~第21節 樹木の宿~

 深き森の草むらの広がる広場の周りには、人の顔に見える樹木の精霊の一つ、樹人族トレント達は主の呼びかけにより、今は遠巻きにアギト達を取り巻いている。顔の表情が変わらないのでわからないが、それぞれが手のような枝をワサワサと上下に揺らし、お互いに顔を見合わせて彼らなりの動揺を見せているようにも見える。


「人の子と石の民、そして我らと同じ森の同胞の者たちよ、我が眷属の過ちをどうか赦して欲しい。私達は最近、人間の行動に敏感になっていたのです」


 深き森の主は人の手のような形をした大きな枝をバサバサと揺らしながら、謝罪とともに大ぶりな所作で説明をする。そのせいで、いくつかの木の葉が地面に舞い落ちた。


「一歩間違えれば俺たちは、ひねり殺されていたところだが…話を聞く限り、なにか事情がある感じに見えるが?」


 いまだに落ち着きなくワサワサしてる周りの樹人族トレント達を横目に見ながら、アギトは正面にたたずむ主の顔を見上げた。それに答える形でポルムはおもむろに広場に開けた、星がまたたく夜空を見上げる。


「あれは今から100年ほど前になります…この静かな森に突如として異世界からの人間が姿を現し、私たちの眷属やその他の木々をいやおうなく伐採を始め、最後には火を放って去っていきました。それ以来ここに住む眷属たちは人間を忌み嫌い、森に入って来たものを追い返し、時には無差別に襲うようになってしまいました…」


 そしてゆっくりとアギトに向き直る。そこにアキラが近づき、アギトの代わりに問いかける。


「異世界からの人間って…来ようとして来たわけではないのですが、僕たちも実はそうなんです…」


 それを聞くとポルムは、人の頭ほどの大きな目をさらに大きくして、アキラを覗き込む。それにたじろぐように、アキラはウッと少し後ずさる。


「なんと!あなた達も異世界から来られたのですね…ですが、あなた達からは暗黒の波動や闇のオーラはあまり感じません。かつてここを襲ったものたちからは凄まじい暗黒の波動を感じました」


 『暗黒の波動』という言葉が気になり、セレナは前に進み出た。


「私は、闇の属性も持っているようなんですが…以前にその力が暴走してしまったことがあったので…」


 そのセレナを一目見るなり、微笑ましく目を細めて眩しいものを見るかのようにポルムは答える。


「あなたからは、確かに闇の波動も感じられますが…光の波動も感じられます。今はとてもその両方のバランスがよい状態で均衡していますので、心配しなくても大丈夫です。どんな力も使い方を間違えれば闇にも光にもなります。それにとても波動がお高い」


「そうですか、良かった…」


 ポルムの答えにホッと胸をなでおろして、セレナは目を閉じておじぎをした。


「ところでその襲撃者たちは『ダークスフィア』と名乗ってはいませんでしたか?」


 セレナの状態が安定していることに安心したアキラは、襲撃者の素性が気になる。


「その者たちはなにも名乗らず、襲ってきたもので…ただ、最近はその闇の者たちが後ろの山の向こう側に町を造っているという噂を聞いております。そして、謝罪の上のお願いで申し訳ないのですが、森では火属性の魔術は一切、使わないでいただきたいのです」


 ふむ、と指をアゴに当ててアキラは半分納得するが、半分疑問というところだ。


「名前は名乗らず、か、わかりました。そして火属性の魔術は彼らには一番やっかいなもの、ということだからですか?」


「その通りです。私たち森の精霊は燃える一番の原因の火や炎を大変嫌います」


 ポルムの答えを聞き、アキラはセレナとナツミに目を合わせると、各自うなずいてそれをしないように確認した。


「そこで、波動の高いあなた方冒険者の方を見込んで、もうひとつ大事なお願いがあるのです」


 それまでの朗からな表情から、ポルムは急に意気消沈した暗い表情に変わる。


「おいおい、この上さらにお願いかい?」


 片方のぼさぼさの眉毛を吊り上げ、アギトは後頭部をポリポリとかく。そこにサッと片腕で遮るようにアキラは割って入る。


「切実な表情だ。まぁ、とりあえず話を聞こうじゃないか」


「助かります。この道の先に岩山があり、その手前に一匹のミノタウロスが陣を構えています。あの者は暇つぶしと称して、近くの周辺に住む我ら眷属を次々と切り倒しているのです。そのミノタウロスを撃退して欲しいのです」


