~第37節 出動~

 八咫烏やたがらすの面々と6人の前に姿を現したのが、アーティストでありアイドル活動をしている七瀬ななせマリナであった。一度は組織へ協力することの、返答を保留していたが、意を決してここへ足を運んだのだ。


七瀬ななせさん、いろいろと考えてくれてありがとう。ご両親のことや今のお仕事のこととか、でも決断してくれて我々も助かります。あなたのお仕事を辞めて欲しいとは言わないの。そのまま続けてもらって大丈夫よ。サポートも引き続きさせてもらうわ。ただ、手を貸して欲しいときは、お願いしたいと思っているの」


 ファサァッ…と長い亜麻色の髪を後ろにかき上げて、タカコはマリナの前に歩み寄る。そして、傍にいるサングラスをかけた女性にも一瞥いちべつする。その様子をソフィアとマサキも静かな笑みを浮かべて見守っている。


「お仕事は、続けてて、よろしいのですか?」


 少し首を傾げて、マリナは真っすぐにタカコの瞳をみつめて、問う。


「もちろん、国家権力とはいえ、個人の自由は極力制限しないことが、ここのルールなの」


 そこで、アギトが横から割り込み、マリナへ今まで聞けそうで聞けなかった質問をする。


「そうそう、だから俺らも普通に自分の仕事が出来るわけよ。そういえば、その大事な腰の刀に、名前は付いているのかい?」


「そういえば、お話していませんでしたね。この刀の名は…タケミカヅチの『韴霊剣ふつのみたまのつるぎ』と言われています」


 その名前を聞くなり、アギトが一歩身を乗り出して、目の色を変える。


「お、おい、それマジかよ…刀にしては珍しく直刀だとは思っていたが、本物なのか?伝説級の神剣じゃねぇか!どうりでダークスフィアの連中も古代の装置エンシェント・デバイスとして目をつけているわけだぜ。もしよければ、データを取らせて欲しいところだが…」


 それを聞くなり、鋭い目つきにマリナは変わった。


「申し訳ありませんが、これは代々我が家に伝わる秘剣…継ぐ者の他には触らせるわけには、参りませんので…」


「おっ、そ、そうか、それはすまなかった。気にしないでくれ」


 その意外な威圧する気配にて、思わずアギトは一歩下がり、気圧される。


「ごめんなさいね。データを収集するのも、私たちの仕事なの。あなたが最後に了承をしてくれたから、これで全員揃ったわね。それじゃ、これをみんなに渡しておくわ」


 そう言いながら、タカコは新しくクルーに加わった5人それぞれに、1枚のカードを手渡す。その表面には組織の名前と同じ八咫烏やたがらすのデザインが施されている。


「お母さんこれって、確かアキラさんやアギトさんが使ってるカード…」


 見たことのあるカードを渡され、セレナはポツリとつぶやく。


「そう、これはみんな固有のIDカードよ、セキュリティのカードキーにもなっているの。そして、緊急の際には警察や自衛隊以上の権限が与えられて、見せるだけで通してくれるわ。だから、決して無くさないで身に着けておいてね」


 そしてタカコは透明なケースホルダーに入った、首に下げている自分のカードを見せる。


「あと、ここでは司令と呼びなさい。セレナ」


 普段家では見せない厳しめな母親を前に、キッと緊張した面持ちで、セレナはそれに答える。


「わ、わかりました、司令」


 それを聞くと、満足そうにタカコは話を続ける。


「それから、御宮寺おんぐうじカケルくん。あなたには特別な任務があるの」


 それだけ言うと、マサキの方へ道を開ける。急に名前を呼ばれたカケルは、キョトンとした顔でタカコとマサキの両方を代わるがわる見る。


「えっ、僕に特別な、任務…ですか?」


「そうさ、我が弟よ。大学の授業の合間に、僕の開発を手伝って欲しいのさ。確か、電子工学はかなり得意な方だろう?僕はそこまで得意でなくてね」


 ノートパソコンに集中していたかと思えば、カケルの兄はいつの間にか立ち上がり、カケルの疑問に即座に答えていた。


「まぁ、得意な方ではあるけど、ね」


 珍しく兄に褒められ、カケルはまんざらでもないという風に、背筋を伸ばし胸を張る。そう自慢げにカケルが胸を張る中、唐突に部屋全体が赤く明滅し、警告音が鳴り響く。そして一斉に壁のコンソールディスプレイがアラートの表示に切り替わった。


