~第33節 帰還~

 巨大な亀形の魔獣『玄武』へと変容したガントと、カズヤはマリナの放った風魔術『雷撃矢ライトニング・ダーツ』により、外れたかと思われた瞬間、真下に広がる水たまりに気が付かず、2人共に感電させられ、致命傷ではないにしても不意に動きを封じられた。それにより、マリナ達パーティはガントの重力魔術の拘束から解かれることとなった。


「よし、みんな動けるぞ!」


 ガントの重力波の影響が無くなり、自身が動けることを確認すると、アキラは号令をかけ、崩れた態勢を整えようと全員に声をかける。


「マリナの姉ちゃん、サポートするぜ」


 盾を地面に突き刺したまま、アギトは開いた両手をマリナへ向かって差し出し、土属性の補助魔術を詠唱する。


「力の根源たるマナよ!地の精霊ノームよ彼の者の力の糧となりたまえ!筋力上昇ストレングス・チャージ!あとは任せたぜ」


 アギトの土魔術によりマリナの身体の表面に、琥珀色の光が覆い、拳に力がみなぎってくる。


「身体に力が…ありがとうございます!」


 そこへカケルも負けじと後衛から現れ、マリナに両手をかざす。


「僕もサポートしますよ!力の根源たるマナよ!地の精霊ノームよ、大地の衣にて我が目の前の武器に力を与えたまえ!強化武器・鋼エンハンスド・ウェポン・スティール!」


 琥珀色の魔法陣が地面に展開し、アギト同様にカケルの土属性の補助魔術が発動する。すると、マリナの持つ愛刀に琥珀色の光が移り、元々鋼の美しい輝きを持つ刀身が、更に自ら放つ明るい輝きを持続的に放出する。


「これは、武器強化…カケルさんも、ありがとうございます」


 そのアイドルの屈託のない笑みに、思わず頬を赤らめカケルは、背中の弓を取り出し矢をつがえる。それを後ろで見ていたカエデは、少しムスッとする。そしてゆっくりと目を閉じ、マリナは一度抜いていた刀をカチリと鞘へ納めた。深く息を吐いた後、深呼吸をして呼吸を整えながらいつでも抜刀できる構えを取る。目をカッと見開き次の瞬間、マリナを中心に一陣の風が渦巻き、玄武ことガントへ走る。


「クソッ!身体が!」


 カズヤとガントは感電の症状で、いまだ動きが取れない。その巨体のガントの懐へ疾風のように飛び込み、一閃を薙ぐ。


「新陽流・居合!『残雪斬ざんせつざん』!」


 岩石の塊のような玄武の左前脚に、光の柱が駆け抜け、それと同時に巨大な前脚は水しぶきを上げながら、派手にドスンと地面に落ちる。目的を果たしたマリナは、刀を一振りし、鞘へチャキンと戻す。その切り口は見事にきれいな断面に見える。


「グハッ…!?」


 何が起きたのか分かりかねたガントは、自身の左前脚がないことで初めてそれを理解した。


「これで、アギトさんの分は返しましたよ」


 首だけを後ろに向けて、マリナはつぶやく。左前脚を切断されたガントは、その衝撃からか巨体が元の人間の姿へ、徐々に戻っていった。形勢が不利と見たカズヤは、闇の魔術詠唱に入る。それと同時に右手を、動かないガントへ触れる。


「くっ…次はないと…思うがいい…」


 カズヤの足元に闇の暗い紫色をした、魔法陣が展開しガントと双方を包みこむ大きさに広がる。


「ヤツら、逃げる気か!」


 ダークスフィアの二人が起こす行動に気が付き、アキラは若干前に出る。


「いかにも悪役の吐く、セリフだなっ!」


 それを聞くと、カズヤは鋭い目つきでアギトを一瞥いちべつし、紫色の柱に包まれたかと思うと、一瞬で二人の姿がシュンと空間に掻き消えた。


 ―――ゴゴゴゴゴゴゴ…


 するとどこからともなく地響きが聞こえ、パラパラと砂が落ちると同時に、円形ドームの天井の一枚岩が、下がってきていることに、ナツミが気が付く。


「ちょっと、これ!天井が下がってきてるんじゃない?!」


 天井を見上げるナツミに、カケルとセレナは各々出口を確認しに走る。しかし、二人ともに顔面蒼白となる。


「出口が…ない!!」


 セレナはダークスフィアの二人がいた後ろ側を確認し、カケルは元来た道を確認しに行ってはみたが…結果は前述の通りである。


「バカな、ガントの重力魔術で塞がったか!?」


 アギトも前後を確認するが、やはり出口らしき穴は見当たらない。


「くそっ、ここまで来て、万事休すか…」


 迫り来る天井の一枚岩は、無情にもその落下速度を増し、一気にアキラ達パーティ全員を押しつぶした…


 ★ ★ ★


 とある場所…ここは薄暗い室内にコンソールディスプレイと思しき液晶画面が光り、壁中に所狭しと備え付けられている。その画面のすぐ前には、1人の長い銀髪をした女性が、豊満な胸がこぼれんばかりの服装に身を包み、インカムをして座っている。


「ダークネスゲイン、未確認。モンスターの反応もありません。そして、対象全員の生体反応を確認。ご息女も無事に帰還されましたよ、指令?」


 銀髪の女性はインカムを外しながら、くるりと座ったままの椅子で振り返り、そのすぐ後ろで様子を心配そうに眺めていた、亜麻色の髪に眼鏡姿の、指令と呼ばれた女性に声をかける。


「はぁ…一時はどうなることかと思ったけれど…無事でよかったわ」


 安堵のため息をつき、指令の女性はホッと胸を撫でおろした。


「あなたの弟さんも無事よ」


 近くの壁にもたれていた、金髪でこちらは長髪を手入れもせずそのままにして、細めの銀縁メガネをした男性にも、銀髪の女性は声をかける。


「そうか、さすがは我が弟だ。申し分ない」


 目をつぶりながらメガネを直し、金髪メガネの男性はゆっくりとうなずいた。その場にいる3人各々が羽織る制服の胸元には、3本足のカラスのマークがデザインされていた。


 ★ ★ ★


「ん…ここは…わたしたち、助かったの??」


 7人が気絶し横たわる中、セレナが最初に目を覚まし、辺りを確認する。そこはかつて何度も目にしてきた、大学の校庭であった。ただし、転送される前の夕方とは違い、すでに陽も暮れて星々や月が、東の空から顔を出している。続けてカエデも起き上がり、キョロキョロとする。


「確かみんな…大岩に潰されたはず、じゃぁ…」


 ナツミも目を覚まし、その光景に目を疑う。


「あたしたちって、確か異世界にいたはずじゃん。ここって、現世だよね?」


「そうだな。ガントの重力の影響が無くなったせいか、分からないがどうやらなんとか、現世に戻って来られたらしい」


 アキラは起き上がり、服の裾の汚れをパッパッと払い、同じように周囲を確認し、スマホの電源を入れ、現在時刻をふと確認する。


「こっ、これは!」


 驚きを隠せないアキラに、いつの間に起きていたアギトが問う。


「なんだ、どうかしたのか?」


「転送されたあの日の夕方から、たったの3時間しか経っていないのさ」


「そんなバカな、そんなことが…」


 両手を大げさに広げて、アギトも驚きを隠せないでいた。


「確かあの日から3日経っている…つまり向こうの1日は、こちらの世界での1時間にしか、ならないわけだ」

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