~第36節 それぞれの決意~

 アキラが先導し、アギト・セレナ・ナツミ・カエデ・カケルの6人は大学の地下に秘密裏に建造された、先進的なリニアによる専用シャトルにて、ある組織の司令部へと招かれていた。そこには3人のクルーが働いており、一人はインカムを頭に着けた銀髪で、長髪の女性が。一人は、金髪に細めのメガネをした男性。そして最後の一人は驚くべきことに、高校教師をしているはずの、セレナの母親『火神かがみタカコ』であった。


「なんで、お母さんが、ここに??」


 全員が室内に入り、入口の鉄扉が閉まったことを確認すると、タカコはセレナの問いに対して、目を閉じて大きく深呼吸をして息を吐き出してから、ゆっくりと答える。


「まず、みなさんよくぞあの異世界から、無事に帰還されたことをわたしたちはとても嬉しく思います。わたしは『火神かがみタカコ』ここの司令を担当しております。そしてセレナ…あなたには、いろいろと謝らないといけないの…わたしがこの政府直轄の秘密結社『八咫烏やたがらす』に所属することは、国家機密事項になっていたから、家族で実の娘でもあるあなたにも、それは話すことは出来なかったの。ごめんなさい。だから、表向きは高校教師という肩書にしていたわ」


 それを聞いたセレナは目を潤ませ、複雑な表情でタカコの前に数歩、歩み出る。


「それじゃぁ…毎日高校に出勤で通っていたんじゃなくて、ここに来てたってこと?それに、ひょっとして…お父さんも…ここに?」


 近寄って来た実の娘の両肩を、両手でやんわり包むようにして、タカコは微笑みかける。


「そうね、毎日ここへ来ていたわ。まぁ、ごくたまに政府の要請で高校教員の一人として、集会に集まらないといけないことはあったけどね。そして、あの人も…かつては来ていたの。元の司令としての役職でね…」


 握った両手に力を込め、ジッと母親の眼を覗き込む。


「やっぱり…でも司令として…って、ここで多分一番偉いんでしょ?それじゃ、大学教授っていうのは仮の姿だったの?」


 セレナの問いに首を横に振り、タカコはそれを否定した。


「いいえ、確かにここの司令としては一番偉いわ。でもあなたのお父さんは、ちゃんと本業としての大学教授はしていたのよ?だから、時々あなたを学会の発表会に連れて行ってくれたでしょ?だから当時は、むしろあの人の方があまりこちらには顔を出さなかったのよ。それで当時はわたしが副司令として、代わりにほとんどの仕事を任されていたんだから」


 実の父の当時の姿が脳裏に思い浮かび、それは偽りでなかったことにホッとして、セレナは息を吐く。


「そっかぁ…それなら良かった。あと、そこにいらっしゃる、他の方たち…は?」


 セレナの両肩を支えていた両手を離したあと、メガネを片手で直しながら後ろを振る向き、タカコはクルーの2人を紹介する。


「まだ紹介していなかったわね。あの無数のコンソールディスプレイの前の端末で、キーボードを叩いているのが、オペレーターの『神風かみかぜソフィア』くんよ。彼女はドイツと日本のハーフなの」


 自分が紹介されるのを聞いて、頭に装着しているインカムを外しながら、髪をバサッと振り払い、ソフィアは優雅に立ち上がる。


「ご紹介にあずかりました、神風かみかぜソフィアともうします。ここでは主にオペレーター業務を担当しております。よろしくお願いいたします。相変わらずアキラさんは、いけずなんですね…」


 名前を呼ばれても、一向にこちらを向いてくれないアキラに対して、困ったような表情をする。


「ソ、ソフィアさんは目のやり場に困ります…」


 そして言われたアキラも困った表情で、あさっての方向を見て後頭部をポリポリかきながら、ソフィアの方をチラ見する。その状況を見て、セレナはプクッとふくれっ面の不機嫌な顔になる。そこへアギトが楽しそうにニカッと、笑みを浮かべながら茶々を入れる。


「おぃおぃ、俺にはそんなこと一度も、言われたこと無いんだが?」


「アキラさんだけは、特別なんですよっ!」


 両の拳を前でガードするようにして、ソフィアも少し赤ら顔でふくれっ面になる。


「はいはいっ!ソフィアくんはまだ、業務が溜まっているんでなくて?」


 見かねてタカコは、ずれたメガネを直しながら、ソフィアを業務へ戻ることを促す。そして、次に控えるノートパソコンの内容に集中している、金髪に細めのメガネをした男性を紹介する。


「そして、そこでノートパソコンに睨みを効かせているのは『御宮寺おんぐうじマサキ』くん。そこのカケルくんのお兄さんよ」


 次に呼ばれたマサキは、梳かせば綺麗に見えるはずの長髪の金髪だが、それがぼさぼさの状態でおもむろに立ち上がり、メガネを直す。


「お初にお目にかかります、御宮寺おんぐうじマサキです。ここでは主に、研究開発エンジニア業務を担当しています。そして人からは良く、マッド…」


 と、そこまで言って弟のカケルが唐突に口を挟む。


「マッドサイエンティストだろっ!なんで兄さんが、ここにいるのさ?!」


「おぉっと、我が弟よ、よく来たな。わたしも何を隠そう、この組織のメンバーだったのさ。どうだ、この施設の設備環境は?設計は全てこの天才マッドサイエンティストのわたしが担当したのだよ」