「なっ、なに?どうしたの?」


 渡されたIDカードを天井の明かりに照らし、表と裏をまじまじと眺めていたところ、急な警告音と明滅する赤い光に、ビクッと身体を震わせ、ナツミは驚く。そして部屋中のスピーカーより、自動の機械音声が流れる。


《アラート!アラート!ダークミスト発生を確認しました!ダークミスト発生を確認しました!》


「どこかでまた、黒い霧が確認されたんだ!」


 中央の大型コンソールディスプレイに表示されている、日本地図からクローズアップされ、東京都の地図内の一部分が赤い丸の表示がなされており、アキラはそれを中心に波紋のように広がっているのを見ていた。他のサブのディスプレイには、近くの監視カメラからのリアルな映像が流れ出す。


「状況は?」


「大規模なダークネスゲインの上昇と亜空間歪曲わいきょくの発生を確認、モンスターの多数反応も確認しました!場所は、東京都新宿区、都庁付近に大きな反応があります!」


 インカムを付け、手元のコンソール画面を素早く見渡し確認しながら、ソフィアは現状の報告を指令のタカコへ淡々と行う。


「くそっ、奴らとうとう大都市の中心部を狙ってきたか!」


 画面を見ながら、アキラは拳を堅く握りしめる。そんな後ろから肩に手を置き、タカコはアキラにいつものお願いをする。


「すまない、行ってくれるか?」


「もちろんです。それではすぐに準備を整えて…」


 そんなはやる気持ちを遮るようにして、マサキが口を挟む。


「おっとその前に、これをみんなに着けて行って欲しいんだ」


 自分の座っていたソファーの脇に、バイクのヘルメット状のものと、それにケーブルで繋がれた黒い箱のようなものを持ち上げて、みんなに見えるように見せた。それを見て、すかさずアギトが突っ込みを入れる。


「まさか、それを身に着けて、戦え、と?冗談だろ?」


「ジョークでも冗談でもないさ。これは試作品プロトタイプだが『ARヘッドセット』というものだ。被って半透明のバイザーを下げると、そこにはモンスターのステータスや位置・数、自分の持っているスキルやステータス、それから魔術の呪文リストも全て表示できるのだ。だから魔術の詠唱時に、わざわざメモを見る必要もない。どうだ?画期的な発明だろう?!」


 マサキのいかにも自慢げな説明に、また始まった…と言わんばかりに、ため息交じりでカケルがつぶやく。


「待って兄さん、メリットは分かったけど、なにかデメリットもあるんでしょ?兄さんのことだから、いつもの悪い癖が出てるよ。その繋がってる黒い箱とかはなんなの?」


「さすがは我が弟!良く判ってるじゃないか。そう、これにはデメリットとして、全体が5キロほどあり、この黒い箱には電源のリチウムバッテリーが入っている。ちなみに、予備のこのカートリッジも持って行ってくれたまえ。女子には少し重いかもだが」


 さらりとデメリットを言ってのけるマサキに対して、カエデが実際にすぐ着用してみる。


「こ、これは確かにちょっと重いですね…」


 渋々と全員が着用すると、準備が完了したことを確認してから、タカコは片腕を水平にサッと出し、八咫烏やたがらすの司令としての号令をかける。


「それでは、シャトルを使って現場へ急行して欲しい。出動!」

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