~第22節 森林の女王~
やわらかな朝陽が窓から差し込む。カーテンから漏れる陽の光が自然と眠りから目を覚まさせてくれる。秋口の季節のベッドにはシーツ1枚きりなのだが、自然と寒さを感じないようだ。それもそうかもしれない、なにせ木の宿の中だからだ。しかも木といってもそのあたりの大木ではなく、
そしてここは異世界での初めて迎える朝だが、あまり異世界と感じない。セレナはまどろみのなか、そう思いながらいつものように目覚め、半身を起こしてあくびをしながら、眠たい眼をグシグシとこする。そしてハッとあることに気が付く。
「ふにゃぁ~まだ眠いけどなんだか起きちゃったな…なんだか、ここが異世界だなんて、にわかにはまだ信じられないけれど…そういえば、ライムってどこ行っちゃったんだろう?」
そういうと、自分の寝ていたベッドの足元で、シーツの中でモゾモゾとなにか動くものがある。それに対して思わずセレナはビクッと身を縮める。
「だいぶ猫ぽっくなってきたのではないかニャ?」
その声の主はしばし姿をくらましていたライムが、ひょっこりとシーツから頭だけを出す。
「ライムっ!?ちょっとどこに行ってたのよ、心配してたのよ。私の守護者じゃなかったの?」
なかば怒り気味にセレナが問い詰めると、飼い猫はまたモゾモゾと頭を残して身体を全部シーツでくるんで丸くなる。
「お主たちがいろいろとやってる間に、先回りして様子を茂みから見てきたニャ。やはりこの先の岩山の前にミノタウロスがウロウロしてたんだニャ…みんながいるなら、守護者は一時的に離れても大丈夫と思ったから、ちょっと単独行動してきたニャ」
若干眠たげに半分あくびをしながら、ライムは目も半分うつろになる。
「って、一人で見てきたの?危ないなぁ…といっても私達も野良狼の群れに襲われたり、今は大丈夫だけど、ここの木の人たちにも急に縛られて危なかったんだから…」
傍らで丸くなっている猫の頭を何度もなでる。その時、上方から人ならざる声がセレナの耳に届く。
「ほぅ、これは化け猫殿、あのミノタウロスを見てきましたか」
自分に向けた問いかけだと気が付いたライムは、また眠りそうな目をパッと見開いて、声の主をキョロキョロと探す。
「ば、化け猫ではないニャ!言うならば神猫ニャ!周辺の木が切り倒されていたから遠目でもすぐに分かったニャン」
「自分で神猫って…」
フフッと思わずほくそ笑み、セレナは手で口を覆う。今の受け答えですっかり眠気が吹っ飛んでしまったライムは、次には別の欲がふつふつと湧き上がっていた。
「ところで
「ご心配に及ばず、それはすでにご用意させていただいていますよ。外のテーブルに我が眷属が準備しておりますゆえ」
「それは助かるニャ~早速みてくるニャッ」
それを聞くや否や、ライムはベッドからササっと飛び降り、階段を走り、外へとつながる扉を自分で足早に開けて出て行った。
「もぅっ、全く勝手なんだから…」
「なに…?なんだか騒々しいわねぇ…ふわぁ…」
セレナとライムの騒々しいやり取りで目を覚まし、ナツミは片腕を上に伸ばしてストレッチを起き掛けにする。
「ライムちゃんどこか行ってたの?」
いつの間にか起きて身支度を整えていたカエデは、髪を結いなおし髪留めを口でくわえながら、セレナに問う。
「うん…なんでも独りでミノタウロスを見てきたらしいのよね」
「それは危ないねぇ、でも直接対峙してきたわけじゃないんでしょ?」
「そう、遠目で見てきたみたいだから、襲われたりはしてないみたい」
3人が話しているのに目が覚めたのか、マリナも一度寝返りを打ち、モゾモゾと半身を起こす。その姿は寝ぐせが付いていて、なんとも朝は弱い感じだ。
「お、おはようございます。私は猫ちゃんが行くのに気が付いていたんですが、話すタイミングがありませんでした、ごめんなさい」
(寝起きでしかも寝ぐせのマリナちゃんが…こんな真近で見られるなんて…幸せ!)