 それまで黙って状況を見ながら聞いていたカケルは、そのモンスターの名前を聞いて目の色を変える。


「ミ、ミノタウロスがいるんですかっ?あの牛の頭のついた巨人で、巨大な斧を振り回す…」


「巨大な斧を持っているかはわからないですが、姿かたちはおっしゃる通りです。あなた達の世界にもミノタウロスがいるのですか?」


 少し驚いたようにポルムはカケルに問いかける。


「あ、あのー…僕たちの世界には実際にはいないんですが…詳しくはともかく、森に入る前にその岩山の方で、獣のうめき声が聞こえてきていました。それがそうなのでしょうか?」


「そうですね、そのうめき声はその者の声におそらく違いはないでしょう。」


 前にいるアキラを鬱陶しそうに横に押しのけて、アギトは前に出る。


「まぁ、倒せるかどうかは置いとくとして、こっちは命をかけるんだ。さすがにただで、ということじゃないよな?」


「それはもちろん、報酬ははずみます。水と食料、それから我らの秘宝を一つ差し上げます。いかがでしょうか?」


 水と食料の言葉に、カケルはお腹が鳴るのを我慢して、すぐさま反応する。


「それは受けましょうよ!」


樹人族トレントさん達の秘宝って、一体どんなものでしょうか?」


 カケルの口を後ろから羽交い締めで抑えながら、カエデはポルムに聞く。


「我が同胞の子よ、それは目的が達せられたなら、明かすことにしましょう」


「わかりました。僕らは水と食料はなにも持たずにこちらに来たので、その依頼を受けましょう」


 アキラは今の自分たちの状況と、樹人族トレント達の切実な状況から考えて、ポルムからの依頼を快諾した。


「人の子よ、我らの願いを聞き届けてくれて、どうもありがとう。今すぐとはいいません。夜は闇の獣もうごめく時ですので、私の背中でゆっくり休まれて、翌朝陽が登ってから出立されるのがよろしいでしょう。」


 そう言うとポルムは背中をズズズとすり足で向け、そこに木のドアが設えているのが見える。


「えっ、ポルムさんって、背中が宿屋になってるの?」


 ずっと静観してたナツミは、大きなポルムの背中のドアや両サイドの窓が気になって驚く。


「私の背中には人の子が休める空間を造っております。中にはベッドやテーブルなど全て用意しておりますので、ゆっくりとお休みくだされ。」


 カチャリと腰の刀を鳴らし、片目をつぶってゆっくりとポルムの宿のドアに進むマリナも、さすがに疲れと眠気が見える。


「私も不覚ながら、体力の限界を感じているので、これは助かります。」


 ぞろぞろと7人は巨木に開かれた木のドアの中に入っていく。中は暗いかと思いきや、意外と明るく輝いているのが見える。


「これは…ヒカリゴケ、かしら?」


 ドアを入って思わず明るい部屋で、セレナは光源を探してしまう。


「そうです、みなさんが就寝する時に、部屋の中央の突起をそばの木槌で叩いていただければ、ヒカリゴケの光を消しますゆえ」


 セレナの問いかけに部屋の上部からポルムの声がした。内部は意外と広く、1階に4つ、らせん階段を昇った上部の2階に4つのベッドがシーツとまくらもちゃんと用意されていた。


「それじゃぁ、女性陣が2階で、男性陣が1階でどう?」


 人差し指を立てて、ウィンクをし、ナツミは男共3人に問う。


「えぇ~、逆でもいいんじゃないの?」


 それに対してカケルは文句を言うが、ナツミはまくし立てる。


「入口で何かあったら、女性を守るのが男性の役目でしょ?」


「俺は問題ないぜ」


「僕も異論はない」


 アギトもアキラも特に問題はないようだ。ブツブツとふてくされて、カケルは頬をふくらまし黙って了承した。


「チェッ、わかりましたよ。下で寝ればいいんでしょ」


 それぞれ床に入り、ポルムの宿で夜を過ごすことになった。まさか異世界での初めての寝床が樹木の精霊の中になるとは思ってもいなかっただろう。そしてアキラはみんなが眠りについたのを確認すると、部屋の中央の円柱状の突起を木槌でコンコンと叩くと、ゆっくりとヒカリゴケは光を失い、光は窓から差し込む月と星の明かりだけとなった。

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