 メガネの奥の瞳をキラリと光らせ、カケルの問いかけに胸を張り、部屋の隅々まで見てもらいたいかのように、ぐるりと両手を広げて回転する。


「自分で言うなよなっ、なかなか帰ってこないから、母さんたち心配してたぞ」


「まぁこの通り、いろいろと忙しいのでねぇ…気が向いたら、一度帰るさ」


 それだけ言うと、思い出したかのように、目の前のノートパソコンにかじりつく。


「この通りちょっと変わっているけれど、設計や研究開発などをすべて、彼に統括してもらっています。彼がいなかったら、ここまでの設備を整えることはできなかったのは、紛れもない事実です」


 やれやれという呆れた具合に、タカコはマサキの方へ片手を差し出す。そこまで黙って聞いていて、根本的なこと聞いていないことに気づき、カエデは質問をする。


「あの…そもそもこの八咫烏やたがらすというのはどんな組織なんですか?」


 腕を組み正対し、タカコは真面目な顔つきで、カエデの質問に真摯に答える。


「そうね、最初に話すべきでしたね、ごめんなさい。遥か古代…神代の時代より日の当たらない裏側から、この日本を守ってきた集団がこの八咫烏やたがらすといわれています。その役目は現代でも同様に引き継がれ、ダークスフィアの魔の手に対抗する、唯一の組織とわたしたちは自負しています。現在わたしたち地球人類は次元上昇アセンションの最中にあり、それを阻止せんと、奴らダークスフィアは進化する人類を次元下降ディセンションを目論み、低次元の世界に落とし込み、自分たちの都合の良い世界をゼロから作ろうとしているの。それは、希望の光が今にも暮れて消えてしまう寸前…いうなれば『黄昏の次元上昇アセンション』と言えるでしょう。あなたたちの今までの活躍は全て、アキラくんから聞いています。そこでこの世界を、人類を救うために、わたしたちへあなたたちのその力を、どうか貸して欲しいのです」


 そして、タカコはゆっくりとカエデに手を差し伸べる。


「そ、そんな…世界を、人類を救うだなんて、わたしには…」


 スケールの大きすぎるその責務に、自分は叶うのだろうか、とカエデは尻込みする。


「わたし、わたしはやります!お父さんの無念を果たすために…代わりにやり遂げたい!」


 一歩前に出て、セレナは拳を突き上げる。それを嬉しそうにタカコは見守る。


「セレナちゃんがやるなら、僕も前に出て守らなきゃならない。僕も手助けするよ!」


 カケルもセレナに並ぶ形で、前に進み出る。


「あなたたち2人じゃ、冷静に判断出来ないでしょ?それなら冷静沈着な、わたしも!」


 更にカケルの隣にカエデも並ぶ。


「あたしがいなきゃぁ、火力不足でしょ?」


 そして最後にナツミは腕を背中に回しながら、大股で進み出る。そしてセレナ足元にもぞもぞと動く影。


「セレニャは、我も守るニャ」


 ホントの最後にいつの間にか付いてきたのか、ライムも名乗りを上げる。


「あら、ライムも付いて来てたのね。そして、やっぱり話してたのはあなただったのね。セレナは部屋で独り言いう子じゃないって、思っていたから」


 そう言ってしゃがみ込み、タカコはライムの頭をワシャワシャと撫でる。


「そうニャ、守護者は常に一緒ニャ。パパさんと同じようにならないように、我が守るのニャ」


「うんうん、よろしくお願いね、ライム」


 その時、入口の端末から外部からの訪問者を示すブザーが鳴るのと、同時にランプが点灯し、アギトがモニターを確認したのち、開ボタンを押す。


「おぅ、お姫様もご到着のようだぜ」


「お姫様?…って、誰?」


 はて、と疑問に思うナツミの疑問符は、入口の鉄扉が開くと同時に、解消された。プシューとコンプレッサーの音で開かれた扉の外には、サファイア色の髪をポニーテールにした1人の少女と、傍らに黒のスーツ姿にサングラスをした、女性が立っていた。


「マ、マリナちゃん!」


 思いもかけないマリナの姿を見られて、ナツミの顔は赤く紅潮する。


「みなさん、もう集合されていたのですね」


 その腰には、先日と同じように代々伝わる刀を携えている。サングラスの女性と共に中に入ったところで、マリナは改めて挨拶する。


七瀬ななせマリナです、遅くなりました。あれからいろいろ考えましたが、かつてはわたしの両親の残された希望のために、アーティストの道に専念をさせて頂きました。でも、今はもう…そんなことは言っていられない…だから、わたしも決心しました。わたしの力でも、何かお役に立てるのであれば、と」

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