プロローグ

 エルノーチェこうしやく家。

 私が転生したのは国内でも高位の貴族だった。公爵である父は国のさいしようを務め、長男であるカルセインはそのあとぐためにも現在はをしている。

 二人の業務はぼうで、家にもどることは年々少なくなっていった。

 エルノーチェ家は一男四女の子宝にめぐまれたが、四人のまいの評判は最悪そのものであった。ある一人を除いて。

「気分ではないわ。そのドレスは下げて」

「ですがさきほどまでこちらにすると……」

「まぁ! じよごときがこの私に口答えするつもり!?」

「そ、そんなつもりは」

 長女ベアトリス。

 ごうまんで自分勝手な彼女が朝から侍女をり回すのはいつものこと。むしろこれくらいは序の口で、げんが悪いと手がつけられなくなる。二十四歳になってもその態度が変わることはない。

「うーん、リリーこっちにする!」

「そのドレスだと品がないのでは……」

「なぁに? 文句あるの?」

「あ、ありません」

 次女リリアンヌ。

 脳内お花畑で異性を射止めることしか考えていない。二十二歳になっても自分の世界からけ出す様子はなく、ぶりっ子気味な所がある。社交界のマナーはとっくに身に付けているはずなのに、そんなことはお構いなしに自由ほんぽうに振るっている。

「きゃっ」

「キャサリンおじようさま! おはございませんか?」

「だ、だいじようよ。……ごめんなさい、レティシア。貴女あなたの道をふさいでしまって」

「……いえ」

「全くしようあらいですね。いつもキャサリンお嬢様にあたるのですから」

「私は平気よ、レティシアの気が済むのなら。それに、かんしやくを起こされるより私がまんする方が良いでしょう?」

 三女キャサリン。

 悲しげなこわいろでそう告げる。その姿はやさしい姉そのものに見えるだろう。社交界の評価がそれを物語っており、二十歳はたちになっても彼女には悪評がいつさい存在しない。だが、一連の行動が自作自演ということを侍女は知らない。

 四女レティシア。

 癇癪持ちのわがままな末っ子。これが社交界での私の評価。

 しかし、どれ一つとして本当の私には当てはまらない。癇癪を起こしたことも無ければ、わがままを言った覚えもない。それなのに悪評と呼べるこの評価が広まったのには、意図的な悪意があったからである。

 その悪意の持ち主こそがキャサリンだと断言できる。

 社交界で彼女は、エルノーチェ公爵家姉妹の常識人と呼ばれている。『性悪な姉二人とわがままな妹のめんどうを見る苦労人』というのが社交界の評価だ。

 しかし私は知っている。その評価は意図的にキャサリンが作り出していることを。

 確かに上の姉二人は性悪だ。それはちがいない。だが、キャサリンが二人の面倒をいつ見たと言うのだろうか。いつしよになったパーティーで、行動しようとする姉達にいかにもという様子で「おめください」と一言言う、それだけなのに。それ以上止めようと努力することも、苦言をていすることも決してしない。その後気分を害した姉がキャサリンのそばはなれれば、いつわりの言葉で苦労しているアピールを開始するのだ。それはまるで悲劇のヒロインのように。

 このどこが面倒を見ているというのだろうか。苦労するようなことは一切していないというのに。つまり、姉達もまた、キャサリンが好印象を与えるために利用されているということだ。

 上の姉二人に同情はしないが、正直言ってこの三女が姉妹の中で最もやつかいだと言える。

 理由は簡単。私にかかわってくるから。長女ベアトリスと次女リリアンヌは良くも悪くも自分第一なために、わざわざ妹に関わろうとはしない。

 しかし、キャサリンは違う。

 とにかく四女の私を利用する。その手法は言うまでもなくれつなもの。

 けれども私はていこうせずにそれを受け入れている。社交界の評価など興味が無いからだ。

 私はとにかく自立をして、早くこの家を出たい。そして面倒な姉達とえんを切り、一人静かにへいおんに暮らしたい。現在十八歳。成人とされる二十歳をむかえたら、すぐさま独り立ちする予定をたてている。

 これは私が転生してから現在に至るまでらぐことのない決意。

 姉達のえいきようを受けなかったのは、私にある前世のおくが作用していた。

 そもそも何故なぜ彼女達があのように育ったのか。その原因は母にある。

 母のいつぱん的な評価は、悪女と聖女に二分される。

 気に入らなければ格下の令嬢に当たり、格上の令嬢でも必要があればようしやなくとしたという悪行は数えきれない。

 しかしそのこうおもてになることはなかった。母は決してしようを残さずに、いん湿しつに行っていたからだ。

 その上表ではあつとう的なぼうを生かして振る舞うため、聖女のようなひとがらを演じていたという。当時一部では『聖女の皮をかぶったあく』と言われるほどだった。

 その悪魔は聖女のふりをしたまま父とけつこんをした。そして私達が生まれた。

 母は父の前では聖女の姿をつらぬき通すが、子どもの前では本性を現す。と言っても、私に実害はなかった。ただ母が傲慢でりよに欠けた振る舞いをするだけで。

 その姿を見て育ったのが、私達四姉妹。受けた影響は計り知れないだろう。

 私はそんな母から学び決意したことがある。それが『あんな大人にはならない』ということだった。

 前世の記憶があったからこそ、母がつうではないことは理解していたし、が何かわかっていた。そして成長した姉達がいかに厄介か推測できる。

 だからこそ、私は家を出ることを心に決めた。

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