賢子（たかいこ）さんは、語りたい

桐壺①

藤原「重い……」

清原「ん？」

和泉「なにがぁ？」

藤原「これ」

『「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり」』

（『源氏物語』より）

清原「うわっ」

藤原「壮絶、でしょ？」

和泉「うん」

清原「誰の歌？」

藤原「桐壺（きりつぼ）の更衣（こうい）」

和泉「初めて聴く歌です」

和泉「どの場面で出てくるの？」

藤原「桐壺の更衣が、亡くなる場面。当時は、死は穢（けが）れとされていたから。死期が近くなった桐壺の更衣は、宮中にはいられなくなって。帝（みかど）に向けて最期に詠んだ歌が、これなんだって」

清原「へぇ～」

藤原「ちなみに。『いかまほし』って、「行きたい」と「生きたい」の掛詞（かけことば）なんだけどさ」

清原「うん」

藤原「この期（ご）に及（およ）んで「生きたい」って……」

和泉「うっぐ（和泉、泣き出す）」

和泉「みんなから嫉妬（しっと）されて、いじめられて、つらい目あって。それでも、生きたいって……（泣きながら）」

藤原「したたか、だよね」

清原「執念とも言うべき」

和泉「帝（みかど）は、なんてお返事したの？」

藤原「歌を返すことはできなかったって」

清原「薄情者だな、桐壺帝」

和泉「そんなぁ」

藤原「まぁ、身分違いの恋だったからね。帝も、もどかしかったことはいっぱいあっただろうけど」

藤原「おとなしそうに見えた桐壺の更衣が、こんな壮絶な歌を詠んでいたとはね」

清原「しかも。『限（かぎ）り』って、「定（さだ）め」や「掟（おきて）」って、意味なんでしょ？」

藤原「そう。もう、わたしは死ぬ運命だから、って。帝とはお別れするしかないのです、って」

清原「せつないね」

和泉「くすん（まだ泣いている）」

藤原「でも、本当は生きたいの！　生きる道を行きたいの！　って」

清原「最後の悪あがき、みたいな？」

和泉「ほう」

藤原「……重くない？」

清原「うん、ちょっと」

藤原「桐壺帝、あなたと共にわたしは生きたいのです！　って」

叫ぶように言い放った藤原の言葉。

そこには、静寂が訪れた。