどまでの会話を思い出して笑みがこぼれる。

「……は? お前、今笑ったのか? いや、そんなわけない。万年作り笑いしかしないんだからな」

 同伴した友人がおどろきのあまり動きを止めた。そんなことお構いなしに、にやけ続ける。

「いや。笑ったよ。おもしろいごれいじようがいたんだ」

「なんだそれ。くわしく話せ」

 話しかけて嫌がられたことから、自分にまるで興味がない様子まで伝えた。

「……げんかく見てるんじゃないのか」

「いや、存在したよ。名前まで聞いたからな」

「でも内心はそうじゃないんだろ?」

「いや。むしろ心の中ではすごいあしらわれ方をしていたな」

うそだろ……」

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姉に悪評を立てられましたが、何故か隣国の大公に溺愛されています 自分らしく生きることがモットーです 咲宮/角川ビーンズ文庫 @beans

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