~第20節 深き森の主~

 夜空よりもなお暗い暗闇の森の中に通る一本の街道で、魔術で作られたひときわ明るく光る場所があった。そこでは紅い眼を光らせた白い狼の群れが、一つの冒険者グループを襲っていた。それはこの世界に生まれ育った者たちではなかった。ある意味この世界から見れば、別の異世界から来た来訪者たちである。


「平気なの?ナツミちゃん!」


 用意した弓に矢をつがえ準備の整ったカケルは、ナツミの容態を心配そうに声をかける。ナツミは襲ってきた一匹の狼『フロックウルフ』と、噛まれたままの左腕を中心に押しつ押されつの押し合いを繰り返している。


「グルルルルゥ…」


「このっ、しっ、しつこいったら、ないの!」


 なかなか離れないフロックウルフに対して、一撃の右手のボディブローを加える。効いているはずだがそれでも離れないのを確認すると、右の膝蹴りを更に加えた。そこでようやくナツミの左腕を噛んでいた鋭い牙を離し、その勢いで後ろの大木に吹っ飛び、叩きつけられて息絶えた。


「くっ、こいつら…当たらねぇ!」


 ナツミに嚙みついていた一匹が大木に叩きつけられていた時、アギトも一戦交えるため先陣を切っていた。しかし、ドワーフの姿になってリーチが短くなっていたとしても、振り回す斧の切れには変わりない。が、ピョンピョンと跳ね回る相手はそれ以上に素早くなかなか当たらない。


「これだけの数なのに、太刀打ちできないのか…?」


 長杖ロング・スタッフで牽制するもアキラは補給できない呪符を使うまいとして、苦戦を強いられている。ナツミに弓矢の準備時間を与えられ、矢を放つも動きが早すぎて、命中率の高いカケルでも目標を射抜かれずにいる。乱戦の場合、下手に放てば仲間に当たる危険もある。


「このっ、全然当たらないよ!」


「では、私が行きます!」


 スピードなら任せてと風のような速度で、華麗にマリナは独りフロックウルフの群れへ突っ込む。


「新陽流・『はやての太刀』!」


 次から次へとフロックウルフの速さに追いつき、追い抜く勢いで次々とマリナは薙ぎ倒していく。


「マリナちゃん、すごい!」


 次に何の魔術で対抗しようかと頭を巡らせていたセレナは、周囲を一周するマリナに感嘆の言葉を叫ぶ。大方の仲間を斬られたフロックウルフの群れは、それを見て残りは全て動きを反転させて、一斉に引いて行った。


「助かりました、マリナちゃん」


 白い狼の群れに悪戦苦闘していたナツミも、それを見て感謝する。


「まだまだこんなヤツが出てくると思うとゾッとするが、先を急ごう」


 アギトはみんなが戦いのあとで息が整うのを待ってから、長居は無用と言わんばかりに、我さきへと街道を進み出た。先ほどの場所がもう見えるか見えないかという距離を歩いてきた頃、急に広場のように円形に開けた場所へたどり着いた。


「あぁ…ちょっと疲れたなぁ。小腹が空いたし、喉も渇いたぁ…」


 先ほどの戦闘のあとも歩き詰めで、カケルはさすがに音を上げ始めた。


「そうだな、フロックウルフの群れに襲われて、ずっと歩き続けてきたからここで休憩にするか」


 疲労困憊のカケルを見て、アキラは合いの手を入れる。それを聞き全員がふぅ~と一息つきながら思い思いの格好で休みを取る。


「食料と水は…何も持ってませんよね…まさかこんな状況になるなんて思ってませんでしたし」


 草むらの上に器用に正座をして座りながら、カエデはつぶやく。ナツミは大の字に仰向けに寝転がり、マリナは立て膝を付きながら、何かあればいつでも立ち上がり刀を抜ける体制で身体を休めている。アギトは手近な座りやすそうな石に腰かけ、大斧を支えに目をつぶる。セレナはカエデの傍に座り短杖ライト・スタッフを置く。アキラは見張りも兼ねて立ったまま周囲を警戒していた。


 そしてみんなが少し眠気を覚えていた時、不意に誰かの驚いた声がした。


「キャッ!?」


 セレナの横にいたはずのカエデの姿が見えず、上方より声がした。それを確認するよりも前にセレナも上方に、何かに持ち上げられた。カエデの両手足は木の蔦が絡まり、それはさながら生きた触手のようにも見える。それはセレナも同様だ。


「何これっ!」


 そのすぐ後にもナツミやアキラ、マリナもアギトも全員樹上に吊し上げられてしまった。


「くそっ、なんだこれはっ!」


 剛力のアギトをしてもその蔦から逃れることができない。そして暗闇からその木の蔦の主が姿をわらわらとゆっくり現した。その姿は木の出っ張りが目口鼻のように見え、根本がうねり足のようにも見える。


「こいつらまさか…樹人族トレントかっ?!」


 動きを封じられたアキラは、必死にモンスターの特定に頭を巡らす。


「ブガイシャハ…ハイジョスル…ブガイシャハ…ハイジョスル…」


 そしてそれらの樹木は全て、片言で人の言葉を繰り返している。


「油断したわっ…私も警戒してたのに…」


 思わず苦虫を噛み潰したような表情で、マリナも吐露する。そしてその枝からは想像もできない力でそれぞれを苦しめる。枝の一つは首にも巻き付き、全員の呼吸を奪おうとしていた。同時にその強い力で四肢をギュウッと引きちぎろうとする。


「ま、まずいっ!このままではみんな…」


 無力さに囚われているアキラは、何か策はないかと講じていた。


「木の弱点…燃えることよね、それならたぶん。ナツミ、火属性の魔術よ!」


「そっかっ!セレっちナイス!」


 セレナの的確な弱点看破に感嘆し、声の出る今のうちに二人共、同時に掌を蔦を伸ばしている樹人族トレントに向けて、それぞれが火属性の魔術を唱え始める。


「力の根源たるマナよ!火の精霊サラマンダーよ炎の弾丸にて敵を打ち抜け!火榴」


「そこまでじゃ!」


 二人の魔術が完成する直前、ある威厳のある、深い森に響き渡る鬨の声によってそれは遮られた。魔術を中断された二人はその声の主をキョロキョロと探す。すると、街道から一番離れた広場の奥から、他の樹人族トレントよりも何倍も大きい、動く樹木の主がのっそりと姿を現した。


「その方たちを、すぐに降ろすのじゃ!」


 それを聞くな否や、他の通常サイズの樹人族トレント達は、ゆっくりとアキラ達一行を草の生い茂った広場の地面に降ろす。


「旅のお方々、我が眷属が大変失礼なことをしました。お詫びいたします…」


 その樹人族トレントの主は他の者とは違い表情があり、人の言葉を流ちょうに話した。


「ヤベェ…マジで死ぬかと思ったぜ。あんたがここの親玉ってことか?人の言葉が話せるんだな」


 首のあたりを何度もさすりながら、首をコキコキと鳴らし、アギトは主に尋ねる。


「いかにも人の子よ。私がここの樹人族トレントの主、『ポルム』と申します。誠に失礼しました。」

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