第一章 夜会での日常③

 しかし、どうやらそれは思いちがいのようで、キャサリンが一人で後ろによろめいた。

 まるで私に押されたと言われんばかりの動きである。

「何をしている、レティシア」

「……だいじようかい? キャサリンじよう

「お兄様、殿下……」

(うわぁ、出た。できれば関わりたくない面倒な人達……)

 キャサリンの背後から、茶番劇に役者が二人登場した。

 ものごしやわらかなこわいろでキャサリンに安否を問うのは、が国セシティスタ王国第一王子エドモンド殿下。王家特有の青い髪は夜会でも目立つ。たんせいな顔立ちは、令嬢達からの人気もうなずける。

 そのとなりけんの視線を向けるのが兄であるカルセイン。王子の隣だというのにかすむことなく存在感を放つ美男子で、にらみ付ける表情さえ周囲の令嬢達は美しいと言うほどだ。

「キャサリン、はないか」

「お兄様、私なら平気ですわ」

(長丁場にするのは勝手ですけれど、時間のという言葉はご存じないのかしら)

「レティシア、何をした」

「お兄様、レティシアは悪くありませんわ。……私の言い方が悪かったかと」

(お姉様、会話のキャッチボールってご存じで? 一応私に聞いたと思いますけど)

 キャサリンは作り上げた自分の苦労が伝わるように、押されるまでのけいを話した。

「キャサリン嬢、間違いやあやまちを咎めることは悪いことではないよ」

「あぁ。それを認めない方に問題がある」

殿でん、お兄様……」

すごいな。普段はまともと思われる二方なのに、キャサリンお姉様の話を鵜呑みにするのだから。そうほうの……私の言い分は聞いたことがないもの)

 しかしこれに関してはカルセインの場合、い立ちに原因があると感じている。

 今でこそ父について私達まいや家に寄り付かない生活だが、当然幼少期は異なっていた。

 母は家の中だと父にしかねこかぶらず、カルセインにはを見せていたため、彼は母親の性格を理解できていた。そしてあくえいきようを受けたかのように育ったベアトリスとリリアンヌを目の前に、エルノーチェ家に対する嫌悪がぞうふくしていった。

 私が生まれる前のことは知らないが、気が付いたころにはカルセインはキャサリン以外の私達三人を軽蔑していたと思う。

 キャサリンが兄にどう取り入ったかは不明だが、私の悪評は姉二人と母の悪影響を受けて育ったから、と言えばだれもが大いになつとくができる。何せ前例が二つもあるのだから。

「でも、私の言い方がきつかったのは事実ですから……本当にごめんなさい、レティシア」

(そう思うのならばからまないでいただけると幸いです、お姉様)

「キャサリン、相手にするだけ無駄だ。ほうっておくのが一番だ」

「お兄様いけません。私はレティシアの姉ですよ? 見捨てるだなんて」

(お兄様の意見に賛成です)

「それでもだ」

「お兄様……」

「……取りえず、今日はもう良いのではないかな」

(殿下グッジョブ。役に立つこともあるんですね)

 エドモンド殿下の一言に納得する素振りを見せたキャサリンは、二人に連れられてその場を後にした。

 私に残ったのはいつも通り、周囲によるべつの視線だ。

(……そう言えば喉渇いたんだった)

 ようやく茶番劇から解放された私は、視線を気にせず飲み物を取りに向かった。

 いまごろキャサリンはお兄様か殿下とおどっていることだろう。いつもその流れなのだ。

 毎度きずによくやるなぁと思いながらも、それだけエドモンド王子のこんやく者になりたいというしゆうねんが強いことがわかる。その行動力に改めて感心しながら、よくがんったと自身を内心でねぎらった。

(……あれ? 緑茶みたいなものがある)

 飲み物が置かれる場所にひときわ目立つ存在が。緑のとうめいな飲み物、あれはもしかしたら緑茶かもしれない。それが目の前にあることにおどろきをかくせない。

 セシティスタ王国には紅茶はあっても、緑茶は存在しないのだ。今までは他国から輸入もしていなかった。前世ゆかりのものに再会した気分になり、気持ちは高ぶった。

(飲もう!)

 迷わず手に取ると、一口飲んでみる。口の中に広がるのは覚えのある味だった。

(……美味おいしい。やっぱりこれは緑茶だ!)

 その味は前世のおくでしかないはずなのに、体まで喜びを感じていた。久しぶりに故郷ふるさともどった、そんな感覚におそわれると心が一気におだやかになった。茶番劇のろううそみたいに消えていく。

 緑茶をたんのうしていると、とつぜん声をかけられた。

緑茶それはお気にしましたか、レディ」

 レディ。そのような言葉をかけてもらったことなどない私は、自分のことだと思わずじやにならないように立ち去ろうとした。

「おや、お気に召しませんでしたか」

(これが家でも飲めたらなぁ)

「レディ?」

(茶葉は探せば売っているんだろうけど、自立に備えて貯金をしないといけないし、今のかせぎではそれ以上のゆうがない。家のお金は絶対使いたくないから……まんかな)

「……失礼しますレディ」

(……?)

 さきほどから誰かに話しかけていた男性は、いつの間にか背後から目の前に移動していた。

「……私のこと、ですか?」

「はい。周囲にほかに人はいないので、気が付かれると思ったのですが」

「あ……」

 言われるがままわたせば、ホールの中央に人があふれかえっていた。飲み物はホール内を歩く王家の使用人からもらっている人がほとんどで、設置されたすみの場所に来る者はいなかった。

「これは失礼いたしました」

 声をかけてきた男性はとても端整な顔立ちで、何かはわからないが彼の存在自体がまぶしいように感じた。私のかみいろとは対照的に黒い髪は夜空にけ込むほど暗いのに、何故なぜかがやきを放っていた。これがぞくにいうオーラなのだろうか。

(……なんか発光してる?)

「いえ、私の方こそはいりよが足りませんでした」

 キャサリン関係で話しかけられることしかなかったために、目の前の男性を不思議そうに見る。一体何の用だろうと。

「えっと……私になにか」

「我が国の特産品である緑茶を手にしていらしたので、つい声をかけてしまいました」

「あ……そう、でしたか」

 なるほど、緑茶の生産地の方か。ということは他国の人であるため、私の悪評は知らないという所だろう。さすがに他国にまでひびいていたら驚くが、そうでない可能性にどことなくあんした。

「セシティスタ王国の方々にとっては、目新しいものでしょうから。好みはわかれるでしょうし、そもそも手に取っていただけないと思っていたので」

「……とても美味しいですよ」

「そうですか、それはよかった」

 さわやかなみを向ける男性。

 悪意も侮蔑もない、じゆんすいな笑みに少ししんせんを感じてしまう。夜会やパーティーでは特段人とかかわることをけるため、こうした何気ない会話さえもめずらしいものに感じる。

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