ナツミの心の中の歓喜はともかくとして、マリナが起き掛けに謝罪したことに対して、ナツミはすかさずカバーに入る。
「マリナちゃんは謝らないでいいんですよ…セレナの飼い猫は自由奔放なんだから」
「あはは…それにはなにも言えないや」
ナツミのフォローにセレナは言葉もない。そこで2階の4人の談笑を聞いて、カケルが階段を登ってきた。
「みなさん起きましたか?外のテーブルに朝食が用意されてるみたいなので、準備ができたらみんなで行きましょう」
それぞれ身支度を済ませ、樹木の宿の扉を開けて外へ出る。すると、テーブルには数々のフルーツや色とりどりのマカロンのようなものや、チョコレート色の短い木の枝のようなものがお皿に並べられ、木のコップに水がつがれていた。その周りには光る粒子をまとった多くのエメラルドグリーンの髪をした女性がこれらの用意をしてい
る。その多くの女性の表面の境界線は少し透けて見えるのは陽の光の反射だけではないだろう。
「彼女ら…は?」
昨夜に姿かたちも見えなかった美しい彼女らを前に、アキラは一瞬言葉を失ってしまった。それにはポルムが説明を請け負う。
「彼女らは我らが眷属の樹木の
そのポルムの説明を聞きながら、アキラは心ここにあらずと口を半開きにして、美しいドライアード達の豊満な胸に呆けていた。それを横目に見たセレナは、すかさず肘でツンツンと小突く。
「ちょっとアキラさんっ!…どこ見てるんですか?」
「あ、あぁ、すまない…目のやり場に困ってね。オホン、ポルムさん色々な待遇に感謝いたします。なにせこの異世界に初めて来て、宿や食料など全くどうするか考えあぐねいていたところでしたので、本当に助かりました。」
右手を拳状にして口元に持っていき、小さな咳払いでごまかし、アキラはポルムに感謝の言葉を伝えた。
「そういえば、私達がポルムさん達と『同胞』と昨日仰っていたのは、エルフだからですか?」
昨夜気になったことを聞きたくなり、マリナはポルムの前に進み出た。それを聞きカエデも今の姿がハーフエルフのため、うんうんとうなずく。
「そうです。あなた達お二人は森の民のエルフ族と同じです。彼らはかつてはこの森に共に暮らしていましたが、昨日お話しました闇の者との戦いに敗れ、今はこの森を追われ別の森に暮らしていると、伝え聞いています」
ポルムは悲痛な表情でマリナの答えを紡ぎ出した。
「それは災難でしたね…でもまだ別の森で暮らしているのなら、なによりです」
それを聞くと、マリナはゆっくりと空を仰ぎ見た。それに合わせるかのようにサーッと草を揺らす音と共に、一陣の風が通り過ぎる。それは風の精霊も一緒に嘆き悲しんでいるかのようだった。
「ところで、俺の『石の民』っていうのは、俺の見た目がドワーフだからか?」
同じように疑問を持っていたアギトも、その答えを知りたくなった。
「その通りです。あなたは立派なドワーフ族に見えます。エルフ族とは仲が悪いですが、我ら
「なるほどな。俺はドワーフにはまだまだ成り立てだが、同族には会ってみたいものだぜ」
ポルムの回答からアギトは自分の同族がどんなところに住んでいて、どんな技能を持っているのかに興味が湧いてきていた。そこで一人の他のドライアードとは違い、ひと際まばゆく美しいドライアードが、アギト達に近づいてきた。
「あらあら、その楽しいお喋りにわたくしも混ぜて下さらないこと?」
ようやく落ち着いてきたアキラが、またそのドライアードに目を釘付けにされてしまった。それを見るや否や、思わずゴクリと唾を飲み込むほどだった。正に息を吞むとはこういうことだろうか。
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