~第34節 忌むべき追憶~
初秋の夜は残暑は残りつつも、すこしひんやりとした風が辺りを駆け抜ける。夜もけたたましくひぐらしが鳴く、大学の校庭は広く周りの街灯も届きにくいが、中天に浮かぶ煌々とした満月が周囲をほのかに照らしていた。セレナ達7人と一匹は異世界で、巨大な大岩に潰されたかと思いきや、不思議なことに気が付いた時には現世へと戻っており、誰一人として負傷しているものはいなかった。校庭内の様子は、出現した魔物に破壊された特設ステージや、周辺の樹木など、アキラ達が異世界へ飛んだ時と、さほど変わっていないようにも見えた。しかし、そうだとしても、人が少ないように思える。
「やったー!ようやく現世に戻って来れたよ!これでまた好きなものが食べられるっ」
念願が叶って、カケルは渾身のガッツポーズをする。それをあきれた顔をしてナツミは横目で見やる。
「獣化していたのも、元に戻ってますね」
カエデはふと自分の耳の長さが、縮んでいるのを手で触って確認した。
「それにしても、異世界とこちらでは、時間の流れが違うんですね」
アキラとアギトが驚いているのを見て、セレナもスマホで年月と時刻を確認する。
「近いパラレルワールドとは言え、異世界では何が起こっても、おかしくはないだろうね。幸いだったのは、地形が今僕らがいる地球のこの日本とで、同じだったということかな」
見ていたスマホを胸ポケットへしまい、アキラはセレナに向き直る。そこで、アキラの瞳を覗き込むように、セレナは真剣に見据える。
「そういえば…アキラさんとマリナちゃんって、結構前から知り合いみたいな感じでしたけど…どんな関係なのか、教えてもらえますか?」
少し気まずそうにセレナから視線を逸らし、マリナが視界に入るくらいに顔を向け、アキラは話し始める。
「そう…あれはまだ僕が、火神教授の助手をする前…」
アキラが話を始めようとしたしたところで、マリナが近寄って来てそれに割り込む。
「その先は、わたしがお話しましょうか?」
★ ★ ★
―――あれは…2年前、わたしが両親と東ヨーロッパでの声楽コンサート公演での遠征に出かけていたころでした。両親は音楽関係の声楽家で、世界各地を公演で頻繁に飛び回っていました。わたしもその日は両親といっしょに、公演で歌う役割があり、昔から歴史のある有名な劇場で、お客様も超満員のものでした。楽屋で準備中でも会場の人々の熱気が、ひしひしと伝わってくるようでした。
「今日も凄いたくさんのお客さんね。マリナは緊張してるんじゃない?」
舞踏会に出るような煌びやかな、何重ものフリル付きのドレスに身を包み、わたしと同じ黄緑色の長い髪をした母は、わたしの後ろ髪を撫でていました。わたしもお揃いのドレスをちょうど身に着けているところでした。
「わたしは…緊張よりも、歌を歌うわたしをいろんな人に、見て聴いてもらえるだけで嬉しいよ」
そこに身支度を終えた父も、フォーマルな黒の燕尾服に同じく黒の蝶ネクタイを付け、整えた口髭とアゴヒゲを撫でながら、フィッティングルームから姿を見せました。背格好も高く細身で肩幅もある父は、日本人には珍しく髭が似合う人でした。
「それだけ度胸が据わっているなら、将来は楽しみだな」
微笑む父はわたしが将来同じような、歌を歌う職業を選んでくれることを、願っていたようです。
そして準備は整い、オーケストラの面々や指揮者、他の声楽家のメンバーとで公演は始まり、最高潮で盛り上がる曲の最中で、その事件は起きました。当時は近辺の国でテロや紛争などが起こっており、少し懸念はしていましたが、その国はまだ安全だったので、あまり気にしていませんでした。突如として劇場の天井の一部が崩れ、崩れた部分には黒い霧が立ちこめていました。
黒い霧からは、数々の魔物が姿を現し、そこにいる観客を次々に襲っていきました。崩れた瓦礫の上には、漆黒のスーツに漆黒のマントに身を包んだ、ダークスフィアの1人…あの『
