第一章 夜会での日常②

 すでにほとんどの貴族が会場で交流を始める中、私達はようやくとうちやくした。

 そしてそのまますぐに王家へのあいさつへと向かう。

 存在感の強い真っ赤なドレスを身にまとうのがベアトリス。ブロンドのかみゆるやかに巻かれている。

 リリアンヌはふんわりとしたピンク基調のはなやかなドレスを着ているが、フリルが多くて甘すぎる印象をあたえる。だが、確かにお似合いと言える。ベアトリスより暗いブロンドの髪をツインテールにしている。

 キャサリンは青を基調とした、品のあるドレス。髪色は父親に似たプラチナブロンド。

 私のドレスはむらさきと白を基調にしたものだが、デザインはそれほど派手ではない。ホワイトブロンドの髪色は、姉妹の中でも一番色素がうすい。

 先に到着して待機していた父、兄と合流する。

「揃っているのか」

 そうたずねたのが父エルノーチェこうしやく、その後ろに無言で立っているのが兄カルセイン。

「お父様ぁ。私は殿でんと婚約したいのです。今日こそたのんでいただけますよね?」

「リリアンヌ、でしゃばらないで。婚約するのはこの私よ?」

 王家しゆさいのパーティーがあるたびに始まる二人の主張。もうきたものだ。

 王家には二人の王子がいる。

 第一王子はゆうしゆうでとてもおだやかな方と言われている。二十三歳の同い年である兄とは、幼い頃からかかわりがある。

 第二王子も優秀な方らしいが、けん一筋でとなったために王位けいしよう権は早々にほうした。ねんれいは第一王子とは三歳はなれた二十歳はたち。兄弟の仲は良好と聞く。ちなみに姉達は王位をがない第二王子にはいつさいアピールをしない。権力にしか興味がないと言っているようなこの行動は、姉達らしいと感じている。

 二人とも成人しているが、婚約者はまだいない。だから姉達は第一王子と婚約して、自分こそが王子妃になるという欲を捨てきれずにいるのだ。

 この件に関しては二人の姉だけでなく、キャサリンも関わってくる。ほぼ確実に、彼女もその席をねらっているから。悲劇のヒロインを演じる理由はここにある。

 明らかにベアトリス、リリアンヌに比べて印象が良くなるからだ。

「……お父様、順番かと」

「わかった」

 さすがの姉達も国王陛下の前では大人しくしており、時間をかけずに挨拶を済ませることができた。

 しかし問題はここから。第一王子に向けてれいじよう達の個人的なアピール合戦が幕を開ける。

 私は毎回巻き込まれないようにひとのない場所へなんする。だがおそろしいことにキャサリンは私を毎回さがし出すのだ。こうとしても「うちのレティシアを見ませんでしたか」と情報を集めて見つけ出す。無駄なていこうだとわかっていても近くにいたくはない。

 避難を始めようと思案していると、既にベアトリスとリリアンヌはそれぞれ第一王子にからみ始めていた。よくやるなとある意味感心しながら、そそくさとかべすみっこに移動した。

 壁を背に二人の姉を観察すると、王子がねつれつな視線を軽くあしらう様子が見て取れた。

 自分にはえんの世界だと切りえると、社交界とは全く関係ないことを考え始める。

明日あしたは食堂のバイトか……働き始めて二年はつけど、いまだにまかないは飽きないな。本当に店長が作るものは美味おいしいからなぁ)

 数年後の自立をえて、実は資金作りのためにだんは街で働いている。

 社交界に足を運ぶのはゆううつそのもの。楽しいことを考えないとやっていられないのだ。

(……のどかわいた)

 少し離れた場所に置かれた飲み物を見つけると、取りに行こうと動き出してすぐに足を止めた。

 目の前にキャサリンが立っていたのだ。

 キャサリンには対処法が存在する。といっても私独自の方法だけど。

 それは、話にはしっかりと耳をかたむけて、心の中でのみ反応し続けるというもの。

 はっきり言って聞き流すのが一番だが、これはエルノーチェ家内での話だ。

 非常にめんどうなことに、社交界でキャサリンに絡まれると、観衆が現れる。そのせいでねむと戦う必要が出てくる。彼女の話はそれだけ中身のないものばかりだが、人前で相手の話を聞かずにうとうとするのは失態となってしまう。

 失態をさらしたとなれば父にまで話が届く。そうなるときんしんを受けることになり、稼ぎに行けなくなるのだ。これだけは何としてもけたい。

 キャサリンの言葉に反応すれば、眠気がやってくることはまずない。悪態は内心にとどめる。これは前世の私がやっていたことだが、今世でも身についているようだ。

「レティシア……」

 深刻そうな表情で近づいてくるキャサリン。

 周囲に聞こえるギリギリの声で話すのもキャサリンがよく使う手法だ。

「今度こそはって……思ったのだけれど」

 悲しげな表情から感じるのは、また始まったというあきれのみ。

「今度こそは良いドレスを選べたと思ったの」

もらってないですね)

「数ヶ所のお店を見て回って、それでやっといいものを見つけたの……」

(それはご自分のドレスのことですよね)

 キャサリンからドレスをおくられたこと自体は何度もある。しかし、彼女が選ぶドレスはあくしゆなものばかりで、とてもパーティーに着て行けるドレスではないのだ。その上、今回キャサリンは自分の用意に多くの時間をいたこともあり、ドレスを贈る暇はなかった。言い返さないのを良いことに、キャサリンのきよげんがまた始まった。

「レティシアに……似合うと思ったのだけれど」

(それはどのドレスのことだろう。フリルにフリル、もはやフリルでできた、へんてこりんなドレスかしら。それとも金銀を使って派手さを重要視したデザイン性かいのドレス? もしかしてしゆつの多い品のないドレスのことではありませんよね。ごじようだんを)

「……ごめんなさいね」

(まずは人に贈る前に、ご自分で着られたらいかがでしょうか。お姉様でしたら着こなせるでしょうから。きっとお似合いになられますよ)

 うつむくキャサリンをなぐさめることはせずに、心の中で無感情のスマイルを向けた。

 キャサリンに同情するような視線と、私をとがめるような視線が少しずつ現れ始める。周囲の目には、今日もキャサリンは不出来な妹をやさしくさとす姉と映るだろう。

 反論し、キャサリンの化けの皮をがすことを考えたことがないわけではない。だが、社交界デビューした時から貴族達の私を見る目は、まるで私は悪評そのものだと決めつけるような視線だった。

 その時さとったのだ。

 うわさや一方の話だけをみにするような者達など、こちらからお断りだと。

 父と兄の時もそうだった。

 幼い時以来、数年ぶりに会ったある日。開口一番に放たれた言葉は「何故なぜキャサリンに当たるんだ?」であり、兄に至っては初めからけいべつの視線を向けて、私側の意見を聞く素振りもなかったのだ。自分勝手に判断するような父や兄とわかり合う必要はないとそくに判断するには十分だった。

 その気持ちは今でも変わらない。

 話がきたのか、キャサリンの様子から茶番劇が終わるふんを感じた。

「……きゃあっ!!」

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