「ここにいる全員をいけにえとし、
その顔は狂気に満ちていました。そこで火神教授と言われた男性と、その傍には青髪のショートカットに、メガネをかけたアキラさんともう一人、銀髪で長髪の背の高い女性がいました。観客として偶然そこに、海外視察の合間ということで、居合わせたようでした。
「そんなことは、させん!」
劇場内は悲鳴が飛び交い混沌とし、そこで、火神教授が何かをしようとして、手をカズヤに向けた時、わたしは父と母が瓦礫に下半身を挟まれ、身動きが出来ないことに気が付き、思わず声を上げてしまいました。
「お父様、お母様!」
わたしは両親の元にかけつけ、重い瓦礫を必死にどけようとしましたが、ビクともしませんでした。わたしの声でそこにいる魔物が一時的に動きをピタリと止め、その全員が一斉にこちらを向き、襲い掛かろうと歩み寄ってきました。そこでわたしは成すすべがないと思い、浄化の楽曲に使われる歌を歌い、最期を覚悟しました。すると、その歌う歌で魔物全てが頭をかかえ、消滅していきました。その当時は判りませんでしたが、それは後に自らのソルフェジオ・ファンクションの、効果であることを理解しました。
「なにっ、これはどういうことだっ?くっ、仕方ない撤退するか…」
そう言い残し、カズヤはそそくさと舞台袖から姿を消しました…そして辺りには、襲われた方が何人も横たわっていました。そこで、火神教授含めお3方も手を貸してくださり、瓦礫をどかそうとして頂きましたが、それでも動きません。
「誰か!急ぎ救護の要請を!」
火神教授が救援の要請をしてくれましたが…両親二人とも、もう手遅れでした…
「マ、マリナ…私達はもう無理だ、あの刀は…お前が受けついて行くんだ。いいな」
「マリナ、愛していますよ…あなたの花嫁姿を、見たかったな…どうか、健やかに生きて」
その時の二人の表情は、今も脳裏に焼き付いて離れません。
「どうして、どうしてこんなところで…お父様、お母様とお別れしないといけないの!?」
わたしは声の限りを尽くして涙し、目の前で両親の最期を看取りました。後日、火神教授やアキラさんから、その魔物を撃退する力を貸して欲しい、とお願いされましたが…両親の願いである、歌を歌うことを続けたいので、申し訳なさも有りつつも、そのお申し出をお断りしていました。
★ ★ ★
マリナが一通り話し終えると、アキラがサポートするように説明を加える。
「ご両親のこともあり、僕らはその後の生活のサポートも、今も行っているんだよ」
その予想だにしないマリナの実情を聞き、セレナはそれに共感する部分もあるが、聞いてはいけないことを聞いてしまったという、罪悪感にさいなまれた。
(わたしと似たような境遇…でも、マリナちゃんにそんな事情が有ったなんて…)
「そんな事情も知らずに…本当にごめんなさい…」
マリナに顔向けできないセレナは、足元の砂利を見つめながら、手を握りしめるしかできなかった。
「いえ、事情が分からなかったのですから、当然です。お気になさらず」
やさしく微笑むマリナの表情が、話を聞いた後はなおさら、逆にそれを見る者に辛い印象を、与えているようにも思えた。そこで、アキラはマリナへ再度提案しようと試みる。
「マリナさん、今までの状況も踏まえて、あなたの力を再認識しました。だから、もう一度あらためてお願いしたい。僕たちにその力を貸していただけないだろうか?」
星がまたたく夜空を少しながめて、一度目を閉じてから、マリナはその答えを紡ぎ出す。
「すこし…お時間をいただけますか?」
それを聞くなり微笑みを返してから、アキラはゆっくりと2回、うなずいて見せた。
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